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本能寺の変

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 02:58:36 ID:0SeOl0eW
語れ

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 03:03:32 ID:F47tluID
変2GET,伊賀もんに助けてもらいまひた。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 05:05:41 ID:O+4IB8rj
おまいらが変だ

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 05:52:33 ID:OwfXBkcT
         v――.、
      /  !     \
       /   ,イ      ヽ                          
     /  _,,,ノ !)ノリハ    i
    i  jr三ミ__r;三ミ_   ヽ                                    
    l  ,iヾ二ノ ヽ二 ハ   ノ   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
    ヽ、.l  ,.r、_,っ、  !_,    <  4様ニダ、整形前ニダ
       !  rrrrrrrァi! L.     \______________           
       ゝ、^'ー=~''"' ;,∧入
   ,r‐‐'"/ >、__,r‐ツ./   ヽ_


5 : ◆b....../cc :2006/06/11(日) 07:09:18 ID:z19nYhu0 ?#
本能寺の恋

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 08:13:13 ID:cul+kdV7
変な本能寺

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 11:12:40 ID:rxEbHwiO
明智光秀の単独犯でしょ。

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 14:29:36 ID:d8Y5H3WL
明智光秀は2ch脳

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 20:12:56 ID:ataNH8z3
信長はワニ顔

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 20:16:43 ID:7GPbHwYf
【秀吉、尼崎城で諸将を糾合/光秀、臨戦態勢へ】1582年6月11日
羽柴秀吉が摂津尼崎城に到着、近隣の諸将に参陣を呼びかける一方、明智光秀が洞ヶ峠から下鳥羽に帰陣、淀城の修理を行う。


11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 20:37:46 ID:HloYHSu5
妻を亡くしてチンポがうずいてる光秀が
吉乃と蘭丸ばっかり愛していた信長にイラついた濃姫と不倫
バレたので殺した
濃姫の記録があまり残ってないのはそのため

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 20:47:05 ID:7GPbHwYf
今日の功名が辻

本能寺の回だったんだな。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 20:54:25 ID:wxXlL65H
いやぁ、蜂の巣になる濃姫という斬新な演出に違う意味で感動した

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 20:57:04 ID:6wN48D9d
あの信長がもう見れんと思うと楽しさ半減。

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 21:44:17 ID:4cSUwhku
昔ショーケンがやった光秀のが好きだったが、今日の光秀はカコイイ。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/11(日) 23:09:18 ID:L7VnFHY8
>>11
濃姫は美濃に住んでたから、中央の光秀と関係を持つ事等不可能。
逆に言えば信長ともだが。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/12(月) 23:18:36 ID:4C94u50R
単独犯説
堺商人説
朝廷説
足利義昭説
秀吉説
家康説

皆はどれを支持する?

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/12(月) 23:46:10 ID:0BqW4gAm
伊忍道説
夢幻の如く説

19 :田舎者:2006/06/13(火) 00:46:38 ID:iIC+ie9m
本能寺の疑問点
1.なぜ蘭丸は水色桔梗の旗印が見えたのか?
 本能寺は周囲が1.2平方kmだったらしく、仮に信長の宮殿を中央としても
 堀の長さを加えると約600m離れた旗が見えたのだろうか
 砲術操典という書によれば縦1mの物でも600m離れると
 わずか3cm位にしか見えないらしい
 これは晴天で視界が良好の時であり、光秀が本能寺を囲んだとされる
 午前3時から4時の間に見えるとはとても思えない

2.本能寺を囲んだ後の明智軍の行動
 明智軍が信忠の籠った二条御所を囲んだのが午前8時くらいらしい
 それまで本能寺を囲んで何をしていたのだろうか?
 要塞でもない本能寺を落とすのに約3時間もかかるとは思えないんだが・・・
 それに比べて二条御所は信長自ら義昭のために築いた堅城
 後に義昭が叛旗を翻し立て籠もったときは何日たっても落ちずに
 結局、勅使を出して貰い開城したありさま
 二条御所は午前中に落城したらしく、信長より多くの兵を持った信忠が
 本能寺より堅固な二条御所に籠って簡単に負けるのだろうか?

3.死体は何故見つからなかった?
 信長と信忠は死体が何故見つからないのか?
 本能寺の変があった6月2日は前日まで大雨で家屋は燃えにくくなっていた
 仮に火がでても1万以上の人間がいて堀は水で満載
 消すことは難しくないと思う

本当は他にもあるのだが、これだけでも俺は光秀の単独行為とは思えないのだが・・・

長文スマン!


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 01:54:25 ID:sb4CP8K9
>>19面白いでつね(・∀・)ニヤニヤ
こんな過疎板に書き込むよりか日本史板に逝った方よくね?
せっかくイイ!燃料なのにモッタイナス(´・ω・`)

21 :田舎者:2006/06/13(火) 02:26:36 ID:iIC+ie9m
>>20
田舎者なので過疎じゃないと・・・

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 18:39:02 ID:IrbVZnq7
>>20
具体的には
誰が共犯者だと思ってるんですか?

個人的には、
光秀が毛利に送った密書を
秀吉がどうしてタイミングよく握りつぶせたのか不思議。


23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 20:50:24 ID:/R1fZrZR
光秀の単独以外ありえないと思う

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/13(火) 21:14:51 ID:ymiqg6nU
>>19 おお、これは面白いことを聞きました。
一番興味があるのは「1」で本能寺の周囲が1.2平方kmとはかなり大きかったんだね。


25 :747砲 ◆RX/MoGZ9xs :2006/06/13(火) 23:21:26 ID:uGL4Z9Q1
個人的には秀吉説を推したいな。
やっぱりあの早さは計画知らないと実現できなくないかね?
光秀が崩れるのもいくらなんでも早すぎる気がする。

26 :田舎者:2006/06/14(水) 00:41:47 ID:uv6YGlyr
濃姫説は皆どう思う?

ゲーム好きなら知ってると思うが戦国無双の濃姫EDは信長を殺してしまう
この説の動機は書くと長くなるので省くけど、当時の人は濃姫の事を夫殺しと思っていたみたいである
濃姫には日本の何処にも墓がない(信長・信忠の墓は総見寺や妙心寺に一緒にある)
当時の天下人といえる信長の正室であれば信長と一緒に墓があって当然じゃないだろうか
濃姫が信長殺しの主犯だと思われていたから、どの寺でも墓を建てさせなかったのでは?

本能寺を前後して濃姫は歴史から抹消されている



27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 03:06:12 ID:WlJ3chJz
織田家の後継者たちがアホばっかりなんは秀吉も先刻承知の事やから、
権力奪取が目的なら本能寺の時点で、対峙する毛利の大軍相手に博打を打つ
危険を冒す必要は無い。
秀吉に対する家康の如く、待ちの姿勢でええんや。

あの時点で信長を討つ必要があったんは、
やはり彼による帝位簒奪を警戒した朝廷と其の走狗やろ。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 03:16:12 ID:ye+YU1vt
信長の帝位簒奪ってw
そんなこと一切考えてないよ。一級資料から読み取れるのは、信長は信忠を将軍とした
大御所的支配を考えいていたと断言していい。その上で秀忠がやったように信忠の娘を
天皇の后として親戚となり、織田権力に権威の裏づけをなしただろう。

帝位簒奪なんて行っているのは、過剰にロマンチックか信長を過大評価しすぎだな。

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 03:47:57 ID:WlJ3chJz
>>28
君こそ皇国史観に染まりすぎちゃうんか。
道鏡にせよ義満にせよ簒奪計画者は歴史上何人も居た。現在も似たようなのが居る。

安土城の構造の分析から、朝廷を安土城内に吸収する計画があったことが判明したんとちゃうんかい。

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 04:22:55 ID:ye+YU1vt
>>29
いやいやいやいやいや。皇国史観ってw
そりゃあ皇位簒奪をしようとした人間がいたのは認めるし、義満は確かにその一歩前まで行った。
でも現実問題から言って、信長が皇位を簒奪しようなんて考えはなかったと断言できる。本能寺朝廷黒幕説が出た後の理由付けに過ぎないよ。
あと

>安土城の構造の分析から、朝廷を安土城内に吸収する計画があったことが判明したんとちゃうんかい。

ここの部分だが。俺の知る限りそんな事を言ったのは堺屋太一くらいだ。まともな研究者は誰一人としてそんな説は取っていない。
無論判明なんてされてるわけも無く、定説として、行幸用の施設であるとされている。
何よりも朝廷黒幕説がおかしいのは、どんな一級資料を読んでも信長と朝廷の関係は良好、としか読めないことだ。

きみのほうこそ小説の「革命家信長」像に染まりすぎてはいないかな?。信長は歯向かう者には確かに容赦の無い人間だったけど、
想像よりずっと保守的な人間だよ(彼の政権構想は室町幕府と大差ない)

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 08:33:32 ID:mfufHi0+
漏れはシンプルに野望説なんだけど・・。
下剋上はまだ終わっていなかったわけだし。
朝廷説は確かに魅力的だし、怪しい動きしてた公家もいるようだけど・・。
信長が神になろうとしたふしがあることと皇位纂奪を安易に繋げるのは慎重にならなければいけないね。


32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 14:12:45 ID:pDfMrxKY
信長神になった説は普通の事。
秀吉も家康も神になってるから。
本能寺はまったく、理由がわからないから諸説言われてるだけで、
発作的な単独説が最有力なのが現状。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 15:31:07 ID:WMGHxRhK
欠損したト部の日記に何が書かれていたんだろう

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 18:30:33 ID:mfufHi0+
>>32
神になった3人とはいえ、生前から自ら神格化したのは信長のみ。
誕生日を聖なる日としたり盆山を崇めさせたり・・。この意味では信長はすでに常人ではなかったと思ってる。
もうこんなのにはついていけない・・と少なからず周りも思いはじめたことだろう。
公家の一部が信長を苦々しく思っていたのはあると思うが、それと光秀を結び付ける決定的なものがないんだよね。
あくまで限りなく怪しいレベル。
だから漏れは単独説をとる。動機は信長に対する複雑で揺れる思い(この頃の信長に対しての忠誠心は薄くなりつつあったと思う)からと自らの野望かと思う。
思わぬ好機に揺れる思いが一気にはじけ野望へと変化し、寝込みを急襲したのかと・・。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 18:52:33 ID:pDfMrxKY
秀吉も生前に神社作ってなかったか?

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 19:36:59 ID:ye+YU1vt
>>34
信長は自らを神格化、などと言っているのはフロイスが記載しているのみ。同時代の日本の
資料ではそんな記載は一遍たりとて書かれていない。つまり日本人には「信長が自らを神格化しようとしている」などとは
全く認識されてはいなかったのだ。

またフロイスは一神教徒なので、日本特有の多神教的風土を誤解と言うか、むしろ意識的に悪解釈している(フロイスの
日本史完全版が出てるからちゃんと読んで見て。とにかく仏教や神道に対する視点はゆがんでいる)
少なくとも、日本の風土で、信長が一神教的神格化を行おうとしていた、というのは無理がありすぎる。

現実問題としても、たった一人の書いた著述を、傍証のない段階で全面的に信用などは絶対に出来ないわけだ。

37 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/14(水) 20:18:47 ID:u60BkW4V
 17の単独と家康説以外の全てが関わってる希ガス。
丹波の波多野、播磨の別所、摂津の荒木と中国勢の反乱
のことごとくが足利と小早川の働きかけによるものなのに、
突然光秀だけ(犯人だったとしても)単独犯は考えにくい。
村上Fと阪神を信長と毛利に重ねて考えると、当時の既得権連合
の姿と強大さが見えてこない?光秀は掘りエモンあたりかと・・。





38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/14(水) 21:38:06 ID:MhVl72sf
鈴木眞哉・藤本正行『信長は謀略で殺されたのか―本能寺の変・謀略説を嗤う』(洋泉社、2006年)

39 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/06/14(水) 22:12:37 ID:h4YJFWT7
>>36
そういう角度の見方はいいな。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 00:39:02 ID:52JCtoYA
>19
1.本能寺の周囲が1.2平方キロメートルという根拠は?
2.二条城と二条御所は別物
3.前日まで大雨だったという証拠は?


41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 05:39:43 ID:P0IbZxaf
南蛮人(スペイン、ポルトガルなど)説もあるよ。
なんでも日本が統一すると自分らに刃向かいそうだから信長を殺させた
のと、南蛮人は明を征服したくて日本も協力させたがったが信長が
拒否したから殺させたというの。後者は京都新聞の連載小説だった、
細川忠興が主人公なのに載っていた。題名はなんとか与一郎だったと思う。


42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 06:26:11 ID:u3UM8UeZ
>>36
フロイスは実際に信長と対面もしており、身近な空気も体験して記述しているわけだから誇張や多少の間違いはあっても資料としての信憑性はそこそこ高いと思う。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 06:35:58 ID:u3UM8UeZ
斎藤利三が主犯格であったという説もあれば、光秀が謀反の決意を利三に告げるとそれは無謀であると反対したという説もある。
色々説があってさらに話がややこしくなるね。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 07:35:33 ID:NU+WWFR5
斉藤が反対したっての怪しい気がす…
稲葉関係者が書かせたんでないかい?

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 07:56:31 ID:nXSclolY
もし俺が秀吉だったらね、山崎で細川と筒井黙らせて滝川攻めとシズガ岳でも
各勢力の寝返りを押さえ込む為に、義昭の後ろ盾を得て各勢力に檄飛ばすわい。
でないと協力的な勢力なんて極わずかしかいないもん。天下なんてとてもとても。

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 09:37:26 ID:HQeLZcha
光秀は細川、筒井、、、秀吉にも書状を送ったんじゃないか?
信澄の件も良く解らないな、織田連枝を事情把握してないで速攻で討てるか?長秀

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 13:11:33 ID:MXA4IBc9
だから野望説は俺は?なんだよな。
あまりにも変後が遅いし、行動してない。
書状は秀吉天下後多数、破棄されたとしても残ってなさ過ぎのような気がする。
信長に対する、弾劾書位あっても良いと思うし。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 14:28:08 ID:RhoV2xRa
今さらだが>>26

岐阜市内にはいちよお濃の墓と伝わるものもあるぞ。
遺体ではなく遺髪のみの埋葬らしいが。
それに当時からすでにそういう風聞があったなら噂大好きの公家や
寺社関連の記録にもあってよさそうなんだが。
信長が女に殺されたとくれば「あの信長が妻女に殺されるとは
愉快でおじゃる〜」とまさしく飛びつくネタだろうしね。

49 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/15(木) 18:31:09 ID:nXSclolY
>>46・47
確かに丹羽ほどの直臣が謀反に加担するはずないというのがあるし、同時に大阪に
いて変後の犯人特定が早すぎて怪しいという部分もあって一番引っ掛かるとこよね。
ただ、織田家の後継者争いがこの頃既に内部で進行してて、それを外部勢力に上手
く利用されたとすればどう?長秀は信孝か信雄押す見返りに秀吉に協力したつもり
が二人ともまんまとやられて、腹かっさばいたか、暗殺された気がしない?
なんつっても清洲会議でこいつが秀吉を後押ししたから、織田家中での秀吉の発言
力が一気に増したようなもんだし、怪しい存在ではある。



50 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/15(木) 19:00:55 ID:nXSclolY
あと、ついでに俺が秀吉だったら2年程前にいちおう編入された
後方の中川清秀と高山右近の二者が言う事聞いてくれるか気にな
ってしょうがない。これから手勢1万5千から兵を割いて山崎、
シズガ岳と行かねばならんが、頼りはこいつら摂津の兵力3万。
そういえば毛利領に村重殿がいるから黒田にまた話つけてきてほ
しいなという気分になる。

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/15(木) 19:42:34 ID:JwMzXr8E
信長は相当焼き討ちにこだわってたようですが
それに、家来も気分次第で殺してるようですが
サディストでしょうか?
森蘭丸との仲はどのように考えられてるんですか?

