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武田騎馬軍団(笑

1 :人間七七四年:2007/12/06(木) 00:55:39 ID:TmHjCAPv
サラブレットクラスの馬にまたがり、騎馬用兵で
敵陣に切り込み、三方が原では徳川軍を蹴散らしたものの
織田の鉄砲の前にあとかたもなく一網打尽にバタバタと倒されていった

↑とまさに神or聖人君主の如く、普通の漫画や小説、
はたまた史実の如く語られる武田信玄及び、武田騎馬軍団を
馬鹿にしつつ、ちゃんとした目線で正当な評価をくだしていきましょう

131 :人間七七四年:2008/01/31(木) 12:47:50 ID:5+zJn1V+
すいません
説明不足で話しが食い違っていたみたい
あの〜 例えば、900石知行地から2/3を税として収入を得たとして600石
それを売ったとして300貫(まあ〜その間に経費がいるのだけども〜)になったとして900石→300貫(税率,換金率は違うけど仮に計算し易いように)
つまり〜 300貫の知行地は300貫の収入が有る知行地(税率や換金率はそれぞれ違っている)として、それに見合った軍役を定めたのが貫高制
この場合 3石→1貫
戦国時代、統一の規格がなかったので〜 銀貨に換算したんだよね。(信長が升の大きさを決めるのに始まって太閤検地で終わった統一規格が出来て、石高制に変わっだけど)

さて〜前田利家の場合、本来騎馬武者クラスの知行は300貫の収入が得られる知行地が与えられる筈だけど〜信長は知行地を与えないでお金で払ったんだよね(織田家の家臣なら既に知行地を持つ者がいるけども〜そのせいで土地が足らなかったかも〜)
信長だけでなく西国など商業からの収入が多い大名にもそんなのが居るそうです。(極端な例なら○○水軍とか、水利権から収入が有る奴らは、家臣に与えられる土地が無いもん)
それで家臣は、知行地に帰らないでいつも城(城下町)に居る事になったんだよね〜
家臣を常備兵にするためかな?
いわゆる〜 兵農分離政策のひとつ聞いたことない?

ところで〜 300貫分の知行地をもらうのと、300貫もらうのと〜 一見同じに見えるけど違うんだよね〜
例えば、半分を自分と家臣の食費に、残りをその他の生活資金とした場合に、900石のなら600石の半分、300石
一人、1年1石として、300人を養えるけど、300貫なら商人の売り値段が倍だとすると、150貫で150石の米を買うことになり、150人しか養えない。(貫高制から石高制に変わった理由の一つ、動員兵数が石高ベースだと検討し易い)

だから7300石→2450貫の 石→貫(の逆算)ならいいけど、300貫→900石の 貫→石 には、ならないってこと。
港など商業収入(貫)を石高に直す時にも考えないとね!
上手く説明出来たかな〜

前田利家について
利家は四男坊だって、間の二人はどうなっんだろ?


騎馬武者のお供について
騎馬隊に普段の戦でお供が付いたのは、同意。
でも、お供無しの実例が有るのも事実。

しかし、槍や弓は、本当にどうしたんだろ?
まさか、両手に持って?
そういえば、前田慶次は松風(だっけ、慶次の馬の名前)に、たずなを付けてなかった、みたいなエピソードがあったような気がする。

132 :人間七七四年:2008/01/31(木) 23:11:23 ID:B7hERW8g
昔読んだ本に「インディアンは野生のムスタングを捕まえてハミも鞍もつけずに
乗りまわしてた!」なんて事が書いてあったょ
実際に見たことないので本当のところはわからないけどね
松風に手綱無しは出来なくはナイと思うけど・・・
普通に手綱つけてたのでは?


133 :人間七七四年:2008/01/31(木) 23:28:38 ID:aASnjg8Q
馬術やってるけど質問ある?

134 :人間七七四年:2008/02/01(金) 01:05:00 ID:DcYHz8hg
>>133
ベトナムでは120a以下130.140・150a以上と分けて競馬を
しているみたいなのですがそれぞれのレコードタイムを教えてください!
ググてもなかなかでてこないので(カテ違いかもしれませんがごめん><)

135 :人間七七四年:2008/02/01(金) 03:01:52 ID:KRimDavL
>>134 競馬は小倉競馬でバイトしたことくらいしか経験無いから分からんぜよ・・・

もっとこう、馬乗ってても槍ふれる?系の疑問になら多少答えられるけど。。すまそ

136 :人間七七四年:2008/02/01(金) 03:25:54 ID:s0dXZ7cV
メンタルヘルス板の「アスペルガー障害は世間で最も嫌われる障害」スレから
コピッてみる。うまく出来るかな?