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 01:00:21 ID:BJ0wM37N
まあ、三谷幸喜ははしゃいでたなあ

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 03:53:08 ID:ri6KG0UW
秀吉説の人っていない?
あまりに見事な大返しと織田家に対する大変な蹂躙ぶりをみると怪しい存在である。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 05:17:04 ID:aHKMZwpc
ここにいるぞ!

55 :田舎者:2006/06/16(金) 05:20:40 ID:dy1r+s2x
>>40

二条城と二条御所の違いですが、人によって意見が分かれると思います。
筒井家記によると、「明智の手の者が近衛前久邸の屋根に上がり、弓、鉄砲を撃ちかけた」とあります。
近衛前久邸から攻撃できるのは義昭に建てた方の二条御所じゃないと無理と思いますが?

前日までが大雨だという証拠ですが、これは権中納言・山科言経の言経卿記からです
これによると5月27日 雨 28日 晴れ 29日 下明 6月1日 雨のち晴れ
「このときの5月は29日までしかなく、下明というのは大雨・どしゃぶりという意味だそうです」
6月1日も夕方まで強い雨で小降りなってから妙覚寺の信忠が本能寺に訪問とあります


56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 07:29:54 ID:ri6KG0UW
けど、秀吉って本能寺に関係したと思われる疑わしい公家を執拗に追い回したりしてるんだよね。


57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 08:02:28 ID:n51uODGj
大儀のための口封じでないの。陰謀達成後は露見恐れて関係した
下っ端とか裏切りそうな幹部は始末しておくのが世の常。マフィア
映画観とき。

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 14:34:30 ID:/GvMRQfg
突発的単独説と思ってる。
一番しっくりくるし。

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 15:43:00 ID:aHKMZwpc
はんべ~さん辺りと計画してのかも、だいたいこの人も胡散臭いタイミングよく病死しすぎ!死んだ事にしていろいろ準備してそうだなこの軍師は!

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 16:01:28 ID:yqYk420d
秀吉が本能寺の変で暗躍した可能性は無きにしも非ず。

だが、>>59、そんな妄想はいらない。
如水ならまだしも、半兵衛絡める必要が無い。
それに半兵衛死んだの79年だぞ。
そんな早くから裏切れよ、なんて入れ知恵することがあるだろうか。

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 16:05:20 ID:aHKMZwpc
最近こんな妄想するのが楽しい〜

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 16:40:01 ID:yqYk420d
末期だなw

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/16(金) 23:49:33 ID:koQ62Auj
>>58
私も単独説だと最近は思ってる。色々説はあってどれもまあまあ動機や頷ける点はあるけど、イマイチ決め手に欠けるんだよね。

ただ唯一引っ掛かるのが、光秀=天海説なんだよね。日光東照宮の飾り?にある桔梗の紋とか何なんだろう…この件に関して詳しい人居ないかな…

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 00:54:18 ID:3fflaIvb
秀吉の中国大返しは、山陽道を使って織田勢が侵攻出来て、しかも大垣返しのように
伝馬を置いておけば可能なんで、大返しをもって秀吉が怪しいというのは納得できない。
毛利との講和だって、あくまで備中高松城をめぐっての停戦和睦であって、
似たような和睦を鳥取城を行ってることから、単独で和睦がありえない云々も納得できない。

>>63
桔梗紋は関東の源氏の家紋なんで、別にあっても不思議ではないのよね。
太田家なんかもそうだし。

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 04:59:54 ID:U9i4qGUF
>55
>近衛前久邸から攻撃できるのは義昭に建てた方の二条御所じゃないと無理と思いますが?

しかしそれだと、なぜ誠仁親王たちがいたのか、という疑問が出てくる訳で。

あと、前日まで雨だったとしても、火をつけるのは家屋の中だから、
介錯された人間が身元不明になる程度には燃えるだろう。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 06:19:11 ID:cv9lw/tH
>>63
光秀=天海説は年齢上考えられないのではなかったか?
光秀ではなく秀満ではないかというのを聞いたことがある。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 15:09:06 ID:jupOda8x
>>64
秀吉の戦略機動は、佐久間・柴田の各個撃破でも披露している得意技だわなぁ。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 17:29:12 ID:D0NaUdfd
本能寺の変の黒幕は朝倉義景
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1145513328/

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 21:40:19 ID:NLawPrVv
疑問なんですが、
延暦寺焼き討ちとか、さんざん坊さんないがしろにしてたのに
なんで、本能寺というお寺を定宿にしてたの?

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/17(土) 21:58:09 ID:MFdAUKob
ないがしろっていうか、武装勢力なんだろうな
法華と浄土の論争とか面白いよ

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 00:03:16 ID:KIv44OHy
あの当時の寺社勢力は今の基準で言えば、
武装したカルト教団的要素を多分にもっているわけで。
自衛的戦力だけ有してる寺もあれば、そうでは無い寺もある。
(山科本願寺は日蓮宗に攻められ落ちてるし、越前平泉寺は本願寺に滅ぼされてる)
だから俗世とは一線引いて、今の寺のように、援助、保護さえしてくれれば、どうでも良いと言う寺社もあるわけで。

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 00:12:59 ID:z2O/y78R
宗教をたてに戒律をやぶってすき放題しつつ武力揃えて抗議運動なんてされた日にはつぶしたくなるのも同意

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 00:45:33 ID:qh0Opq5u
比叡山焼いてたたかれる信長。
本願寺に焼き尽くされて、虐殺されて滅んでスルーされる、富樫。

74 :田舎者:2006/06/18(日) 03:07:28 ID:0/IzH01n
>>65
誠仁親王の件も絡んで信忠が籠もった二条御所の場所は意見が別れる所です
しかし信忠は追い詰められて二条御所に立て籠もったわけじゃなく準備をする時間は十分にあったはず
ところが御所を包囲されてから明智軍に、新王が居るので退去してもらってから戦をしようと信忠が言うのは変じゃ?
親王を信忠が気にするなら入った時に出ていってもらうはず。
本能寺の変に作者が後から強引に親王の件を書き足したとしか思えないんだが・・・

それと信長の首には莫大の懸賞がついていたと思う
かりに首一つで数万石といわれたら火の中だろうが飛び込んでいく兵は大勢居たはず
1万人以上の人手があり前日からの雨で水は不足くしていないというのに、身元もわからない程に遺体が燃えてしまった
というのは無理があるのでは?
少数で武具もまともに付けてない小姓等の寄せ集めの兵士が、明智軍の精鋭に信長が完全に燃えるまで時間稼げると思える?



75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 03:12:52 ID:R5p2WypJ
>>69
仏教は一つではないぞ。信長が闘ったのは「自分に反抗する勢力」だけだ。それがたまたま宗教勢力だっただけの話で
信長に反抗することのなかった(非権力的だった)浄土宗や法華、禅宗などはむしろ保護されている。

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 07:44:16 ID:MAMPcrSb
しかも信仰じたいは全て保護しているし。
宗教に関しては寛容とすら言える。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 09:49:25 ID:IwgNesdj
>74
親王のことは幾つもの当時の史料に出てくるから、書き足しはありえないだろう。

身元を分からなくするなんて、最低限顔面さえ焼ければ済む話。
首級を晒されなかったということは、それぐらいは燃えたと考えられる。

78 :田舎者:2006/06/18(日) 13:02:12 ID:0/IzH01n
>>77
それじゃ信忠が御所が包囲されてから親王を逃がした理由は?
邪魔になるなら、さっさと追い出すはずだが

当時の幾つもの資料を信じるなら、ほぼ全てのものが信長は白い着物を着て腕に大怪我を負い
一人で奥の部屋に入ったとある。
介錯して首を隠す人も居ない、ようは義経の最期と似た様なもの。
身元が分からなくまで明智軍が包囲したまま信長の最期を待っていたのか?

二つとも疑問点だらけだが・・・74は誰の犯行だと思っているのか聞きたい


79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 17:31:04 ID:Qk4R7tQW
「坊主は念仏でも唱えてろ 政治に口を出すんじゃねぇ」って考えだったんだろう
潰すにしてもそれなりの理由が有ったわけだし

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 18:13:55 ID:ZTOUX4Pi
>当時の幾つもの資料を信じるなら、
>ほぼ全てのものが信長は白い着物を着て腕に大怪我を負い
>一人で奥の部屋に入ったとある。

はて?どの史料ですか?


81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 18:20:53 ID:GkqlzTY7
>77
>それじゃ信忠が御所が包囲されてから親王を逃がした理由は?
>邪魔になるなら、さっさと追い出すはずだが

それに対しては、逃がそうとする前に包囲されたから、と答えるしかないな。
下人や犬猫じゃないんだから、退去させるのにも時間かかっただろうさ。

>一人で奥の部屋に入ったとある。

何に「一人で」と書いてあるの?

あと、前日まで大雨だったから水は不足してないというけれど、
どうやって水を汲んで消すの?
当時なら打ち壊して類焼を防ぐぐらいしかできないと思うが?


82 :田舎者:2006/06/18(日) 19:17:22 ID:0/IzH01n
>>81
 >それに対しては、逃がそうとする前に包囲されたから

信長と信忠へ明智軍が二正面作戦を取っていて、追われた信忠が二条御所へ逃げ込んだなら
その答えには納得できるが・・・本能寺が陥落するまで信忠は攻撃を受けていない。
まして御所にいたら命が危ないというなら、公家達は着の身着のまま逃げ出すはず。

 >何に「一人で」と書いてあるの?

信長公記・当代記・太閤記・筒井家記・原本信長記・川角太閤記、こんな所で良いか?
当時の信長は仮にも天下人、主君と同じ部屋で自害したり最期を見る事は恐れおおくて家臣はしないはず

 >どうやって水を汲んで消すの?
本能寺は人が住んでいたのだから、消す為に使えそうな道具は幾らでもあるし隣の屋敷からでも調達は可能
桶、布団、着物、消すつもりがあれば道具なんて沢山あるし人数も大勢いる
信長の首一つに、どれだけの価値があるか考えれば多少の苦労はいとわないはず


83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 21:14:01 ID:ZTOUX4Pi
>>82
>信長公記・当代記・太閤記・筒井家記・原本信長記・川角太閤記
原本信長記と信長公記を別に分ける理由がわからない。
太閤記とは甫庵太閤記の事か?
記憶違いでなければ筒井家記には書かれてなかったと思うが。

色んな名を挙げてるが、君の言う描写あるのは信長公記だけではなかろうか?
イエスズ会日本年報追加に似たような記述あるが、それだと君の今までの主張と違うし…。
御所の件も、誠仁親王や公家の話も晴豊公記の記述はどう思うのか?

当代記を書くなら豊鑑・秀吉事記・惟任退治記を外す理由もわからない。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 21:15:03 ID:GkqlzTY7
>82
>まして御所にいたら命が危ないというなら、公家達は着の身着のまま逃げ出すはず。

逃げ出す「はず」とか言われても、史実が包囲後退去なのだから仕方ない。

>信長公記・当代記・太閤記・筒井家記・原本信長記・川角太閤記、こんな所で良いか?

『信長公記』
御姿を御見せ有間敷と思食され候歟、殿中奥深く入り給ひ、
内よりも御南戸の口を引立て無情御腹めされ

…どこに一人で、と?

『筒井家記』以外は確認したがどれにも一人で入ったとは書いてないが?
というか『太閤記(甫庵太閤記か?)』『川角太閤記』なんて挙げている時点で
かなり根拠として弱いのだが。
読んだことあるならこの二冊を挙げようとは思わないからな。


85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 21:24:42 ID:FVGgkmb8
織田信長卿御遺体の件は、京都阿弥陀寺の信長公の墓所縁起が信憑性が高いと思う。
羽柴秀吉公は変後に宮中公卿、阿弥陀寺住職に接触している。信長卿一周忌にも阿弥陀寺にお願いしているが寺が拒否。
秀吉公は天下一統後に寺領減封処置を行っている。

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 21:42:53 ID:LuyP0NuA
>>85阿弥陀寺の墓所縁起ってどんなのだっけ?

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 22:17:06 ID:ZTOUX4Pi
阿弥陀寺の清玉上人が信長や信忠の遺体を持ち帰ったって話でしょ。
信長公阿弥陀寺由緒書かに書いてあるけど、あの話は伝承だし、
上人が信長と縁があり、墓所作って信長の何かを葬ったと考えた方がいいかと。
確か史板の本能寺スレで、阿弥陀寺由緒書を挙げた覚えあるんで、
過去スレ検索すれば見つかるかも。

88 :田舎者:2006/06/18(日) 23:06:46 ID:0/IzH01n
>82
>84
一人でというのにたいしての答えは、こちらの説明不足と書き込ミスでした・・すいません

信長と一緒に配下の誰々が奥に消えて生死を供にした記述が無い事です
野戦で負けて自害するのなら、配下が主君と供に自害するのは分かります
ただ本能寺の様な場合で自害するとなった時、配下が部屋に一緒に入って自害するとは思えない
何故なら主君の最期を邪魔したくないと思うのと、敵にその場所を荒らされたくないはずだからです
信長の配下は本当に主君を神に近い存在と思っていたのかもしれません。
だとしたら主君の最期を供にするのは、恐れおおい事であったのはないでしょうか?
そこを考えると信長が一人で奥にいき自害したのではと言ったのです
おまえの妄想だと言われたら、それまでですが・・・

御所の件については、史実が退去後だからと言ってしまえば誰も歴史を研究する必要が無くなってしまうのでは?
御所に入ってからの信忠の行動の不可解さを指摘したわけであり史実に従ってしまうなら
光秀によって信長親子は6月2日に死にましたで誰の反論も許さず終わってしまう



89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 23:08:01 ID:LuyP0NuA
>>87サンクス(・∀・)!燃え盛る本能寺から信長の遺骸を探して持ち去るなんて芸当、普通の人は出来ないよなw
変を知ってすぐ来ても明智軍が寺を包囲してるんだろうし、中に入れる状態じゃないよね。


90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 23:21:26 ID:FVGgkmb8
遺骸といっても炭化した木偶みたいなものだから、すでに首のみの状態で持っていっても怪しまれまい。


91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/18(日) 23:36:53 ID:OeOx/F6c
>88
こっちは本能寺が陥落しそうというのを信忠が知ってから、
二条御所へ移動し、親王らを脱出させるまでの時間はそれほど長くないと思ってるからなぁ。
晴豊の日記を見る限り、かなり早い時間に包囲されているようだし。


92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 00:29:52 ID:Fwf53J4q
イエスズ会日本年報追加では、明智の兵は誰にも見咎められず、
信長の側まで行ったとあるよ。
信長は洗顔中で、手拭いで顔を拭いてるところで、
明智の兵は信長の背に矢を放ち、信長はその矢を抜き、薙刀を取ってしばらく戦い、
腕に銃創を受け、奥の部屋に入り火を放ったとある。

変はすぐに京中に知れ渡り、洛中にいた信長配下は本能寺に駆け付けたが入れず、
信忠の妙覚寺へ入った。
信忠は床についたままだったが、騒ぎで起きだし二条御所に入った。
信忠の後を追った明智勢によって御所が囲まれ、誠仁親王は村井貞勝の勧めで光秀に使者を出し、
「如何にすべきか、切腹すべきか」尋ねたら、光秀から
「直ちに邸をでて、信長の子が逃げないよう、馬に乗らず駕籠にも乗らぬ事」
と希望したとある。

これは弥助から得られた情報だと考えられてる。
弥助は二条御所で捕虜になり、光秀から「黒奴は動物で何も知らず、
また日本人でない故これを殺さず、インドのパードレの聖堂に置け」と命じてる。

イエスズ会日本年報追加は新異国叢書に和訳あるから、一度目を通すといいよ。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 15:51:38 ID:3O8s+rO4
>田舎者
>信長公記・当代記・太閤記・筒井家記・原本信長記・川角太閤記、こんな所で良いか?
読んでないだろ?

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 20:50:49 ID:C8uBufQU
信長はある意味裏切りを見るために生まれてきたような男だけど、最後の最後で油断してしまったのだろうか。
漏れは油断を反心を抱いていた光秀に突かれた単独説を信じているけどね。

95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 21:46:13 ID:yjvQbphZ
>>93
書き方に誤りがあったと認めてるし、読んでなかろうが良いんじゃねー?。
田舎者が書いた信長の死に際は納得できる。
他人のミスを非難するだけの奴より立派じゃん。


96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 22:09:52 ID:T5/xTZC1
>95
書き方云々以前の問題なんだよなぁ。
田舎者は挙げた史料のうち幾つかは絶対読んでない。
書き込む内容自体はまともなんだから、無理することはないのにねぇ。

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 22:27:51 ID:yjvQbphZ
>>96
俺は君みたいに詳しくないので、読んでないという理由がわからないのだが?。


98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 22:37:46 ID:T5/xTZC1
>97
田舎者に尋ねてみるといい。
信長自害の場面を『川角太閤記』はどう描いているかを。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 23:33:52 ID:Fwf53J4q
多聞院日記には当時の噂が記載されてる。
二日正午の第一報は光秀と信澄の共謀という情報で、
次の日には信忠が二条御所に籠城した為、「当今(天皇の事、ここでは誠仁親王を指す)」
を人質に取り、天皇も自害、新院(上皇の御所、ここでは正親町天皇を指す)
も放火されたとある。
他にも「細川殿」が殺された、筒井順慶が切腹させられた、
筒井勢が光秀に加担する為近江に入った等あり、鎮静化する18日頃まで噂が飛びかってる。
 
イエスズ会日本年報追加には、信長が五月の誕生日に自身を神と崇める祭りを行なう命令をし、
その19日後に死んだ事や、光秀の敗北の原因を、摂津にいた信孝や
毛利との戦いに赴いた秀吉を放置したからと書いてる。

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/19(月) 23:47:29 ID:FbmkdxiU
おまえらさぁもっと大切な人忘れてねぇ?








四王天政孝

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 00:45:22 ID:LgRXfrlk
否!木村吉清

102 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/20(火) 11:47:42 ID:lJoaSsnn
信忠説も非常に面白いが、その場合の織田家後継者争いの派閥構造を誰か示して。
あと長男の信忠がスマートに後継者になれないとしたらどの勢力が邪魔してるのか、
信忠の変後の展望と誰を支持勢力として織田家まとめようとしてたかも教えれ。
ちなみにその場合も単独犯とかいう行き詰った結果のお馬鹿論争だけはやめてけれ。


103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 15:44:16 ID:rLeM7OiS
単独説のどこがお馬鹿なんだろうか?
主要説のひとつなはずなんだけど。

自分は朝廷説でなく、一部の公家衆による光秀煽動説だけどね。
だから光秀単独説なのかな?

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 17:11:23 ID:GaBo3o9j
「光秀謨反の真相は?」
重臣のリストラから不安になり謨反

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 18:38:34 ID:fiAmucjq
>>102の考えが一番行き詰ってると思う

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 22:48:55 ID:2OZAkk8B
正直、信長が死んで乱世に戻ることによりまず被害を蒙るのは朝廷や公家だよな。
信長のおかげで朝廷領が回復したり、公家の領地が増えたんだから。
乱世に戻ればこれらがまた横領されて、
天文・永禄の頃のような公家たちが献金を願って全国を回るような貧乏生活。

信長が無官なんてのも、公家から見れば重要なポストが一つ空いた訳で、
喜びこそすれ、なぜ恐れなければならないのか理解できない。

…なんて考え方もありだよな。

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 23:52:27 ID:IGWNWCrj
正成や尊氏も感謝されていたのか? 公卿どもは自分の暮らしが安定すれば感謝を忘れ利己に走る。
宮中の行事システムが回復すれば権威が横行する。信長も当初、色々勧誘されて都という訳の分からん、しかしなくちゃ困る物に嫌気がさしたんじゃないのかな?
嫌になったんだよ、きっと。だから新都市を築いて都の法則を嫌った。

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/20(火) 23:59:31 ID:2OZAkk8B
>107
>公卿どもは自分の暮らしが安定すれば感謝を忘れ利己に走る。

利己、つまり信長に要領よく接すれば領地が増える。ありがたい話だ。

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 00:06:50 ID:78wBR7wy

人生五十年が口癖の無神論者が「ワシは神である」て、言うかな。
100歩譲って言ったとしても、それ受け狙いだから。そこは笑うとこじゃん。

まあ、光秀は笑いの通じないキンカン頭だから、しゃーないけど。


110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 00:31:09 ID:kjeCarv6
「ワシは神である」と言ったはよいが、キンカン頭の光秀はそれを「ワシは髪である」と思い違い、
信長の存在の大きさを自分の頭部とかけて揶揄されたと脳内結論。そして謀叛。

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 15:14:13 ID:ybq399SP
信長の言葉を誤解したという所だけは真実味があるな。

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 15:16:57 ID:tvxyoPMS
>>106
朝廷領の回復…まぁ、大事な事かもしれないけど公家や朝廷が一番守ろうとするところはそこじゃないだろ
朝廷の存続、大局見てないって言ったら言い過ぎかもしれないけど…朝廷領とかは大事の前の小事なんじゃないか?
俺は信長に脅威を覚えていたと思うんだが

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 15:18:09 ID:Z6XlPt5e
つまり日本国王ということ?

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 17:26:42 ID:kCECTd5J
朝廷領とはなんぞや?

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 18:59:57 ID:78wBR7wy

今と同じく、400年前の戦国時代でも、ハゲやヅラの人は侮蔑の対象として、
理不尽な辱めを受けていました。その証拠に「金柑元結」と言うキンカン頭専用の
元結があったぐらいです。

その苦しみは本人にしか分かりませんが、身体的コンプレックスをからかわれ、
苦しんだ末に自殺する人もいるぐらいですから、結構、深刻な話です。

衆目の前で「キンカン頭」呼ばわりした信長を、光秀はどうしても許せなかった。
そして「いつか殺してやる」と考えていた。としても何ら不思議ではありません。

---------------------
きんかん-あたま 【金柑頭】

はげあたま。

「大辞林 第二版」より
---------------------
金柑の画像(ミカン科の常緑低木。中国原産) ツルツルしてます
ttp://sadashifujimoto.blog.ocn.ne.jp/rannchann/images/5665_thumb.jpg


116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 21:06:01 ID:TIp9ihYa
>112
>俺は信長に脅威を覚えていたと思うんだが

脅威とは? 具体的に。

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 21:21:34 ID:e3CwkPyJ
信長が朝廷を滅ぼそうとしていた、なんてのは同時代資料には一切出てこないのになあ。
むしろ信長は朝廷の権威回復に非常に気を使っている。
信長が朝廷を滅ぼす、なんて説が出てきたのは、全て戦後の小説からといって間違いない。

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 21:28:59 ID:U6axRsCT
俺は松永説だな
松永久秀が光秀をそそのかした
彼は数年前に爆死したらしいが、
じつは平蜘蛛ともども生き残っていたし
一番可能性が高い

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 21:57:47 ID:59l+CZw/
玄人は光秀の黒幕に
六 角 親 子 を一押しdane

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 22:34:35 ID:wq6mLK8L
俺は信勝説だな
織田信勝が光秀をそそのかした
彼は二十数年前に暗殺されたらしいが、
じつは平手ともども生き残っていたし
一番可能性が高い


121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 22:43:42 ID:TIp9ihYa
俺は**説だな
****が光秀をそそのかした
彼は**年前に*死したらしいが、
じつは(**ともども)生き残っていたし
一番可能性が高い


122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/21(水) 23:41:22 ID:iSg1gneA
俺は丹羽長秀が好きだ。
実は柴田と仲が悪い。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 01:18:45 ID:5pS2YYrw
>>103だけど、信長が朝廷の権威回復に尽力したのは事実だけど、それは勤皇家でなくて
室町幕府という権威に対向しうる組織として朝廷を利用したと考えてる。

その為、幕府組織が完全に崩壊し、信長自身が義昭を越える官職位を得たら、
朝廷権威を取り込み、形骸化させようとしていたと思える。
それが安土城の清涼殿であり、五ノ宮の猶子であり、三島暦導入であると思う。

それに対して一部の公卿が危機感を抱いて、光秀を煽り(騙した、と言うべきか?)、
光秀も朝廷の支援があるものとして行動起したのではにかと思ってる。

まぁ憶測の域から出ないんだけどね。

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 01:48:14 ID:5uB/gjZT
>>123
それでもせいぜい徳川幕府程度だろ。すでに織田家は子息も家臣団にも、朝廷官位によって序列付けを
行っているのに、この権威の源をぶち壊すって事はどう考えても合理的じゃなかろう。
権威と言うのは、織田家に取り込んだりしたら、その時点で意味がなくなる。

ついでに本能寺当時はある程度余裕が出来ていたとはいえ、まだ四方に敵を抱えているんだよ。その時点で
わざわざ朝廷を敵に回すような行動を起こすほど信長は馬鹿じゃなかろう。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 02:05:36 ID:5uB/gjZT
あと、どうしても納得できないのが「信長=革新派」「光秀=保守派」みたいな色分け。

皆当然のことのようにそう色分けしているが、同時代資料を見ても、信長は確かに強い合理主義者では有るが
社会制度的には極めて保守的だよ。それは自分の息子たちや、家臣団の序列を官位によって決定する事もそうだし、
社会政策的にも、信長独自の施策はほとんどない(無論戦時中で新しい施策を執行する暇が無かったとも考えられるが)
他の大名にやって成功した事の真似か、その真似の真似ばかりだったりする。

逆に光秀は、その領国の坂本において、織田家の中でも突出した最先端の行政を行っている。また比叡山の焼き討ちにおいても
後世の小説とは異なり、信長の攻撃命令に最初から賛同し、現場では積極的に焼き討ちをしている。無論後悔の念など全く記録されていない。
また銃の集中活用も、光秀の丹波攻略戦から見られるようになった戦法だったりする。
このように宗教的、政治的、軍事的な意識においては、光秀は信長と同程度か、むしろ少し先を行っていたと考えても、よい。
逆に光秀の立場から言えば、信長の方が「古い」のである。

…と言う考え方も出来るんだなあ。憶測ながらね。

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 03:01:12 ID:0lTV0DgM
「信長のやり方は生ぬるい、俺が代わりに・・・」が真相だったりして

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 03:43:46 ID:RZ2o2IFF
下剋上の世がまだ終わっていないのに油断を見せた信長。
裏切りを一番良く見てきた男のはずなのに。


128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 03:50:42 ID:YTsU5fpl
あまり人を疑うことを知らない人だから仕方ない。


129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 16:48:00 ID:5pS2YYrw
>>124
信長が朝廷を敵に廻すとか、朝廷を潰すとかどう捉えるか、合理的か判断したのか等は見解の相違で
意見が分かれる所なので、言及はしないし、確かめようが無い。
問題は信長がどう考えていたのかではなく、公家がどう捉えていたのかを問題視している訳で。
信長のその気がなくとも、相手はそう捉えなかったら関係ないんですよ。
実際問題として、暦の変更は有史以来、朝廷が決めることであり、陰陽の関係の暦注などもあり、
絶対に許されざる朝廷の権利であった訳で、それに介入するのは、信長以前は存在していない前代未聞の事。

ここからは憶測。
これを一部の公家が朝廷の権利を犯し、将来的には朝廷を潰すと捉えても不思議ではないし、
そう捉えた公家衆(土御門久脩、吉田兼見、近衛前久、高倉永相、中山親綱、広橋兼勝等)が、
朝廷は光秀の決起を容認支援すると煽動したのではと思ってる。

それと信長が革新派や光秀が保守派とかも色々見解あろうが、
少なくとも古来から常識であった寺社の武力維持と政治への介入を拒否したのは信長で、
光秀は旧幕府側の人間と関係が深く、本能寺後も伊勢氏など協力を得ているのは確か。

>その領国の坂本において、織田家の中でも突出した最先端の行政を行っている。
申し訳ないが、どの史料を見ればそれがわかるのかな?

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 17:43:26 ID:5uB/gjZT
>>129
どうも朝廷黒幕派の人は、三島暦導入問題を過大に見てるように思うよ。ぶっちゃけ内容は、既得権と言うか
慣習として今まで三島暦を使っていた地方での、社会的混乱が起こるのを恐れて「その地域はしばらく三島暦で行かせてほしい」
って要求でしょ、信長側からの。素直に資料を読めばそういう結論に至ると思うんだけど。
「信長=革命家」って公式に浸り過ぎると、見方がゆがむのではなかろうか?

ちなみに暦を変更すると大きな混乱が起こるのは、明治の時で証明済みですな(一揆まで起こったし)

>光秀は旧幕府側の人間と関係が深く、能寺後も伊勢氏など協力を得ているのは確か。
それでは京都制圧に直に足利氏や幕府官僚層の協力を得ていた信長はw
イデオロギー的に対極にあるものが。「敵の敵」として手を結ぶのはよくある事ですよ。

>>その領国の坂本において、織田家の中でも突出した最先端の行政を行っている。
>申し訳ないが、どの史料を見ればそれがわかるのかな?
考古学的発掘。少し前ニュースになったような。ほとんど江戸期のものかと思わせるほどの城下町だったらしいですよ。

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 17:53:06 ID:9ZtlX3eW
>>130
>ぶっちゃけ内容は、既得権と言うか
>慣習として今まで三島暦を使っていた地方での、社会的混乱が起こるのを恐れて
>「その地域はしばらく三島暦で行かせてほしい」って要求でしょ、信長側からの。
>素直に資料を読めばそういう結論に至ると思うんだけど。
どの資料を読んだの?
晴豊記には再三暦問題出てるし、地方暦の三島暦を全国基準にしろと
信長が要求してるけど。
資料名を是非知りたいのでよろしく。

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 21:22:29 ID:5pS2YYrw
>>130
いえ、だから朝廷が黒幕とは言ってません、。一部の公家の煽動と言ってるだけで。
それで暦を過大にというが、当時の暦は占星的なものも含め、神聖な意味合いもあった訳で、
それを信長が宣明暦から三島暦にさせるよう要望するのは、朝廷の存在意義の一つを
否定することに他ならない訳で。
信長が革命家とは思いませんし、それは人それぞれの認識の差で違うので言及しませんが、
信長は当時の人間の中では価値観や思考が違っていたと思われます。

それと>>131も指摘してるが、信長が濃尾を含む東海地方で使われていた三島暦の継続を願うとは
どういう事でしょうか?>>130の書き方だと、朝廷が暦を宣明暦に統一せよとしたのを
信長が反対したという風に受け取れますけど・・・。

>それでは京都制圧に直に足利氏や幕府官僚層の協力を得ていた信長はw
この時の信長は幕府の保護者では?状況が違うかと。

>考古学的発掘。少し前ニュースになったような。ほとんど江戸期のものかと思わせるほどの城下町だったらしいですよ
すいません、これだけではなんとも・・・、こちらでもそのニュース探して見ます。

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 21:30:20 ID:CiXGrp5b
「朝廷黒幕説」という言葉が誤った印象を与えるんよね。
「公家黒幕説」ではなんか違うし・・・

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/22(木) 23:14:51 ID:MTcupvHU
もうええやん。
明智が信長に対し腹立って殺した、これでええねん。
単純でええねゃ。

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 01:38:15 ID:CoxYOowr
>>134
ええやん。と言っても本能寺の変について語るスレなんだがw
「腹立って」と言っても、それが単純かどうかはわからない。
どういう理由で腹が立ったのかを考えるのでなければ、このスレに書き込む意味が無い。


136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 07:59:59 ID:pVmJ4bQ+
後の経緯(つか明智とは思えないグダグダさ)からすると、「ムシャクシャ(ry」が一番しっくりも来るんだよねえ。

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 10:05:14 ID:Kr0SeCNp
家康と光秀は仲良かったのかな?