214 :優しい名無しさん:2008/01/07(月) 13:44:15 ID:7/4IWvQJ
アスペは小難しい言葉の羅列で論破しようとするんだけど・・・余りにもしつこ過ぎて反論するのが面倒だし無駄に感じるから相手にしない。
それを「俺が言い負かしてやった!!」的なしてやったりオーラ醸し出すからお手上げです。
何をどう説明しても埒が明かないから周囲は距離置くのに「孤高な自分を周囲は理解できない」とプラス思考。
健常者なら他人の意見に耳を傾けたり過去の失敗を教訓に学習していくけどアスペは間違っているのは周囲だと決め付けているからなぁ。
普通なら同じパターンの失敗を繰り返していれば自分の過ちに気づくのにね。
本当に間違ってんのは自分だと気づいたらマトリックスの世界のように混乱しそうだね。


137 :人間七七四年:2008/02/01(金) 07:59:38 ID:LU48AFvh
>>135
西洋の馬術は、手綱がメインで、日本の馬術は、馬上から弓を射る必要から足がメインで馬に命令をするって、聞いたんだけど、その辺詳しく分かりますか?
ちなみに、あなたはどっち系の馬術ですか?

138 :人間七七四年:2008/02/01(金) 08:33:21 ID:KRimDavL
>>137 日本馬術を夢みていたんですけどブリティッシュ馬術でふ。だから日本馬術
に精通しているという訳ではないけど。

流鏑馬とか見たら分かると思うけど、両手放さなきゃいけないから、かなり足使ってる
みたいですね、扶助って言うんですけど。でもブリティッシュも基本は足です。

手綱使いまくるのはアメリカン乗馬ってやつで、まあカウボーイのそれですな。

139 :名無し三等兵:2008/02/03(日) 10:00:50 ID:qiqUBB+v
当時は乳幼児の死亡率も高いし、養子で家を出るのもごくごく普通・・・
あと庶子だとどうしても相続順位が低くなる。
信長も庶兄を押しのけて相続している。
まあ、そのあたりでよくお家騒動ってのも発生する訳だがw

利家の新規300貫や前田本家の2450貫を銭(or金銀)で支給していたってことにすると、
織田家の軍役はもっときつくなるよ。換金率による目減り分が減るわけなんだから。
そもそも良質貨幣の絶対量が不足していたので、太閤さんの時代でも貫高制ではなく
石高制になってるってことをよく理解してもらわないとね。
ちなみに後北条では知行7貫〜10貫につき1人の割で軍役を勤めてる。
上杉や武田もよく似たレベル。
すると利家は新規にもらった300貫だけでも、30人から40人を引率する義務が発生。
2450貫だと、250人から300人の家之子・郎党を動員する義務が発生する。
完全に銭なり銀でもらってたら、もっときつくなるよね?

もっとも、金銀も品位が素人にはわからないから金屋銀屋という商人によって、
銭に替えてもらったり、刻印打って品位保証表示をしてもらってたわけだが。
その中でもっとも有名なのが京都の後藤家。

140 :人間七七四年:2008/02/04(月) 05:43:00 ID:GDMEV4ee
そう、だからこそもともと知行地を持っている前田の本家は 三石≒一貫 で良いけど、知行地を持っていない300貫は、一石≒一貫 ぐらいで見る方がいいと言いたかったワケです。実際動員出来る兵に差ができるから。
あ〜 やっと通じた〜

141 :名無し三等兵:2008/02/05(火) 23:20:19 ID:rzRNrqfC
>>140
その論理はおかしいよ。
知行地持ちの侍だと1貫=土地の生産高米3石に換算されてしまうのに、
現金支給1貫=知行1石相当だとすると現金支給の方がはるかに有利。
3石の生産高と言っても、実際には荒れ地やいろいろな控除が行われ、
知行1貫≒水田2反(1反=500文)から2石の収奪は不可能。
中世の農村には地頭職・名主職・作職などという複雑な利権があり、
太閤さんの時代になってよくやく、地頭と耕作責任者の百姓が収穫を
2:1で分配するすっきりした税制になったわけで。
それまではいかに戦国大名や地頭が頑張っても、そこまでの徹底した
収奪はできなかった。
毎年超豊作なら別だが、そうなると米の買い取り価格も下がるよね?
いかに耕作している下人や百姓をただ同然で動員することができるとしても、
その連中が田畑に出れなくなると知行地の生産能力が落ちちゃう。