138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 15:28:40 ID:ll7P0Ak5
単なる知り合い程度じゃないか?

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 17:46:14 ID:+Qwmxoqk
>>136
同意。
光秀の気持ちひとつの単独説かと私も思ってる。動機解明は難しいが光秀の中で何らかの感情がはじけて一気に謀反へと走ったのかと。

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 17:52:37 ID:i43kOD5h
>>136
俺も同意。
色々背景を考えるのも楽しいけど、結局は「ムシャクシャ(ry」が一番納得できたり。

そういえば昔歴史の教師が言ってたな。
「信長は天下が欲しかった、秀吉も欲しかった、家康も欲しかった、そして光秀も欲しかった」
でも、天下を取る為に練りに練ったって感じじゃないところとか考えると、やっぱり
「ムシャクシャ(ry」っぽいよな

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/23(金) 22:08:20 ID:Fmlad+qe
このスレの住人に読んでもらいたい本

「本能寺の変 本当の謎」 円堂晃著 
発行所 並木書房
図書館で借りたのだが、かなり興味深かった。
是非、一度読むべし。


142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 01:56:37 ID:dXfHcw2Y
ちょこっとだけ教えて〜

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 02:48:23 ID:UUrsegGR
だから戦国の虫が光秀の中にもいたってわけだ。

144 :あけちみつひで:2006/06/24(土) 14:42:37 ID:dXfHcw2Y
儂が信長の親父のタマ、ハジいてテッペン盗ったるわ!日の本の諸将共を膝まずかせて儂の旗全国になびかせるんじゃい!

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 15:08:22 ID:8yXORgu/
仁侠戦国史か。いいね。

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 17:07:00 ID:OsV4rTFt
信長が油断をみせたから、飼い犬(猛獣)にかみ殺されたんだな


147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 20:19:19 ID:UUrsegGR
本能寺の変なんて難しく考える必要ないよ。
ただ下が上を剋っただけだから。戦国の世のならいに光秀は従っただけ。


148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 20:20:50 ID:bq5DR80o
ある意味戦国最後の大規模な下克上?

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 21:22:19 ID:RRkh3DAO
>>17
堺商人説なんてあるんだ
詳しく

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 21:32:49 ID:zwcg30xI
石山本願寺降伏後、信長は、そこに大坂城を築く計画であった。
これを堺の町衆が嫌った。


151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 21:42:12 ID:OHbzC6K7
ちんぽ

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/24(土) 22:51:48 ID:amrfkSnt
信忠黒幕説なんてのがあるらしいぞw

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 01:33:51 ID:FFhK5vHm
>>148
そうそう。信長なんか裏切られまくってるじゃん。
最後の最後で忠誠心が薄くなった光秀に反逆されてあぼん。
信長が油断しきっていたのは間違いないと思うし、劇的に描かれがちだけど意外にあっさりと最後はあぼんしたんじゃないかな〜?と想像する。


154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 01:40:32 ID:FFhK5vHm
ただ明智勢の結束が固く裏切りが出なかったのは光秀の大将としての非常に優れた力量・人徳かな。
類をみないほどの家臣思いの将で、統率も正確で緻密だったらしいね。


155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 07:47:34 ID:gG07C3we
その後の戦いで光秀に加担するものは少なかった。
身内には慕われるが外の人は気に食わなかったのかも。

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 08:04:00 ID:E+cwpGEP
そりゃムリだわ、主殺しっていうマイナスイメージが強すぎる。
もちろん事前の根回しなんか出来なかっただろうし。
どこの勢力だって我が身大事・・・と言うか、時代をかぎ分ける力がなきゃ
生き残れない時代だもの。


157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 08:08:16 ID:82lvwzAH
光秀が信長に反旗を翻した理由、それは信長による四国攻撃説が原因とみた!
羽柴の横槍で引き金になった四国攻撃は光秀を大変悩ませた。同時期、光秀にいろんな土豪から文句の嵐。
信長政策の一つ、楽市・楽座によって今まで通用していた権益を失う土豪連が多く、光秀の領土拡大政策の一つにもなっていた事から
光秀も土豪連が押さえ切れなくなっていた。そこに、羽柴・三好に肩を持った信長が巨大な渦となって光秀の目に映った。


158 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/25(日) 12:04:53 ID:w+G5c/Wx
>>157
それもあったかもな。ただ三好勢絡むなら毛利も絡むはず。
>>147
戦国に地域ごとの下克上はあっても、天下取るなんて発想は
どの大名にもそうはない。まして一武将が単独で天下狙える
ほどこの時代も甘くはない。村上Fでも見ろ。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 13:40:08 ID:xt52aHmL
天下っても信長の元に諸侯を集められる状況にはないからね
光秀が安土に入ったのは下克上だよ

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 14:32:58 ID:FKau1o/s
俺は松永説だな
松永久秀が光秀をそそのかした
義輝を暗殺した展開とよく似ている
一番可能性が高い

161 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/25(日) 14:43:33 ID:w+G5c/Wx
そもそも戦後5大老って何よ?大手スポンサー以上の存在だろ。
もし信長天下がなってたら家臣団で埋めて、秀吉天下とは中身が
全然違うんでないのか?統一王国と連合国家くらいの違いがある。
もしも光秀だろうが信忠だろうが天下狙うならどんな戦後体制が
できると言うのよ?一地域に勢力築く目的だけなら天下じゃなく
て大名狙い。


162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 15:08:49 ID:IvKP5D5S
ムシャクシャしてた
ふと状況を見ると、まるでお膳立てされたみたいに簡単に信長親子の首が取れそうだった
だからやった


163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 16:31:20 ID:KvIc0hAA
手際の悪い事件や謀反を見る度に「自分だったらこうする…」と夢想するのは現代でもある事だしな〜。光秀も案外…


164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 16:56:47 ID:cAduO/O9
>>19
とりあえず3についてだが、死体は見つからなかった訳じゃない。
焼死体やら普通の死体やらごろごろあったに決まってる。ただ信長と分からなかっただけ。
それと雨の日に火災事故が無いとでもお思いか。
1万人いようが堀に水が満載だろうが人力では火は簡単に消せません。
現在でも放水車で大量の水を使っても消すのに数時間かかります。

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 17:00:22 ID:eFD/MTh8
順慶黒幕説を支持します

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 17:15:32 ID:cAduO/O9
>>19
続いて2だが信忠の籠った二条御所と義昭が籠った二条御所はまったく場所も違う別物です。
信忠の入った御所は最初信長の京都の宿所として作られ、後に親王に献上され御所に成った物です。
信忠の死体が見つからなかったのは切腹に立ち会った介錯人なりが隠すなり偽装するなりしたんでしょう。



167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 17:47:09 ID:w+G5c/Wx
足利、公家(細川は微妙)、堺(本願寺)、摂津(旧三好)、大和の土豪、六角と甲賀、
朝倉の生き残り、丹波(波多野)、丹後(一色)播磨(別所・赤松・小寺)、毛利、上杉
あたりはひとつの巨大な既得権連合または反信長連合とみなしてもいいのでは?


168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 18:52:56 ID:+JOie2K3
>>164
19は君が言う事に55と74で意見を出してるが?

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 19:27:49 ID:D7p9QLcE
俺は官兵衛説だな。
官兵衛の息子は、信長に人質として出されていたが、
官兵衛が有岡城にて捕らわれた際に殺せと命じられている。
半兵衛の気転ににより事なきを得たが、
その事実を誰かから聞いても不思議はない。
自分は足も壊れ、皮膚病にも冒されてまでがんばってたのにこの仕打ち、
官兵衛が信長に恨みを抱き、息子の恩人たる半兵衛に恩を感じても
なんら不思議はなかろう。
そして半兵衛の望みは秀吉の天下。
そしてチャンスは来た。
いま、信長の傍にいる司令官は光秀のみ。
光秀をたぶらかし、毛利方の外交僧・安国寺恵瓊には一国一城の約束にて
密約を結び勝家のライバルたる長秀を篭絡し、大返しの手配を密かに行う。
本能寺の変事を知った秀吉に「殿、好機ですぞ」と言ったとき、
秀吉もその事実を推察したのではなかろうか。
故に冷遇されたのであろう。


170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/25(日) 21:58:11 ID:xMOXqcI4
>>169
「官兵衛説」?

光秀より下位の者説は「明智光秀単独説」にしましょうよ。
光秀はボンクラだけど、そこまでボンクラじゃないと思います…。

171 :164:2006/06/25(日) 22:54:56 ID:zPG70Amz
>>168
失礼、自分と同じ意見の方が前にレスしてたのね。
ともあれ自分は断固単独説で動機は野望説ね、家臣引き込む際に恨みうんぬんは言っただろうけど。

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/26(月) 15:17:23 ID:uzqitnG3
みっちゃんの、さかうらみおそるべし!!

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/28(水) 02:02:44 ID:bnrpeTp8
>>19
明らかにおかしいぞそれ
1.2平方キロメートルあったから中心から600Mってか?
建物は無かったんかいな(笑)
本能寺の作りから言って外壁までそう距離は無いハズだが?


174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 02:51:45 ID:1kYhqXA+
信孝が跡継を狙ってやったんだよ

市を使って光秀の悪い噂を信長に吹き込み、両者を対立させる
市は勝家とデキてるのをバラされたら勝家殺されちゃうから協力せざるを得ない
まぁ信孝に「俺が当主になれば二人を結ばせてやる」と言われて積極的に協力したのかも

光秀には同情したふりをして「俺が当主になったら好待遇で…」と信長と信忠殺害を情報面で協力する

勝家には事前に光秀が謀反を起こす事を教えて仇討ちをさせ、発言力をつけさせて自分を跡継に推させる
筆頭の勝家が仇を討って跡継を提案したら、逆らう者等いる訳ない
見返りには当然市の身体と織田家筆頭に相応しい領土
正に完璧な計画


で、猿が仇討ってすべてがオジャン

175 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/29(木) 22:52:01 ID:TCPBWgg1

俺も信忠VS信孝・丹羽コンビの後継ぎ争いあったような気がするわ。

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/29(木) 22:55:42 ID:KqNsXshE
無いだろ
信忠の後継者の地位は不動
織田の家督の相続してるし、武田を単独で潰すなどの器量良し・信長の覚えがめでたい

不動の後継者に対して、クーデターを起こし
地位をもぎ取った男に唐太宗がいるが
信孝が唐太宗になるには功績が足りなすぎ

177 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/06/29(木) 22:59:47 ID:m+Rdz93s
すごい例えはともかくオレも信忠には比肩できないと思う。
信孝は連枝の中でも最初から序列が低く、明らかな庶子扱いを受けている。
スタートラインが後ろすぎるんだよな。

178 :無名武将@お腹せっぷく :2006/06/29(木) 23:01:45 ID:TCPBWgg1
早いよ、早すぎるよ、信孝&丹羽・・・。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/30(金) 21:11:02 ID:M4dBxHLD
【どっちが】乙巳の変VS本能寺の変【重要?】
http://academy4.2ch.net/test/read.cgi/history/1148233579/

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/06/30(金) 22:35:59 ID:xsWmzMPK
>>170
つかボンクラだったら、そもそもあそこまで出世してないでしょうしね。
尤も後の秀吉にも見える陰の様に、老いと言う物もある訳だけども。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 05:22:59 ID:lMElusUc
>>174
>>175

功名が辻に影響されすぎ
悪いでしょ、君ら?
津田信澄を殺したのは?
ていうか、一部の兵はもう四国に行ってたんだよ?

>>177

それは当たり前だろ
生駒の方の信忠と信雄を優遇するのは当たり前
坂の方の出生やらを調べてから語れよ

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 10:31:17 ID:KVCsC/BE
自分が一番賢いと思ってるやつがいるな

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 10:41:18 ID:CXr3OGvv
昨日テレビでやってたのマジ??
信長が朝廷に対してクーデターを起こす為に光秀を京都に呼んだ!
信忠軍2,000と明智軍13,000の計15,000人で朝廷に権力放棄をさせて皇帝
になるつもりだったという説。
それを光秀が阻止する為に殺害、秀吉は主君がクーデターでは朝敵を倒した
光秀を討ったとなると格好がつかない為、光秀を謀反人に仕立てたという。

書物も改ざんしまくりで、歴史の真実を葬ったらしい・・・

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 11:22:49 ID:1PseRCPn
生駒を優遇?
信忠は生駒とまったく関係ない環境で育てられてますよ
生まれたその日に正室の子として引き取られ
美濃衆をあてがわれている
吉乃?ダレ?ソレ

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 11:28:32 ID:hgPJIoAM
>>183
真実葬った状態で誰が「マジ」と答えられるのかと。
ちなみにその時点でその説も破綻してる訳だが。

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 11:32:49 ID:AQAlMBKL
信孝だって、熱田で生まれて報告が遅くなったから三男になったって、文献に残ってるじゃん
信長死ぬ直前の息子の評価なんて

信忠=(>)勝長>>>>>信孝>>>(越えられない壁)>>>信雄

これはガチ

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 12:58:19 ID:CXr3OGvv
前田利家って信長に尻掘られてたの?

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 13:49:08 ID:mnG7qPiH
信長の死ぬ前の息子評価は


信忠>>>(越えられない壁)>>>>>>>その他

でしかない

自分が出陣するまで動くなと命令してたのに独力で武田を制圧してしまった信忠に対して
怒るでもなく、むしろ他人に自慢してるぐらいだ
同じく命令違反して、結果失敗した信雄に比べるとなんとも頼り気で満足いく男になったと信長は思ったのだろう
その信忠に、長らく武田の捕虜だった勝長に津田姓を与えて付けてるあたり
勝長を追々取り立てる+次代の藩塀筆頭にする予定だったのかも知れない
あえて順番を付けるなら
信忠>信孝≧勝長>信雄

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 15:38:36 ID:h1UJGyS8
どのみち真相が解らないならカッ飛んで考えて
黒幕イエズス会(スペイン)説を勝手にでっち上げる
…いや…全く根拠は無いんですが…

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 16:35:42 ID:Ike+wttH
別にでっち上げでもなく、実際にイエズス会説もある

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 17:25:10 ID:j8+N8jjF
現在は無視されているが、江戸時代の本能寺の変に関する噂で多いのが
森蘭丸の名。信長は蘭丸を後継者にするつもりだったんじゃないのか?
息子たちでは新国家を維持できない感じていた。信長の死後、それは
現実となる。信長自身、道三から美濃を譲り受けている。


192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 17:52:49 ID:Q2Om8I+S
イエズス会説の弱点は、本人たちが安土を追い出され
ボコボコにされてる点だな。明智は反バテレンだって
本人たちが言ってるうえに、秀吉も結果とそては同じ。
イエズス会、何も得してないじゃん??

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 17:54:33 ID:KVCsC/BE
頼む。
帰ってくれ。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 17:56:29 ID:39hW9wBK
森乱丸はいつ頃から蘭丸になったんだ?

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 17:57:47 ID:Ike+wttH
江戸中期以降の読み物からかな?
衆道説もそれ以降出てきた筈

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 18:04:41 ID:39hW9wBK
そうだよな。
利家との話は有名だが、乱丸との仲はたぶん、だろう。
程度で記述も話も何もないんだよな。
小姓なら、って話しなら、蒲生氏郷とかもなるしな。

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/01(土) 18:10:30 ID:39hW9wBK
イエズス会説は、イエズス会を窓口にした、フィリピン総督説なんだけどな。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 00:44:55 ID:sUbnmtqA
 歴史なんてある程度書物改ざんされてるの前提で話進めないと、意味ないよな。
勝者に都合の悪い記述なんて残さない。

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 00:57:09 ID:ccdWp2Zl
そんなこと言ったら史学なんて勉強出来ないし
勝者に都合の悪いことも書いてあるからこそ一級史料なんだけどな

その理屈だと太平記は尊氏贔屓で書かれてないとオカシイだろ?
でも実際は尊氏結構ぼろくそに言われてるんだが

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 01:23:39 ID:Q6lolQrK
その逆もまたあるからな。
前支配者の悪逆ぶりを書いたりな。

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 04:29:40 ID:db/hK6ek
>その理屈だと太平記は尊氏贔屓で書かれてないとオカシイだろ?
>でも実際は尊氏結構ぼろくそに言われてるんだが

小島法師(南朝)が書いたからだろ。
まだ南朝は現存してたし。


202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 04:31:42 ID:ccdWp2Zl
太平記は幕府が閲見してることも知らないのか?

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 09:39:04 ID:db/hK6ek
>太平記は幕府が閲見してることも知らないのか?

無理ww
太平記語りが各地で流布×←閲見×(○検閲)


204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/02(日) 12:00:11 ID:tEdc9xVa
一万三千の軍勢が行軍すると具足等でスゴい音がする
明智軍が本能寺から二キロ離れた位置にいても
本能寺の信長には渋谷の交差点の真ん中にいるみたいに騒音が聞こえ
包囲されるまで気付かずに寝ていたなんてありえない

ってテレ東でやってた

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/03(月) 03:40:15 ID:GuwYXjPM
>>204

全軍が一緒に行動するわけねーだろw

頭悪いんじゃない?君

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/03(月) 17:25:03 ID:K3xpBpja
>>204
奈良大学卒の加来耕三が監修してる、
テレ東のなんちゃって歴史番組、そのまま鵜呑みにしてはいけないよw


207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/03(月) 22:07:56 ID:Bg9O6hfW
家康、秀吉、義昭、毛利らがそれぞれ別口で一枚噛んでたのでは
ないかなぁ、それぞれに信長に消えて欲しい理由があって、光秀
を利用することにおいて一致していて、でもそれぞれの思惑には
気づいてなくて、四方八方から放たれた謀略に絡め取られてしま
った、とっても不幸な光秀でしたみたいな。

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/03(月) 23:26:16 ID:3TduiYaE
光秀がヤル気だったのを家康・勝家・秀吉みんな見て見ぬふり

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 06:44:08 ID:0d03Ud5f

羽柴秀吉…普通に怪しい 山崎に行くの早すぎなのでクロ
柴田勝家…裏で糸引いてるんだったら、もっと迅速だったはずなのでシロ
丹羽長秀…一番近かったが、何も出来ず待機だからシロ
滝川一益…旧武田家臣にやられて、帰ってきて引きこもりだからシロ
池田恒興…こいつも何もできず、シロ
織田信孝…津田信澄を切ったあたりを考えるとシロ
織田信雄…引きこもりなのでシロ
前田利家…全く関係ないのでシロ



徳川家康…無事で帰れたし、帰ってからの軍備が早すぎなのでクロ
毛利輝元…シロ
小早川・安国寺…秀吉の恩遇を見ているとクロっぽい

足利義昭…こいつ引き金になったか分からんがクロ
朝廷…信長討伐者に征夷大将軍の位をあてがったっぽいのでクロ

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 08:29:12 ID:Imh5iVQU
>>204
俺も見てたよそれ
当世具足つけた人を走らせて
「これが1万3千人なら」とかやってたな
すげーアホくさかった

1万3千の全員が戦闘員なのか?
全員そんな立派な具足つけてるのか?
全員で一度に行動するのか?
夜襲・奇襲するのに不用心にガチャガチャ音立てて近付く馬鹿がいるのか?
以下略

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 08:59:52 ID:Zs4Zpq88
隠密行動の時は、具足に布等巻いて音を抑えるようにしてたように思うけど
そんな不用意な音を立てる訳がない。
もっとも、あんな番組じゃね……。
信長役があのアホの和泉元彌の時点でダメだろ。

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 10:48:28 ID:AEwLkupb
>>208
ついでに信長も見て見ぬふり

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 19:26:29 ID:TMwwo/3Y
信長はまだ死にたくなかっただろ。
朝廷への返事すらしていないのに。

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 20:59:33 ID:CTbeUgYb
17
俺は足利義昭説だな
なにせ義昭は自分の地位を信長に利用されて
それで義昭は信長に逆らって信長包囲網をやったからな
それが失敗して京都から追放されてからは
義昭は信長を倒したいから密かに義昭は明智光秀に信長を殺せと命令したと思います

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/04(火) 23:57:04 ID:P3Qf5yt9
義昭説の弱みは彼が毛利の元にいること


216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 02:22:23 ID:JOLiFaa6
とりあえずおまえら人狼でもやってこい
自分の推理力が糞並みだとわかる良ゲーだ


217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 18:57:46 ID:nrk0H5QW
>>209
真の黒幕は信長が死ぬところまでは計算どおりだったが、まさか自分も死ぬとは思わなかった織田信忠とか河尻秀隆
だったらワロスw

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 19:04:51 ID:77Ow9sMp
謎はすべてとけた!

本能寺の変=今の北朝鮮 説だなw

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 20:03:07 ID:h/dZwBSj
>>217

まぁ・・信忠の行動はちょいおかしいしね
川尻は・・そりゃ旧武田にやられる程度の奴だからクロはねぇと思う

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 21:26:28 ID:AVByqhGc
その旧武田の後ろに家康の影

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/05(水) 23:41:36 ID:zMRSKOZi
一番事情に詳しそうな秀吉以外は、光秀にそれらしい気配を感じてもホントにやるとは思っていなかっただろう
多分、信長も

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 00:19:33 ID:tv68yKk/
ぶっちゃけ

光秀も可愛そうだよね

あんなことされて、誘惑されたら謀反起こしちゃうよ

料理がまずいだとか、領地をなくすとか


223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 16:22:40 ID:/GGL5bd9
信長の光秀に対する話は後から作られたのも多いらしいからどれがほんとでどれが嘘なのか。

母を人質、武田攻めで殴られた、料理がまずい、領地没収
どれが実際にあったことなんだろうか。

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 16:48:35 ID:hx7oOSMV
領地の没収はありえない。
そんなことしたら兵を徴集することができない、
つまり中国に出兵もできないし、本能寺の変も
起こせない。

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 17:17:45 ID:/IPXYy4E
没収じゃなくて、領地替えって話だけどな。


226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 17:33:54 ID:SlQcQM8n
確か毛利領に領地替え説だよね?
本当なら「おまえはもう要らないから、毛利に逝っちまえ」ってリストラ宣告されてる様なもんだ

数々伝わる信長の性格からすりゃ、リストラしたきゃ林、佐久間みたく堂々とクビ切るだろうしなぁ

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 17:42:09 ID:R8HbHW8u
信長流のケツ叩いただけじゃね?

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 17:52:00 ID:SlQcQM8n
信長「いっそ光秀の領地を毛利領に替えてやるかのぉ
文無しになりゃ必死に働くかもしれんぞ
なーんてな
ウヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ」

黒幕「…またまたご冗談を…(ニヤリ)」


229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 19:14:17 ID:IeSFholD
本能寺は変

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 19:40:59 ID:0lONZOrZ
>>226
通説で領地替えのとされてる領地は、銀山が豊富にある土地にだし、
滝川よりは全然良い土地だとは思うけどねぇ。
京から一気に遠くはなるけど。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/06(木) 21:16:06 ID:bv6LxvZ2
>>223
> 信長の光秀に対する話は後から作られたのも多いらしいからどれがほんとでどれが嘘なのか。

> 母を人質、武田攻めで殴られた、料理がまずい、領地没収
> どれが実際にあったことなんだろうか。

多分このスレ来る位だからツリだと思うけど
マジレスすると、全部嘘。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 01:31:26 ID:V0EuGB35
>>230

とか言われても城も城下町だって最初から作ったわけだから愛着あるでしょ
京の目の前だし
性格からして、佐久間や林の二の舞は嫌だったじゃないの?

>>231

嘘なの!?
それともお前が釣り?

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 01:40:05 ID:eMD2lrxg
日向守を名乗っているからいずれ九州に飛ばされる、

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 02:00:15 ID:ZUj3RcEl
そういう理由ならひゅうがないな

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 02:03:43 ID:1lDMVZbX
>>232
信じてる奴がいるのか?
江戸時代に本能寺の変の理由付けで作られた、
創作なのに。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 03:48:07 ID:vmXVLyWx
光秀はもう疲れてたんだよ・・・。
既に60近いし最前線で奮起するつもりもなかったんだろ。
丹波近江で大人しく隠居したかったんだよ・・・

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 05:07:12 ID:KMefMNuO
経歴みても誰に忠誠誓ってたんかさっぱりワカラン

そもそも忠誠心なんかあったのかな


238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 05:22:51 ID:wt5xOEUi
光秀は信長家臣団の秀吉、勝家に並ぶ超トップレベルの武将だぞ
流石にクビはありえん

まぁその実力があったからこんなレベルの奴何人もいたら逆に危ないと切り捨てられそうになったかもしれんが

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 06:01:13 ID:KMefMNuO
今で言うなら閣僚の一人か


全然凄くネー


240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 06:36:19 ID:ZUj3RcEl
閣僚つっても、官房長官とか外相とか、中枢閣僚だろ

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 15:54:01 ID:S+dM7Zi/
戦後までは光秀って主君殺しで非難ばかりだったんでしょ?

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 22:43:55 ID:/PU1GQpW
信長って結構愛情有る主君だぞ。

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 23:11:57 ID:h1ZzttXR
愛よ

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/07(金) 23:12:57 ID:8vZw53TM
最近は、光秀に対する擁護論がマスコミ某体などでもてはやされてるけど、
母を人質、武田攻めで殴られた、料理がまずい、領地没収 等の事実はどの文献を
参考にしてるのかイマイチ不明だ。
惟等日向守の官名をつけられたのも、いずれは九州の地を任せる信長の意向があっただろうし
エリートコースを進んでいたのは間違いないし。
>>237のいうとおり「経歴みても誰に忠誠誓ってたんかさっぱりワカラン」


245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 02:29:45 ID:3ySyFlfS
>母を人質、武田攻めで殴られた、料理がまずい、領地没収 等の事実はどの文献を
>参考にしてるのかイマイチ不明だ。

↑が軍記物語で、史実ではないからこそ↓

>最近は、光秀に対する擁護論がマスコミ某体などでもてはやされてる

つまり、将軍家や朝廷を供奉し、信長の大量虐殺に反対していた光秀が評価されているのだ。

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 07:01:19 ID:Xoxl84Hm
光秀が大量虐殺に反対って?
あったっけ?

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 08:12:11 ID:9lqL1KfH
寧ろ先頭きって虐殺してた

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 08:25:00 ID:efVzsznO
比叡山攻めの中心人物だよな。その後、城を貰ってるし。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 11:56:50 ID:0x4MNXHt
ところでみんなに聞きたいんだが、三宅藤兵衛って明智秀満の息子がいるらしいんだけど
この人物、本能寺の変後も生き延びて、表舞台で城代になったりしてるんだよね
普通、本能寺の変を起こした光秀の特に近しい縁者を、許すことなんてありえるのかな?
これだと、天海=秀満って気がするんだが…ただそれだと、秀満親子は裏切ってた・・・というか、
誰かの指示で光秀を本能寺の変を起こすように導いたのか?って気がしてくるが・・・

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 12:41:23 ID:Xoxl84Hm
一族の血筋が危険じゃないかぎり、当事者関係しか処罰して無いと思うよ。
日本ではね。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 12:50:25 ID:oaIF7WCB
支那の歴史だと一族郎党根絶やしなんてのが
大袈裟な表現では無く実際に女子供・遠い親類まで全て殺してしまうが
日本の場合だと滅亡したハズの家でも案外、子孫が生き残ってたりするよね

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 13:01:17 ID:0x4MNXHt
>>250
確か本人も当事者だったような

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 13:07:54 ID:Xoxl84Hm
>>252

確か本人も当事者だったような

という事は年的に光秀の娘の子ではなく、先妻か側室の子
って言う事でいいのか?

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 15:12:08 ID:0x4MNXHt
>>253
ごめ、ネットで色々と見てた中で見ただけの話だから、母方までわからない

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/08(土) 15:19:09 ID:Xoxl84Hm
明智秀満は、娘婿だからな。
光秀の一族でも繋がってないし、養子でもないし。
明智とは名乗らせてるけど

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 22:31:57 ID:2lTBdhC3
羽柴が毛利と組んでたんじゃね

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/09(日) 23:03:31 ID:XsHMMxYG
天皇が黒幕。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/10(月) 21:10:03 ID:mgt3rDBl
信長が水面下何か交渉でもしてたんかいな

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/10(月) 23:10:26 ID:71vMBdla
なんかの密室殺人事件の小説みたいに、関係者全員が加害者だったりしてw


260 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/07/10(月) 23:14:53 ID:iQsjXoJB
信長を刺し殺したのは蘭丸だった説。

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/10(月) 23:25:43 ID:QU6N9a9g
>>260初耳だ…( ゚д゚ )
でも乱丸には動機なくないか?

262 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/07/10(月) 23:28:26 ID:iQsjXoJB
いや>>259を見ての思いつきだけどね。
ただ光秀と蘭丸の出身地は直線距離で4キロくらい。
なぜトンデモでもこういう説が出ないのか不思議でならんのよね。

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/11(火) 23:34:09 ID:bogTaat+
>>262
でも光秀の氏素性って、ハッキリと判明してないんでしょ?
本人は美濃明智郷の出身だといってるけど。
ま、それをいったら織田の先祖は寺の神官だし松平ときたらタダの浮浪者だったワケだから
氏素性はカンケーないかw


264 :奇矯屋onぷらっと ◆O.K.H.I.T. :2006/07/11(火) 23:41:26 ID:MwOSj5KG
そういうこと。
オレは地元だけに光秀が可児郡瀬田の出身だと勝手に信じてるだけのこと。

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/14(金) 08:51:57 ID:3wRfEkwN
>>264
ほほう それでそれで?
     _____
    f:::::::::ヽ
    i::/" ̄ ̄ヾi
    |:| _ _|
    |r==( 。)( 。)
    ( ヽ  _) }
  __/ヽ ー== i
 r"ヽ t、 \___i
`/  i  ヽ__/
/ ヽノ j  j|ヽ
r⌒ヽ_/ /  /r |
{    ̄`-、_ヘ^ |
ヽ-、____)―、j
/ ヽ_    /
    `ー――′

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/14(金) 14:12:36 ID:cTzvmq2N
共犯者リスト

1天皇
2足利義昭
3濃姫
4羽柴秀吉
5徳川家康
6毛利輝元
7北条氏政
8市姫
9織田信孝
10織田信勝の亡霊
11なし

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/14(金) 23:44:27 ID:caTiqdXN
どう考えても
秀吉が、光秀の毛利への密書を
横取りできたというのはおかしい。
イタリアのマテみたいに
秀吉が光秀を挑発したにちがいない。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 01:49:32 ID:Mue7GfgO
俺が思う相関図

[秀吉]―謀反を煽る→[光秀]←信長を討つよう書状を送る―[義昭・朝廷]
 ↑                                      ↑
 |                                  光秀のやり取りは知っていた
 |                                      |
 └―――和睦と称して信長が討たれるための時間稼ぎ―[毛利・安国寺]

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 10:21:51 ID:FtW1emrg

と言うか実動部隊の半数以上が、一向門徒なのは既出か。

一向門徒だけに手強いけど高山、中川、細川等の
キリシタン大名は、与力しないわな。(朝廷も。)

でも、あの信長殺せるのは、彼等しかいないのも事実だもんな。


270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 16:21:06 ID:SCoViFtJ
ある日、信長がパーティを開きました。

その時、美味しい饅頭が出席者に振舞われたのですが

明智光秀には饅頭は3つしかくれませんでした

その時、明智光秀はこう言ったそうです


「あ!ケチ!3つ!?ひでぇ」


その数日後、本能寺の変が起きました。
食い物の恨みは恐ろしい

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 16:53:11 ID:KA/Jpw2W
さて、笑うか

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 17:01:10 ID:DCWUlrht
でも、どうやって秀吉が光秀を煽るん?光秀が信長に折檻されてたとか、領地召し上げ話は創作ぽいし、秀吉が朝廷や義昭の話を持ち出したら怪しまれる気がす。
光秀は連戦連勝のエリートだから、将来の不安を煽るのも難しそうだし


273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 17:05:13 ID:UjCwMd65
結局、光秀も天下が欲しかった……につきるんじゃないかな?
光秀はまだ下克上の世の中が続いてると思っていたんだろう。
だが、周囲は下克上ではなく謀反としてとらえた。
だから、信長を討った事で、賛同を得られると思っていた人間からもそっぽを向かれた。
そういう事のような気がするな。

意外と単純な動機なんじゃないだろうか?