逆に銭で300貫もらえれば、田畑の管理も不要で、豊作凶作に関わらず、
一定の収入が得られて、家之子・郎党を扶養することができるんだから
はるかに恵まれてしまう。
そういう恵まれた状況に置かれた侍に対して、「ああ、君は実物の知行地を
持ってないから、銭300貫=知行300石相当の負担でいいよ〜」と言ってくれる
140さんみたいな気のいいお大名に仕えることができた侍はさぞかし財産を
溜め込むことができただろうね。
もっとも、手柄を立てて更なる加増を狙う侍なら、知行300石相当の軍役よりも
はるかに多い家之子・郎党を養い、せっせと働くだろうけど。

貴君が、米を売ることで得られた現金で、同量の米を買うことは不可能と
言っているのと矛盾しないかね?

142 :人間七七四年:2008/02/07(木) 06:23:22 ID:+Wy4T8ek
あの〜 話しの前提条件が、逆だから〜
(相場や税率の関係で 5石→一貫 なんて所もあるだろう〜し。)
つまり〜 一貫の収入が得られる知行地が石高で約三石としてのお話です。
貫高制は、収入に見合った軍役をお金に換算して義務づけるから〜
同じ300貫なら、軍役も同じなので〜 ごまかしもきく知行地からの収入の方が〜 飢饉にでもならない限り有利になると思います。
今より昔の方が生活にしめる食費の割合もたかそうだし〜
ただ、得した分、自分の知行地を管理しないといけないんだけど〜


前田慶次の馬について
昔、読んだ話しで余り覚えてないんだけど〜
どっかの大名が、松風(たぶん馬の名前はこれで合ってると思う)を譲って欲しいと言った時、慶次が家中に乗りこなせる侍がいないからと言い断ったんだ。
それで試したところ、やっぱり乗りこなせない。
家中の者の言い分によると手綱が付いて無いから…とのこと。
そこで慶次は、手綱無しで乗り回して見せつけた・・という話。

少し解説すれば、馬に対しての命令は手綱でするのが中心で、一部の流派のみが、(戦闘時に両手をつかえるようにするため、)声や足など本来、補助的な方法のみで、馬を乗りこなす方法を知っていたってこと。
訓練次第で手綱無しでも、馬は命令に従うことを知っていたと言った方が正確かも〜
乗りこなせると言っても、普段は〜と言うか、普通は手綱を付けて有るんだけど〜
慶次の場合、歌舞いて付けなかったのか?
案外、浪人暮らしで、お金が足らなかったのかもね!

143 :人間七七四年:2008/03/05(水) 12:10:22 ID:tAKM1fQg
漫画では、松風と約束したので手綱を付けていないそうだ。

144 :名無し三等兵:2008/03/05(水) 15:17:51 ID:llimaSZ0
>>143
ソースが漫画ですかw

145 :人間七七四年:2008/03/05(水) 17:03:26 ID:MqC5jy6M
>>137
日本馬術も足が中心だよ。日本に古くからある倭鐙や倭鞍といった
日本独自の馬具や乗り方スタイルの特性上どうしても足を使わざる
負えないから。
例えば、西洋乗馬は内股スタイルで馬を挟む形だけど日本馬術は
極端に言うとガニマタスタイルかつ少し腰を浮かす形だから
足全体に力を入れないとすぐ落馬する。
そして、車のペダルみたく鐙の踏み方で止まる加速するという操作を
行うから足全体を使う羽目になるよ。
でも、慣れてしまうと日本馬術や和式馬具の方がかなり楽だよ。

146 :人間七七四年:2008/03/07(金) 00:50:38 ID:KlJEx/hu
>>144
というより
漫画の作者が考えた手綱のついてない理由だね

>>143
読んだのはだいぶ昔だが、「花の慶次」では、慶次が右と思ったら右、左と思ったら左に曲がる現実には有り得ないテレパシー能力があるとんでもない馬だった。

「だがそれがいい!」





p,s 花の慶次を読んでいる人しか理解出来ないので、読んでない人は最後の一行を無視して下さい。

147 :人間七七四年:2008/03/09(日) 02:22:28 ID:Uxo+Fbho
馬術は日本も西洋も下半身や体幹の筋力が重要なのはどこも一緒だと思うけどな
特に落馬しないように股関節の内転筋とか腰周りの筋力かな
体幹(腹筋群、背筋群)の筋力も重要なのも馬術に無知な者にも容易に想像がつく
まあ実際の細かい足の使い方などには違いがあるのか知らないけれど
西洋の乗馬は足をあまり使わないようなイメージのレスは違和感を感じるな

>>146
きっと松風はサイコミュを搭載してて、慶次はニュータイプだったんだよ

148 :人間七七四年:2008/03/10(月) 21:14:52 ID:kvpNmd+7
>>148 
というか…知らない人は本当に知らないもんだぞ。 
操作は全て手綱ないさ鞭で鐙はただの足置きと思ってたり手綱さえしっかり持っていれば 
落馬しないと思ってたりする人だって普通にいるよ。 
だから手綱の引っ張りすぎで馬が後退して落馬パターンも実際にある。 
多分レス内で使っている言葉からしてあなたはそれなりの鞍数なんだろうけど 
乗馬クラブに通うぐらいの人とそうでない人を同じ線上で 
見てしまうのはいかがと思う。

149 :人間七七四年:2008/03/10(月) 21:33:17 ID:kvpNmd+7
って自己レスしてた…orz 
>>148>>147の間違いです 
 
>>146 
へぇ〜和式を(も?)やってるんだ。 
ところで和鞍って何で便器みたいな形で重いのだ? 
馬の負担考えたらもう少し軽くてもいいような気もするんだが…。

150 :人間七七四年:2008/03/11(火) 14:57:19 ID:pQQei/WN
>>1
ゆとり乙

武田の騎馬って主に輸送や移動で活躍してた訳でモンゴルとか西洋の騎馬軍団とは違う。
騎馬隊の割合も北条より低い。

151 :人間七七四年:2008/03/12(水) 03:30:29 ID:VVrTliDm
漫画とは言え花の慶次は松風と慶次みたいに約束で手綱をつけないなどと漫画らしい描写をする一方で
合戦中に鐙をなくした武将が自分と互角に戦った事を賞賛するというような場面もあったりして
描写のメリハリが上手かったな。

152 :人間七七四年:2008/03/13(木) 06:58:45 ID:6nWP+fEn
>>150
>武田の騎馬って主に輸送や移動で活躍してた訳でモンゴルとか西洋の騎馬軍団とは違う。

主に輸送や移動で活躍してのはモンゴルとか西洋の騎馬軍団も同じ、むしろ移動の距離の関係で向こうの方が上。


>騎馬隊の割合も北条より低い。

義務付けられた最低の騎馬率が多いだけ、実際の騎馬率は、はっきりしない。
馬の数は甲斐,信濃の方が多いとされている。

153 :人間七七四年:2008/03/13(木) 19:15:52 ID:UlbCqTsY
>>152
>義務付けられた最低の騎馬率が多いだけ、実際の騎馬率は、はっきりしない。
>馬の数は甲斐,信濃の方が多いとされている。

史料を提示せよ

154 :人間七七四年:2008/03/14(金) 05:37:39 ID:iY5hXgPk
北条はなど軍役の資料は残っているが、実際の戦場に手柄を立てたければそれ以上連れて行くし。
逆にそちらの方が資料を提示してもらいたい。
頼まれなくても勝手に推参する奴も居るし実際の数は誰にも分からないはず。
本来、歩兵の奴が馬を連れているはずがないと言うなら山内の話なんか大河ドラマにもなったが?信長公記にも載っていたはず。

馬の数については前の方にも書いた人がいるが…
延喜式辺りから読んでいったらいい。

155 :人間七七四年:2008/03/14(金) 06:52:46 ID:ShQvZ+Z/
何百頭の馬の群れが凄い勢いで突っ込んで来たのに巻き込まれたと考えてみ?
死ぬべ。普通に。

騎兵隊を止めるための長槍歩兵部隊が整然と行動しなければ止めるのは不可能だべ。
鉄砲はとりあえずナシね。

そういう感じで騎馬軍団てのを編成して運用してたのかねえ・・・

156 :人間七七四年:2008/03/14(金) 07:41:34 ID:1IFzdq4/
>>155
当時の日本の馬はポニーをちょっと大きくした程度。

157 :人間七七四年:2008/03/14(金) 07:42:12 ID:YeQtDie1
>>154
武田にも軍役の史料は残っている。それで両者の比較がされている。
武田の武装に関しては、北条・上杉より歩弓と歩鉄砲を重視している点がある。これらについては馬上への転換は考えられない。
武田の歩槍については持槍(2間半)と長柄槍(3間)の長さが定められてる。槍は北条より長い。
歩兵でも甲・具足などを着していた点において、他家と違う武田家の強みがあるのかも。