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 17:24:14 ID:DCWUlrht
>>273単純な動機…そうかもね
信長を恨んでいる人間は多い
文化人の自分なら良い国造りが出来る
絶好の機会がある

みたいな感じかも…


275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/15(土) 21:18:31 ID:CtRRBRD/
それだとやっぱり信忠にかなり間を置いてから兵を向けたのが不自然なんだよ

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/16(日) 01:26:16 ID:MNwuwaEN
>>273
禿同だ。他の説はちょっと苦しい部分が多い。
まあ、変後に味方を募る手紙に明確な理由を書けなかったのは私心からの謀反であることを証明してるかのように思えるし。

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/16(日) 08:41:21 ID:P/37Z/FS
>>275同時に襲ったら、天下のためというより織田家を狙った私心感は拭えない気も…
それか、単に寝込みを襲いたかったが信長が起きる時間になってしまったので信長の首を優先したとか…


278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/16(日) 23:08:26 ID:U/ucvt1Z
信長の忠臣なら、信長と信忠亡き後、三法師や信雄や信孝を敬うはずでしょ。
秀吉は三法師の後見人になってるけど
いつの間にか、天下とりしてるし。
本来なら、織田政権を確立するのが筋でしょ。
信孝を自刃させてるし。


279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/18(火) 17:12:47 ID:qbmmhAek
ここには○ちゃんは来てないのね

280 :あぼーん:あぼーん
あぼーん

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 14:31:31 ID:qggsyC54
孝高「上様は今宵、本能寺にて倒れる手はずにござる。殿、ようやくご運が開けましたな」
秀吉「ぐふふふ。官兵衛、お主も悪よのぅ」
孝高「いえいえ、殿にはかないませぬ」
秀吉「上様は倒れ、ワシが天下人じゃ。ぐふふふ。今宵の酒は上手いのぅ」

声「猿よ。末期の酒は上手いか」

タ〜ラ〜ラ〜タラ〜タラ〜♪

信長「羽柴筑前守、並びに黒田官兵衛。その方らの手駒であった惟任日向守はすでに討ち取った。
    その方らの目論見は何もかも露見しておるぞ」
秀吉「・・・貴様、一体何奴じゃ?」
信長「たわけ! 余の顔見忘れたか!!」

カーンカーンカーン

秀吉「・・・う、上様!!」
秀吉&孝高「 ハハーッ(平伏)」
信長「その方ら、腐った公家どもと結託し、惟任日向守をけしかけ、余を討ち取る算段であったか。
   己の手を汚さず、主を亡き者にしようとするその所業、断じて許せぬ。いさぎよく腹を切れ!」
秀吉「・・・うぬぬ、上様がかような地におられるはずがない。者ども出会え出会え!
   こやつは上様の名を騙る不届き者じゃ、かまわぬ、斬り捨てぃ!」

信長「シャキーン」

チャーンチャーンチャーンチャチャチャチャチャチャチャーチャーチャー♪

信長「成敗!」
蘭丸&坊丸「・・・グサッ!」
秀吉&孝高「うぐぅ・・・」

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 17:23:27 ID:AI2Rs2yu
黒幕がいるんなら、どっかから実はこれが真実です。みたいな文書が
でてきてもいいきがする。

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/19(水) 19:05:27 ID:X5Y8nFZ+
>>282
その黒幕が処理したのかな?個人的には黒幕は存在しなかったと思うが。



284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 00:15:29 ID:PQ9nmddW
>>282
>>283
何気に>>281の熱演をシカトするおまいらに乾杯。
文書云々はやはり秀吉らが密かに処分したのかもね。




285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 11:26:29 ID:pDNzGIR3
まったく文書(も何もその手がかりすら)がないと、いくら可能性を列挙しても
俗説以上にはならんからねえ。
多少の傍証でもあれば、江戸時代に幕府が利用しない手もないしねえ。
秀吉の線は無いと見て良いとは思うんだけどさ。

286 :282:2006/07/20(木) 17:47:38 ID:tuHIZC0B
真犯人は○○です。っていう情報は、価値が相当高いわけじゃない。
なのに誰も利用しないし文書に残さないのは、何だか不自然な気もする。
仮に秀吉説に立つと、秀吉1人が本能寺の変の全ての絵を描いたんじゃなくて、
当然、官兵衛を始めとした側近たちと計画したと考えるのが普通だと思う。
だけど後に官兵衛は秀吉から遠ざけられたときに、事件の真相暴露して
秀吉を逆賊にすることも、文書にすることもしていない。
他の黒幕候補にも同じことが言えるわけで、
要は、確たる文書が残ってないのは、黒幕なんかいない。
すなわち光秀単独説ってことにならんかね。
まあ、妄想だけどね

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/20(木) 22:24:29 ID:PQ9nmddW
ケネデイ暗殺事件みたいに○○○年まで公表禁止、となっていたら良かったね。
やはり光秀単独説しか残らないなぁ。



288 :くろだカンベ〜:2006/07/21(金) 02:41:52 ID:QTpKF5JK
一応、天下統一した最高権力者秀吉に逆らえば如何に大義を掲げ逆賊と訴え挙兵しても帰り打ちされるのがオチだし(毛利上杉前田大大名etcがバックに居る)それに秀吉の最も側にいた訳だから、お前も秀吉と結託した仲間だろと言われるだけだから迂濶な事は言えない。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 07:55:41 ID:S8klsYhC
仮に秀吉が計画を立てるとしたら、どういう計画だろう?
実行犯を選び、その気にさせる方法
毛利が和睦に応じない、または追撃して来た時の対処
細川、筒井、朝廷を光秀に協力させない方法
信孝や同僚たちを出し抜き主導権を得る方法

…とかとか


290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 08:36:45 ID:Yk+f+Yah
>>286
官兵衛が暴走して秀吉が黙認あるいは止められなかったのなら
表に出てこなくてもおかしく無いんじゃね
秀吉説=官兵衛暴走(怒った秀吉が冷遇)
家康説=本多正信暴走(怒った天海(光秀)が正純を失脚させる)
まあ、妄想だけどね

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 13:20:36 ID:uwPcOZC+
>>155
なんか石田三成と重なるものがあるな

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 19:17:52 ID:St/YxcuD
へうげもの

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/21(金) 19:30:56 ID:St/YxcuD
真犯人は信長。

自分を死んだ事にしたかった。理由は知らん

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 02:06:16 ID:5NogllTu
>>293
小学生の頃に天海=信長説を思いついたことを思い出したw
「光秀説があるなら、信長説があってもいいじゃん!」理論でw意味ねぇww

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 15:26:39 ID:WCmvZqti
127:日本@名無史さん :2006/07/22(土) 14:22:25
信長は、普段住んでいた安土城天主閣1階、京都宿舎である本能寺の自分の寝室の地下に
巨大な火薬壷を埋め、そこから導火線を寝室の床の間に出しておいて、
謀反が起こった際に、自分の首が晒し首にならないように、
床の間にある導火線に蜀台の火を放って自爆できるようにしていたんだって。


296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 17:19:36 ID:5ilPufDq
床の間にワラタww

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 20:13:47 ID:K/BweJiq
リスク高杉だろw

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 20:23:23 ID:VzcsltwL
あの時代床の間って言ってたっけ?
まだ押板の時代じゃないの?

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 20:25:48 ID:K/BweJiq
床の間じゃなく、ゆかのあいだ、って書いたのかと
どっちにしても、暗殺されるなら、居城より外のがよほど可能性高いわけだし、
火薬の上なんかに寝る危険性考えても、眉唾物だけどな

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/22(土) 21:14:21 ID:3rrrfwgH
秀吉と家康と光秀の3人が決めた約束
秀吉の仕事は信長を中国に呼び寄せる細工をする。
光秀が暗殺
家康は何もしない。
天下は光秀にとの約束だったが、主君を殺した謀反人に仕立てれば仇討ち
と称して大義名分が立つことを考えて周りの武将を味方につけたわけ。
実質、裏切られたのは光秀。
家康は秀吉の作戦にまんまとはめられた。
本当に家康がヤバイと感じたのは秀吉に殺されるかもしれないことだった。


301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 23:31:34 ID:uH2PS0/G
まあ、織田家の後継ぎは誰も人望がなかったんだね。
というか、秀吉も三法師をちゃんと育てて
織田家の後継ぎにしてとか、考えられなかったのかね。


302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/23(日) 23:38:39 ID:uz+bjK7W
信忠で一本化してたのに、信孝や信雄に人望があっても、またアレではあるが。

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/24(月) 15:29:33 ID:4w2DfHPc
ましてや三法師が後継者とは誰も想像していなかっただろうからな。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/24(月) 15:31:37 ID:wDd8M2zm
信孝や信雄なんて信長からも無能扱いだろ

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/24(月) 15:45:25 ID:ruotM7Pq
秀吉は、織田家の後継ぎと天下人は別だと思ってたんじゃない

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/24(月) 17:54:29 ID:zt/cpNpX
秀吉がやらなくても、信雄と信孝ならそのうち仲違いしたんじゃない?

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/27(木) 12:29:40 ID:AO1jmjDe
ttp://www.youtube.com/watch?v=qRCVioLsuXU

本能寺の変は銃撃戦だったのです

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 01:05:52 ID:XmsMv43/
何の映画ですか?

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 01:22:46 ID:7gw53WG+
信忠何で逃げなかったんだよ〜(´・ω・`)

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 07:33:09 ID:lyFKW2J3
眠かったんじゃない?

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 07:45:49 ID:NTBrRn0M
>>237
そうなんだよな。信長とは違った意味でそれまでの武士とは違う感覚持ってたのかも。
>>274
荒木を説得した時に、こういう奴が他にもいるなら行けると思ってしまったとか。

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/28(金) 21:21:04 ID:vhp9yxCN
信忠切腹は長益が薦めたという話があるぞ。人に切腹を薦めて自分は逃げ延びている。


313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 06:31:28 ID:rf+JBR9f
>>312
人でなしと唄われた所以だね。

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 09:55:28 ID:KFBkrVuQ
やっぱ若造に仕えるのってイヤなのかね?

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 21:08:13 ID:QTGUbL2M
だろうな

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/29(土) 22:58:05 ID:D3v1eYnI
もし、光秀の謀反を家康や秀吉が知っていたら
信長に報告するだろうか?

しなそうだよね

317 :猿&狸:2006/07/30(日) 02:28:34 ID:FqGs144V
(・ω・)<独立>(・ω・)

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/30(日) 05:19:19 ID:IZaDXMHd
でもその後織田の女達はモテモテだったよな

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/07/30(日) 05:24:45 ID:dfzATyFI
>>316
したら共謀とはいわんよね

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/01(火) 17:29:16 ID:YOkqBFke

あの世に2ちゃんがあったら Part 2
http://hobby7.2ch.net/test/read.cgi/occult/1149076568/
このスレ三戦ネタが多いwww
皆さん出張乙w

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/02(水) 19:42:08 ID:oRQe3DIM
信長は天皇に譲位をせまり皇帝になろうとしていた。その後、上皇は監禁して朝廷は
解体の予定。その動きを察知した朝廷が光秀に相談。本能寺の変発生。
その動きを逐一、間諜と内通者を通じて掴んでいた秀吉、援軍要請も暗に光秀軍を動きやすく
するためのもの、中国大返し開始。同時に信長は生きていると噂を流す。
光秀は信長の死体が見つからず諦める。朝廷から朝敵を討った功績で征夷大将軍に任ぜ
られるが、その応対や儀式のため軍事行動が遅れる。その上、信長は生きていると言う
噂のため思うように味方が集まらない。山崎の戦い。
勝利した秀吉が、信長の天皇暗殺計画、光秀の征夷大将軍就任などの証拠隠滅をして
光秀=謀反人のイメージを確立する。朝廷の陰謀、光秀の義憤、一枚上手の秀吉。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/03(木) 15:41:34 ID:A2rXaJ0C
それなんて小説?

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 01:28:12 ID:RXZIJXid
時は今
雨が下しる
五月かな

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 03:52:38 ID:UtK5HB7c
信長を殺すぐらいなら、こいつをやった方が日本もよくなると思うんだが。
http://society3.2ch.net/test/read.cgi/giin/1142799748/213

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 03:58:12 ID:W4NIp2kl
>>324
そう言えばこいつも、政界の信長と呼ばれた時期があったな。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 04:08:38 ID:e6/C2Nq2
小泉もな

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/04(金) 12:48:38 ID:iEVpFKbC
小沢は田中角栄や金丸信の草履持ちでなりあがったけど、
親分が死んだら一気に落ちぶれた羽柴秀吉の出来損ないみたいな奴。

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 01:02:20 ID:kXq1khOf
不思議な事に朝廷黒幕説が書かれた後、直ぐに否定意見
(それも向きになっている様子がありありと伝わる様な書き込みがされている)
が書き込まれている事を考慮して間違い無く朝廷が関わっていると判断した。
これは国家レベルの隠蔽である、この手の隠蔽には枚挙に糸満がない。
この後に否定する意見が書かれるであろうが全て宮○庁の差し金である。


329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 02:01:20 ID:6BzOkCgJ
バカか

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 07:53:13 ID:ivocLCYn
バカだ

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 10:23:49 ID:Rb5H1BGS
朝廷黒幕説が一番可能性としては高い
少なくとも○○黒幕説の中ではな

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 10:55:42 ID:/hloiZXe
で?言い返しもできず負け惜しみしかできない328のガキですか?

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 11:45:49 ID:cbrq6rsA
そもそも黒幕説ってのが・・・・
当時、畿内でほぼ信長に次ぐ地位を持ってた光秀がどうして黒幕を必要とするんだか。
普通、黒幕というのは実行者より力を持って無いと意味がない。
なんで光秀が格下の勢力に使われたことにしなけりゃならん?