延喜式に牧の名は載るが、正確な馬の数までは解らない。
馬の質ならまずは陸奥、それから常陸と下野、次いで信濃と出羽。その次のグループに相模や甲斐など。
低評価は畿内、次いで佐渡、壱岐と対馬。
平安初期の延喜式で解るのはこれら。
延喜式以降に設定されたので小野牧の記載は無いが、武蔵国小野牧は規模が大きい。

158 :人間七七四年:2008/03/14(金) 07:54:14 ID:YeQtDie1
ああ、それから150のレスは俺じゃない。
武田も馬上に長けた戦国武士だろう。

159 :人間七七四年:2008/03/14(金) 09:41:16 ID:/i8xVQv9
>>156
ポニーより軽くて遅いアメフト兄貴のタックルでも大変なことになるが?

160 :人間七七四年:2008/03/14(金) 11:26:05 ID:EWxM/1Ew
武田屋敷跡から出土した、馬の骨みたけど、サラブレッドよりは小さいが、驚いたのは、その骨格の太さ。スピードはないが、馬力がある、重戦車みたいな。人が乗り、10人くらいで向かってきたら、相当怖いよ。車や戦車もなない、あの時代の人にとっては大きくて怖いよ

161 :人間七七四年:2008/03/14(金) 12:00:50 ID:oZLnybrh
歩兵隊同士の戦闘ならば、陣形を整えて戦うことは非常に重要だ。
無秩序にバラバラに動いては人数相応の戦闘力は発揮できない。
そこで互いの陣形を乱そうと虚実の駆け引きがあるわけだが。

弓隊をうまく使うとか、騎馬隊を突っ込ませて陣形を乱すとか。
色々とやるのは当然の戦法だな。
武田が騎馬で有名なのは、騎兵隊の運用が上手かったからと考えるのが普通では無いのかね。

小柄な在来種の馬の群れなら何百頭と暴走してるのに巻き込まれても平気だと豪語する人は、
是非、実際に馬の群れに立ち向かってみて頂きたいw

162 :人間七七四年:2008/03/14(金) 12:46:13 ID:0Y7JYnC9
『騎馬で有名な事』自体が当時の評価として存在していたかどうか
疑わしい。甲信は馬の山地ではあったけれど。

163 :人間七七四年:2008/03/14(金) 12:53:54 ID:iY5hXgPk
>>157
弓隊→騎射隊 鉄砲隊→騎馬鉄砲隊 なんて言うのは冗談として
俺も実は、両者の軍役や甲斐信濃の山岳を主戦場にする武田に対し関東平野を主戦場にする北条の方が騎馬率は高いだろうと思っている
又、戦略レベルの移動の速さから馬を荷物運びに使った可能性も認めている
だが、>>150のレスは認める気はしない

164 :人間七七四年:2008/03/14(金) 13:04:18 ID:tLllHQF7
逆に山が多いから大量の馬も必要だったんじゃなかろか
まあ関東は野良馬いるくらいなので間違いなく多いだろうけど

165 :人間七七四年:2008/03/14(金) 17:38:51 ID:EWxM/1Ew
俺山梨だけど、昔から馬刺しが有名だよ。

166 :人間七七四年:2008/03/14(金) 17:46:25 ID:OHSOVuEa
関東の牧は宅地化されたが
田舎の山梨とかの牧は未だに残ってるってだけだな

167 :人間七七四年:2008/03/14(金) 18:02:12 ID:i1+udIoK
信長公記には
三番に、西上野の小幡一党、赤武者にて、入れ替へ懸かり来たる。
関東衆、馬上の巧者にて、是れ又、馬入るべき行にて、推し太鼓を打ちて、懸かり来たる。
人数を備へ候。身がくしとして、鉄炮にて待ち請け、
うたせられ候へば、過半打ち倒され、無人になりて、引き退く。
とある。そしてこれを小説的に潤色した信長記になると
小幡勢三千騎が馬上で攻めかかり、徳川軍は敵を引き付けて撃ち、
小幡勢は撃ち減らされ退却したということが講談風にかかれている。
ここにおいて、信長公記の小幡勢の記述を潤色する形で
大勢の騎馬軍団vs鉄砲をいう図式ができることになった。
要するに武田の騎馬隊というのは、小幡勢の一部の馬上巧者の活躍から出来上がったものだろう。
鉄砲三段撃ちというのも信長記だ。
いつだったか、歴史群像の特集では信長公記の記述をもとに武田勢は馬上巧者で通っていたとあったが馬上巧者は小幡勢のことだ。