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 12:18:32 ID:6BzOkCgJ
論争も出来ないバカ>>328のせいで大いに迷惑被ってるな

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 19:32:11 ID:m8GJJvzg
人の心の中、信仰、信条は武力に匹敵する力だと思うが。しかもこれらは、武力の様に
誰から見ても普遍ではなく、人によっては武力よりも力を持つ。一概に朝廷が格下とも
言えないだろ。人の心の中を証明する事は出来ないから、仮説の域を出ることは無いがな。

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 20:46:34 ID:8uFWOhPZ
枚挙に「糸満がない」時点で>328がバカなのは明白w

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/10(木) 23:11:10 ID:Fx7ykZLD
>>336
おそらく皆気付いていて釣られてないだけだろ

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 00:53:47 ID:Wy7uHDly
>>329-337こういう状態も釣られているといふ

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/11(金) 18:49:09 ID:lzKurA0d
それは後釣り宣言って奴じゃあないか?

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/14(月) 00:28:18 ID:f1VPjbOm
「信長は謀略で殺されたのか?」という本読んだ人居る?図書館で読もうと思ったが
貸し出し可能のはずなのに無い。買おうかどうしようか迷っている。

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 21:53:46 ID:e9QNuTXa
こんなこと言うのはちょっと気後れするけど
信長と同時代に生きた天皇の墓には本能寺の変の真相を語る資料が
埋められているような気がするんだけど。
天皇家の墓は絶対不可侵だし、ありうるんじゃないか?



342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 22:01:31 ID:nNMFlw1N
わざわざ墓に埋める必要性をあまり感じないんだけど、何故そう思うの?


343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/17(木) 22:15:47 ID:FNkyGnfd
だよな。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/18(金) 23:14:32 ID:I56yiJ2J
だって、真相に迫る資料は今の今まで
出てないんでしょ?
手付かずの場所といえば、天皇家関係しかないと思われ。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 00:43:12 ID:GhNfbqvc
>>344
真相に迫る史料が現存しているという仮定があるという話で進めてないか?

346 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 07:48:31 ID:ztkBJYA9
そもそも、怨恨にしろ野心にしろ光秀個人の判断による行動であって、
「真相」云々というような事実がない可能性だってあるわけだし。
いや、可能性があるというか、一般的にはその方が通説なわけだが。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/19(土) 23:30:55 ID:b1oKQXTb
信長の首をさらせなかったのが
まずかったということなんでしょ。
信長に影武者がいなかったというのが
納得いかない。信玄にはいたんでしょ。
桶狭間の合戦のとき
今川義元の居場所を教えたのが
信玄の忍びとか。

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 12:37:29 ID:B1zlXR/U
信玄に居たのに信長に居ないのがおかしい、という二段論法がよく分からない。

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 21:05:27 ID:2wAA+9oA
今日安土城址に行ったら信長廟の所に張り紙がしてあって手書きで
「本能寺の変には家康も絡んでいる」だの
「死んだ光秀は偽者」だの
「本物は天海になった」だのご丁寧に線引いて強調した
怪文書があったよ
なんだろあれいたずらか?

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/20(日) 23:03:55 ID:eRL+udP+
【謙信最強は創作】
謙信が戦国最強の武将(軍神)とされたのは、江戸時代の創作ですね。
武田の甲州流兵学が幕府公認となったので、紀州徳川家(頼宣公)が
上杉流兵学(軍記書)を宇佐美定祐に作らせたというのが最新の学説です。
臼井城攻めの失敗など謙信が敗北した合戦も、複数の史料で明らかになっています。

※謙信自身が敗北を認めている書状↓
 晴信年(念)を入れ、いかにも堅固ニしらわれ候間、落居さうなくつき堅候、
併馬を為寄候上者、善悪ニ不及候間、無ニセめへきそうふんにて、当月七日より
取詰候ヘ共、(中略)佐(佐竹)・宮(宇都宮)を始、弓矢かいなくわたられ候、
房州(里見)・太田いくさにまけ(第二次国府台合戦)候時よりも、たゝいまきうくつなんきニ候、
とかくこのたひハかた〜〜にあふへき事いかんなるへく候やと、心ほそく候間、
早くはりをやるへきために一昨夜ハちゝんをやり候ヘは、めのまえの者ともはらを
たて候て、うたてしかり候、これ又よきなく候へ共、さゆうなくゆたん候へ者こと
のひ候てきうしくちおしく候(中略)
 かいほつ又ろう人のうちに一両人ておい候、さセるきなくうすてニ候、返々
いつもよりかへり(帰り)たく候間、このたひハおつと(落ち度)あるへく候やと
心ほそく候、
永禄七年三月十三日                  虎(花王)
[三洲寺社古文書]


【上杉家の歴史】
上杉謙信が小田城を攻め落とした時、小田城下がたちまちにして奴隷市場に早変わりし、上杉謙信自身から差配して人の売り買いを行った。
奴隷の値段はひとりあたり20〜30銭の安さだった。

1561年(永禄4年)、謙信は関東管領の就任式で忍城城主成田長泰の非礼に激昂し、顔面を扇子で打ちつけた。
諸将の面前で辱めを受けた成田長泰は直ちに兵を引きいて帰城してしまった。
原因は諸将が下馬拝跪する中、成田長泰のみが馬上から会釈をしたためであったが、成田氏は藤原氏の流れをくむ名家で武家棟梁の源義家にも馬上から会釈を許された家柄であった。
だが、謙信は無知でこの事を知らなかった。
この事件によって関東諸将の謙信への反感が急速に高まり、以後の関東侵出の大きな足かせとなった。

上杉謙信は臼井城の原胤貞を攻めた際、数千の死者を出して逃げ帰っている。
これを機に由良成繁が上杉謙信を見限って離反。
長野業盛が武田信玄に攻撃により滅亡。
臼井城攻撃に失敗した謙信は
信玄に箕輪城を奪われ氏康に金山城を取り込まれてしまい
とうとう厩橋城までもが謙信の手からこぼれ落ちた
上杉家重臣の北条高広も上杉家から離反。
謙信の関東経略は失敗し北条家と同盟という救いの手に助けられる。

謙信の死後、養子の景勝(謙信の姉の子)と景虎(北条氏康の子)が後継者の座を巡って内紛を起こし、越後を二分した争いは天正7年(1579年)の御館の乱で景虎が討死する事により景勝が勝利した。
しかしこの内乱によって、上杉家家臣の新発田重家は離反し、柴田勝家率いる織田勢は能登や加賀、越中に侵攻して同地を1581年までにほとんど奪ってしまった。
つまり、謙信が築き上げた勢力は、この内乱によって完全に失われるとともに、上杉氏は大きく衰退してしまったのである

本能寺の変の直前には、柴田勝家が率いる方面軍に越中の城は次々と落とされ、
信濃からは森が、三国峠からは滝川がと、三方から侵略を受けて防戦も無理な状態だった。
新発田氏の反乱で越後国内はボロボロ。 反乱を鎮圧する力さえも残っていなかった。
景勝自身も死を覚悟しており、本能寺の変が無ければ上杉家は数ヶ月後に滅亡していただろう。

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/23(水) 22:57:03 ID:V79JWFKe
>>349イタズラじゃなくて本気だったら怖い

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/26(土) 07:15:57 ID:wP8M5d+f
テレビなどの目ぢあを鵜呑みにして本気にしちゃう田舎者が世の中にはいるらしいですよ

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/08/28(月) 18:29:11 ID:Ipvjhh8d
>>352
そう言えばそんな事言ってた番組があった気がする。
爆笑問題が出てたような。

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 00:31:09 ID:UXkhmvgH

学識者の唱える 本能寺の黒幕説は

ワイドショーの評論家が語るる 胡散臭い事件の真相の如きなり

思へばこの世は 常の住み家にあらず

草葉に置く白露 水に宿る月より なほあやし————

南楼の月を弄ぶ月に先つて 有為の雲にかくれり

人間五十年

下天のうちを比ぶれば 夢幻の如くなり

ひとたび生を享け 滅せぬもののあるべきか

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 10:00:06 ID:SzVwuPRh
信長が光秀を後継者にしようと企んでいて、
本能寺で殺させた。


356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 17:36:35 ID:3+pwKW6D
誰の珍説よ?

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/01(金) 18:23:20 ID:YaJki0N3
>>355
なんかそういう小説あったな。

358 :名無しさん@お腹いっぱい:2006/09/02(土) 00:50:23 ID:xind0sVL
結局、本能寺の変は光秀は織田家を守るために起こしたといえるだろう。
秀吉の野心に気づかない信長に任せたのでは、いつか織田家が滅ぶと光秀は考えたのだろう。
実際歴史は光秀の予想したとおり、秀吉により織田家は乗っ取られたといえる。
残念なことに、光秀にも秀吉から織田家を守る力がなかったということだ。


359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 04:22:06 ID:Z/1TfeXa
だから氏真陰謀説だって。父親の敵をとったんだ。
丁度京都に住んでたしこの頃。

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/02(土) 04:45:03 ID:/vdvvv55
1574年7月29日 明智光秀さま

お元気ですか。信長す。おら信長っす。
光秀さんからのメール拝見しました。
光秀さんの戦況報告はいつも詳細で、眼前で見る心地がいたしますた。

先度の荒木村重が戦果を挙げてから、
目覚ましい功績は無いと光秀さんは謙遜していますが、
光秀さんの陣所は鳥羽近辺に見事に設営し、
油断無く守備しているとの報告を入手しています。
でも、敵勢が不意に淀川を渡河した際には断固応戦して下さい。
攻撃の規模によって援軍の派遣を計画しているので安心してね。

それから反逆した伊丹親興の伊丹城は、兵粮が欠乏すれば、落城は必然です。
然し、伊丹城は石山本願寺との連絡があるので、
即時攻略は成し得ないであろうと思います。
であるからして、伊丹城の件は後廻しにするべきか、
否かは光秀さんの判断にすべてお任せします。m(__)m

信長が在陣している伊勢国方面の戦況は、篠橋・大鳥居を包囲し、
これらに兵粮が皆無であることは明白で、
数日のうちに必ずや落城するでしょう。(^_^)/

しかもこの篠橋・大鳥居の両拠点に一揆勢の中心人物が随分と籠城しており、
ここを陥落させれば長島一向一揆を攻略したも同然なのであります。

でも、長島に無礼な輩が多く逃げ込んで、城内はもはや正常な状態ではないことは、
想像以上です。(城内に於いては、女子供の餓死者が続出しているとのこと(T_T))
早く平和な世の中にしたいですね。お互い頑張りましょう。

取り急ぎ以上です。

平@信長

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 18:20:26 ID:DjLraOyw
実は信長は死んでない

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 18:53:49 ID:FecQvPt3
気付いてなかったのか?
ほら、お前の後ろに

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/06(水) 22:10:51 ID:/lta5PM1
メリーさんかよ。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 00:49:41 ID:Dq0tS7cP
平@信長の平て? なに?

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 01:15:25 ID:n5rpOcg+
>>360
一人称おらとかいいつつ顔文字使う信長に吹いた。
あと、IDにvが4つってなんかスゴイ。

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 02:10:25 ID:HUbdeWbc
>>364
たいらって読めばいいんじゃない?

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/07(木) 06:57:34 ID:AN+PzVz6
ペイッ

368 :名無しさん:2006/09/07(木) 15:49:32 ID:GbDHCq7i
丹波近江をとって、中国出陣を命じた事により、光秀はMの快楽をあじわって、感謝の気持ちを伝えようと、本能寺に向かったが、SとMを変わろうと思って、寺に火をつけ、信長が出てきたら、今度は、私を王と、お呼び!と言おうと思ったが、信長は勘違いで自刃した。

369 :きちょう:2006/09/07(木) 16:17:04 ID:m5ZoL436
タイミングがちょうど良かったんで、パパの言い付けを守りました♪

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/08(金) 19:52:49 ID:zGPowJqN
今卯剋に光秀一万三千騎丹波より京に入、二手に成て向ふ。
若信長へ助勢あらんとき横鑓にかかつて討へきとて明智左馬の助を大将にて六千騎にて内野にひかへて陣をとる。
卯の下剋本能寺合戦初て巳剋に本能寺火かかつて信長自殺し玉ふ。

同日三位中将信忠は妙覚寺にありけるか本能寺へ馳合て合戦すへきとて
妙覚寺を出玉ふに内野にありし明知左馬允六千にて横鑓に城介信忠の勢へ馳かかる。
信忠少勢に依てのため方に成て二條新御所へたて籠玉ふ。
辰剋より午剋まで責戦ふ。少勢なれはかなく信忠終に自害し給ふ。

二條より信忠前田玄以斉を江州へかへし、若公達を尾州清洲へ退け申へきとて
同日に京を立て安土へ通る。

同日酉剋に光秀京都をしまい大津につく。

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/11(月) 15:18:39 ID:FY1p8rj8
直接の引き金は、羽柴秀吉の援軍要請に対して織田信長が明智光秀の派遣を決定したこと。

ところで、羽柴秀吉の援軍要請とは、具体的に何なのか教えてください。

使者の名前とか、記録されている史書とか、内容とか。

お願いします。







372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/09/12(火) 17:48:48 ID:BPQiu9f6
要するにみっちゃんが謀反起こした理由ってこれだろ

狡兎死して良狗煮られる

もし自分が粛清されなかったら信長は海外に出るということ みっちゃんならこっちを恐れていたのかもしれないが・・
どちらにしろ、やらなきゃやられる可能性が高いからやったってだけだろ

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 22:59:37 ID:PTzJ0ppZ
信長「中将が変心か!
乱丸「あたし、上様と一緒なら怖くない」
坊丸「あたしも」
力丸「あたしも」
新介「今度の大将首は聊か小さいのう…ふふ」
ヤスケ「ウエサマ オラ シニタクナイ」

信忠「於松…とうとう会えなかったな…」
玄以「生きてこそ名もあれ…中将様はお若い…」
三法師「ばぶ ばぶ」

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/13(金) 23:19:11 ID:VENTHR5c
>>368
そうだったのか

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 11:25:39 ID:iszr/ixh
本能寺の変はただ明智光秀がはねっかえっただけの事件だろ!!!