168 :人間七七四年:2008/03/15(土) 02:43:42 ID:Jv7tbLoa
こんなのに騎馬突撃されたら確実にうんこ漏らす
http://big_game.at.infoseek.co.jp/othermam/Equus/stallion.html

169 :人間七七四年:2008/03/15(土) 18:53:39 ID:eEhtWGBZ
>>168
見て問題に思えるのは、馬の首が人間の座高より高く、しかも太い。
なので視線が遮られて前が見えないんじゃないか?

他にそれだけデカイと
 乗り降りしにくそう。
 膨大なエサを必用としそう。
 コントロールしにくそう。

無闇に大きいとかえって実用性に問題を感じる。
 ↓もそういう理由じゃないの?

> かつてイギリスではウマの大型化が推進され、このため多数のポニー
>が屠殺される悲劇を生んだが、最近では、重輓馬といえど過度に重くな
>ることは抑制されている(Gerald L. Wood)。

170 :人間七七四年:2008/03/15(土) 20:53:09 ID:Jv7tbLoa
馬自体が草のエネルギー効率が悪いから、総量満たす為に阿呆みたいに草食う生き物だから

4tトラックは軽トラより膨大な餌が必要で、取り回しも難しく、乗り降りしにくいが輸送の主力

切り替わりについてマジレスすると
 火器の発達により重装騎兵が消滅した
 発動機の発明により大砲とかの糞重い荷物を引くのが自動車になった
が理由

それまでは運用のメリット>維持のデメリットで、必死に品種改良するだけの理由があったからしたわけだ
ナポレオンの時代辺りまでは重装騎兵の突撃が会戦の切り札だからな
科学の発展で軍事利用のメリットが消滅したから抑制されたのさ

171 :人間七七四年:2008/03/15(土) 21:37:59 ID:DcGzQqud
騎兵のメリットは、むしろその穿貫力よりは機動力にあるのでは?
機に応じて神速に展開できる。 敵拠点を長途迂回して思わぬ方面に出るなど。
騎兵を陣地戦の突貫戦力に使うのは相手が大兵力の場合、無謀なのでは?
馬は戦車じゃない。 弾丸にも矢にも傷つきますからなぁ。

(長篠の戦いの鉄砲三段撃ちが本当にあったのかどうかは疑わしいですけど)

172 :人間七七四年:2008/03/16(日) 17:18:59 ID:/Q7dOQF+
そう言えば、漫画では松風とテレパシーで話をしていたよな

173 :人間七七四年:2008/03/16(日) 23:48:23 ID:P+7qa9my
戦車じゃないって当たり前。馬だもん。戦車みたいだねって書いたんだけどね。

174 :人間七七四年:2008/03/16(日) 23:53:34 ID:/Q7dOQF+
確かに、馬は戦車じゃない罠。馬で引っ張るのは戦車だが(ローマとかエジプトで使っていた奴)

175 :人間七七四年:2008/03/17(月) 01:45:13 ID:u1x9GmYC
>>172
いい加減その漫画についての話題は専用スレにいってくれまいか?

176 :人間七七四年:2008/03/17(月) 23:27:01 ID:w2K5ZCk3
>>171
グスタフ・アドルフの三兵戦術(歩兵、騎兵、砲兵)…騎兵はサーベルチャージ
とか知らない子?

テルシオも三兵戦術に粉砕されてるのに

177 :人間七七四年:2008/03/18(火) 16:17:13 ID:RbDsJiFb
戦車兵は騎兵上がりだがな

178 :人間七七四年:2008/03/20(木) 17:56:24 ID:GUmVgIv7
チベット反乱のテレビ見てたら騎馬海苔デモするんだな
身長は低そうだが騎乗で十分戦える感じだ

179 :人間七七四年:2008/04/05(土) 23:33:34 ID:A5hDq9iF
源平のころは騎射はもちろん、馬ごと体当たりする馬当という突撃戦法も流行した。
当世具足より重い、西洋甲冑並みの重量の大鎧を着けて。

180 :人間七七四年:2008/04/05(土) 23:42:12 ID:A5hDq9iF
騎馬戦闘や馬鎧の話は、このスレの中盤が結構参考になるよ

次々と通説を打ち砕く鈴木真哉・藤本正行について 2
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1169131109/

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