なんの裏もカラクリもないんだよ。

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 12:06:24 ID:OigMwpJF
黒幕は秀吉と家康と利休と商人と坊主と公家と天皇と将軍と信長だよ

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 12:30:32 ID:tiQyZk8r
ヅラが高いぞ。扇子で頭を叩かれた光秀であった。

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/14(土) 12:40:35 ID:Aoo62b+Y
すみません、俺が本能寺に放火しました。
むしゃくしゃしてやった。
申し訳ないことした。反省している。

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/20(金) 10:54:24 ID:tbK6F2Lb
本能寺の変なとこ

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 01:39:10 ID:FAEfdmTo
>>378
通報しますた♪

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 01:45:36 ID:hy8MCApF
>>378
ここ数ヶ月の中で俺がみたまれにみる良レス

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 01:58:06 ID:eQ8mGzCT
明智光秀「むしゃくしゃしてやった。 今は後悔している」


383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 02:00:00 ID:cDxPtEuj
明智光秀「オレ流のサプライズや。」

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 02:05:48 ID:sX+fr6SE
>>378
>>380
明智光秀「逮捕しに来ますた。」

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/10/22(日) 02:09:55 ID:BHwPxEQu
二日酔いの寝ぼけ眼で切腹しまつた

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/04(土) 07:10:33 ID:Yld1wF+6
http://www.tv-asahi.co.jp/hitsugi/

387 ::2006/11/05(日) 09:36:28 ID:rIqdn9ct
11月5日(日) 21:00〜23:24 テレ朝系
日曜洋画劇場特別企画
「信長の棺〜本能寺炎上後、消えた信長の死体!?光秀、秀吉、家康…真の暗殺者は!?
空前のスケールで描く大ヒット歴史ミステリー、初の映像化!!」

388 :某研究者:2006/11/07(火) 11:56:24 ID:fk/VkzwT
http://www.teamrenzan.com/archives/writer/edajima/vol126.html
>ところが途中から信長は暴走し,イエズス会にとって困った存在となる。信長に
>とってイエズス会とは金と武器を出してくれる便利な存在であり,キリスト教の
>教えはどうでもいい事だったらしい。

>1582年に本能寺の変が起き、信長は光秀に暗殺される。しかし、同時期に、織田
>水軍が大阪湾上で、四国攻めの準備を行っていた点は看過できない。つまり、鉄
>鋼船を含む織田水軍は将来、フィリピン遠征の危険があると察したスペインが、
>キリスト教宣教師を使って信長を暗殺する駒として光秀を動かしたという仮説で
>ある。
> 私はこの説を支持するが確証がないため、仮説としておく。つまり、信長はシ
>ーパワーであるスペイン、ポルトガルと結ぶことにより覇権を握ったが、彼らに>危険視され消されたのだと。鉄鋼船の保持は、現代で言えば潜水艦発射核ミサイ
>ルに相当する。そんなものをもつことを許さなかったのだ。日本が今でも許され
>ないように。


鉄甲船は外洋艦では無いだろうし
大砲も少ないだろうが
其れでもキリスト教徒には脅威と映った可能性は
有るのかも知れぬが


389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/11/07(火) 12:46:14 ID:bE3m3zXB
↑こいつは○だから

390 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/23(土) 20:46:02 ID:U7+WmlRH
信長の「死の謎」をドラマとドキュメンタリー、スタジオトークで解き明かす歴史ミステリー「Microsoft present バチカンに眠る織田信長の夢」
2007年1月29日午後9時放映
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20061220-OHT1T00066.htm

391 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 00:04:11 ID:7l5lXsP0
敵は本能寺にあり。 by頼山陽

392 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 00:31:11 ID:BMK2yA4c
敵は能本寺にあり!by秀光

393 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/24(日) 06:40:51 ID:TFDfBKam
光秀では無いのね…

394 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/27(水) 03:11:05 ID:77UMryXA
ノー

395 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2006/12/30(土) 09:06:48 ID:ij07wLj8
そういや、なんかで信長は本能寺で死んでおらず、
島津家に引き取られたっていうのを読んだな。


396 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/04(日) 04:17:40 ID:kvH4Slyf
誰にでも島津に引き取られた説はあるよな
島津なめんな

397 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 01:22:34 ID:zFr+ato7
まったくだ

398 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/05(月) 02:31:18 ID:KmsQtIca
駆け込み寺ですな。

399 :名無し議論スレにて投票方法審議中:2007/02/07(水) 00:41:45 ID:foS8Mand
秀頼とかもそうだっけかw

400 :人間七七四年:2007/02/27(火) 00:59:08 ID:bULMTAKj
どうせ吹くなら「大陸に渡って王となった」ぐらい突き抜けて欲しいよ

401 :人間七七四年:2007/03/18(日) 21:34:50 ID:E2KSissy
>>400
本宮ひろ志乙

402 :人間七七四年:2007/03/18(日) 22:16:42 ID:gj74ESnw
ティロリロリーン

403 :人間七七四年:2007/03/19(月) 00:11:52 ID:RfZ7iZ/n
本能寺の本スレは↓

【歴史的難儀】本能寺の変の真犯人判明2【解決】
http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1174220839/

404 :人間七七四年:2007/03/19(月) 14:37:00 ID:YinG61Ae
後発のスレが本スレとは笑わせるな

405 :人間七七四年:2007/03/25(日) 23:24:24 ID:y+yIeKwB
藤本正行は小人数で本能寺に止宿したことを油断とするのは
酷であろうと述べている。
がどうかな。確かに京周辺には敵はいなかったかも知れないが
これまで何度も裏切りにあってきたことを思えば不用心だったの
ではないか。

406 :人間七七四年:2007/03/28(水) 19:20:11 ID:yaZ4AcgN
誇り高い信長のこと。
遺骸が見つからず首を晒されなかったのは良かったのかもな。
信長の墓と称するものは多くあるのは遺骸が見つからなかったこそ
なんだな。どれにも遺骸はない。

407 :人間七七四年:2007/04/05(木) 04:22:56 ID:W6wua7U9
>>405
しかし織田って規模のわりには大きな謀反がないからな。

408 :人間七七四年:2007/04/05(木) 22:27:39 ID:17iKXq72
確かに。
松永久秀、荒木村重は謀反は起こしても
自分の城に篭城などするだけで信長の命は
狙ってないからな。
結局信長は自分の命を狙う者など、それも
家臣から出るとは思いもよらなかったということか。

409 :人間七七四年:2007/04/14(土) 23:30:49 ID:bopZ5h9O
谷口克広、桐野作人、鈴木眞哉・藤本正行など
最近本能寺本を出した研究者は光秀の動機は
四国政策と、斉藤利三の存在ということでほぼ一致
してるようだ。
これが真実なのではないか。

410 :人間七七四年:2007/04/25(水) 22:25:38 ID:6anv3gFz
歴史にIFはないというがこの事件ほど
IFを想像してみたくなるものはないな。
・秀吉の中国大返しがなかったら
・信忠が生き延びていたら
・家康が最初言った通り追い腹を切っていたら
もちろん明智がそのまま天下人になったら?というのも
あるな。

411 :人間七七四年:2007/04/26(木) 05:26:38 ID:mMmn+dCf
>>409
明智の動機より、秀吉や朝廷やらが絡んでいたのかって方が重要な気がする。
明智は実行犯なだけで、主犯や教唆した存在が別にいるのかって部分が。

412 :人間七七四年:2007/04/26(木) 19:32:33 ID:uNkGMH6I
>>411
そんな貴方にこの本をお勧めする。
鈴木眞哉・藤本正行著「信長は謀略で殺されたのか」
洋泉社、2006年

413 :上州人:2007/05/13(日) 13:24:17 ID:qVdJNUIA
375さんの言っていることは明智のみが犯人のように聞こえま砂。
明智はそこまで馬鹿ではない。明智が信長を討ち、反信長と連携するだけで
天下を取れると妄想しているとはとうてい思えません。上杉は滅亡近く、
信雄は伊勢に展開している。秀吉がしばらく来ないと想定しても北陸方面軍、
摂津軍が引き返してくるは必定ですからな。

414 :上州人:2007/05/13(日) 13:54:17 ID:qVdJNUIA
だったら、だれが主犯か言えって。そう思ってるでしょう。光秀は実行犯。
その前に本能寺の前の頃に家康が安土に訪れている。黒幕として疑いたくなるが、
秀吉がちょうど援軍要請をしている。そして、信長らは光秀らにおそわれた。
家康が畿内に来る時に起こっているのは偶然だろうか。そこで、私は秀吉黒幕
説を押します。つまり、光秀が信長、家康を討ち取り、秀吉、光秀で天下に挑む。
秀吉とすれば恨み重なる自分をさげすんで見た者達への復讐、光秀とすれば朝廷を
守護できる。思惑は一致した。しかし、秀吉は本能寺の変後すぐ裏切った。
つまり、復讐戦争に見せかけ、天下簒奪をおこなったのだ!!!!!

415 :上州人:2007/05/13(日) 14:17:16 ID:qVdJNUIA
だったら、証拠を言えって。そう思ってるでしょう。証拠は多量にある。
一、秀吉の中国大返しが異常に早い。
二、毛利と疑われず、にわかに不戦を結べるか。
三、家康が畿内にいるときに起きた。
四、有力武将が遠方に多い。
五、安土城に天皇の住まいにしようとつくられたらしきものが見つかった。光秀は朝廷思い。
  信長は朝廷との関係が決裂の方向に向かっていたのだろうか。
六、長宗我部と融和策を取り続けてた信長は突如裏切り、光秀の
  面目は丸つぶれ。
七、秀吉は信長に援軍を要請した。
光秀を仲間に吸収しやすく、天下簒奪できるかもしれない。
証拠からして綿密に毛利にまで前々から手をまわしていたのだろう。
証拠は他にもたくさんあるがこれくらいと致します。

416 :人間七七四年:2007/05/14(月) 01:05:24 ID:z+t8YAaQ
とりあえず、秀吉嫌いまで読んだ。


417 :人間七七四年:2007/05/14(月) 09:19:08 ID:ng939ZbB
この板は近日中に取り潰されるようです。

続きは三戦板でやりましょう。
http://ex21.2ch.net/warhis/

http://hobby9.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1167304387/554


418 :人間七七四年:2007/06/04(月) 13:45:27 ID:3jUhzXzi
皆がどう考えてるのか知りたい。

1.動機はさておき首謀者は明智

2.黒幕が他にる

興味本意のアンケートなのだが

419 :人間七七四年:2007/06/04(月) 13:59:58 ID:NAmROmTo
近衛黒幕説は無いと思う

420 :人間七七四年:2007/06/04(月) 17:03:19 ID:Tw2ADXqJ
>>418
1です。
単純に明智の謀反だと思う
主君を殺した後の事も考えて共謀者もいるはずだが
明智、本願寺勢、朝廷だと思ってる。
そもそも光秀をエリート人間と思う事が間違ってるね
主君を殺して安土から物資の略奪も行ってる彼らがエリート集団とは思えない。

421 :人間七七四年:2007/06/04(月) 18:06:20 ID:4UtyW2ZD
光秀は教養人だったと言われるが、その教養であげた功績というのもこれと言ってないしな。信長配下の中で比較的教養があった程度でエリートて感じじゃないかも。

422 :人間七七四年:2007/06/04(月) 18:39:13 ID:txyeuyN3
光秀って、技術伝達込みの鉄砲商人だったっていう説もあるし
商売の都合で、大大名と付き合いがあるから、処世として
ある程度の教養を身につける必要があっただけという気がする。

最近出版された書籍内で、妻木氏出身説が書かれていたが、
光秀が住んでいたという明智城と、本来の土岐氏傍流の明智城の場所が違うから、
単純に妻木の二男や三男が土岐氏傍流の明智氏の住んでいる土地ではない、
別の明智という土地に住んで、明智を名乗り始めただけなんじゃないのかな?
分家の名乗りが変わるのは、そういう経緯の場合は多いし。
二男、三男なら、織田信長の母衣衆みたいに取り立てられる場合は珍しく
半農状態になる場合もあるし、商家を兼業する場合もあるから
鉄砲商人もあってもおかしくないかもな。

423 :人間七七四年:2007/06/05(火) 17:22:50 ID:yySipxPL
>>422
興味深いカキコだね
信長の死は光秀を徹底的に調べれば答えが出てきそうな感じはしますね。
明智光秀と結託して信長を攻めたんだろうけどあまりに浅はか過ぎるね


424 :人間七七四年:2007/06/07(木) 06:51:50 ID:CzdLPRjB
>>422
光秀は鉄砲の扱いに長けていたらしいし、有り得なくもないかもね。

425 :人間七七四年:2007/06/07(木) 12:42:25 ID:Ua27ETHK
ここでは光秀単独犯説はお呼びじゃない?

織田家中において勢力の心臓部でもある京都と周辺の一切を預かる立場にあった明智光秀は間違いなく信長に次ぐNo.2であり、信長公記のように疎まれていたのではなく、各地方軍団を任されていた諸将よりも信長に信頼されていたはずだ。

有力家臣は地方で合戦中。信長と信忠は京都で僅かな兵しかいない。光秀が翻意を持ったとしてもおかしくはない。

426 :人間七七四年:2007/06/07(木) 14:09:10 ID:bmWXmAOX
>415
それが証拠って…

427 :人間七七四年:2007/06/30(土) 02:01:20 ID:Rq1BE1x4
光秀を含めて信長暗殺を企ててた説はいろいろ聞かれるが、
俺はその場所が茶屋四郎次郎の別邸という説に一票入れる。

偶然堺にいた家康の元へ茶屋が駆けつけて光秀の謀反を知ったというのは不自然と思う。
家康が京から堺へのんびり見学したなら、京で必ず立ち寄ってるハズ。
立ち寄った史実がなく、すっ飛ばしていきなり摂津へ向かったのは
信長暗殺計画を既に知っていたものと推測可能。

428 :人間七七四年:2007/06/30(土) 02:22:47 ID:Rq1BE1x4
家康犯人説:信長への殺意と不自然10
@幼少期今川の人質になる予定が織田側に拉致されたこと。
A浅井長政謀反で信長の我侭に散々振り回されたこと。
B姉川の合戦で浅井軍と戦わせて貰えなかったこと。
C惨敗した三方ヶ原での援軍数の少なさ。
D武田に対抗する為に同盟を結んだ上杉謙信が信長に暗殺された
E長男信康切腹の命
F武田を滅ぼした頃から、四国にいた秀吉よりも早く信長の光秀折檻を知っていること。
G武田が滅んだ後の甲斐・信濃に対する領土拡張
H信長が成敗した伊賀を態々堺からの帰り道に選んだこと
I茶屋四郎次郎の別邸での暗殺計画

※あくまで推測です(笑

429 :にゃんこ:2007/06/30(土) 11:34:31 ID:MvUbXA/Y
一級史料 天正記によれば、山崎の戦いの秀吉側主力は摂津衆。秀吉軍の
過半は、対毛利防衛(宇喜多)や行軍中の脱落。つまり、大返しの実態は
「宣伝戦」。秀吉は、大返しの準備などしていなかった。秀吉は黒幕
ではない。

1,筒井は、一端は光秀につき、一部の軍を河内侵攻に向けている。その後、豹変。
2,光秀は、50〜100日で畿内を制圧すると、細川に伝えている。
3,戦国大名とは、国人の連合体。君主の求心力を欠ければ解体しやすい。
4,変後、滝川は壊滅。甲斐では一揆。四国渡海軍は内紛。

1〜4の事実から考えれば、光秀には十分、勝算はあった。むしろ、譜代の
少ない秀吉軍が解体せずに、ハッタリとは言え、「大返し」に成功した事の
方が奇跡的。この秀吉の逆転ホームランが無ければ、光秀が一番、天下に
近かった。




430 :にゃんこ:2007/06/30(土) 11:50:55 ID:MvUbXA/Y
この時の秀吉は、すごい。一代の全盛期だな。

1,秀吉軍主力は、信長の命により、秀吉に付けられた寄子である。秀吉の
  家臣ではない。にも関わらず、信長死後も解体せずに、秀吉の家臣の如く
  従っている。
2,「信長は生きている」というデマを流して、畿内の諸侯の光秀側参戦を迷わせて
  「秀吉が大軍を引き連れて帰ってきた」という風評で、諸侯を糾合している。

 秀吉にも多くの過ちがあったろうが、この時の秀吉は超超大有能である。
秀吉の幸運と光秀の不運。


431 :人間七七四年:2007/06/30(土) 13:11:35 ID:tVXJmA+e
源氏足利幕府を滅ぼし、源氏武田を滅ぼし、今また頼朝の腹心、大江広元の
末裔毛利を滅ぼそうとしている自分に源氏光秀は「俺何やってるんだろう?」
と思って「敵は本能寺にあり!」と思って突発的にやってしまったんだろう。

432 :人間七七四年:2007/06/30(土) 20:59:16 ID:BYHwWkjD
というか、信長が無用心なのが悪いだけでは〜。
常々共もつけずに外出とかしてたみたいだし。
お忍びだし、本人武術の達人とはいえ、若くて元気なときならともかく、もう大分爺さんになってるのに。
しかも本拠地は、「何がどうでも信長に一矢報いてやる」と息巻いてる甲賀忍者や伊賀忍者が住んでる
甲賀や伊賀から半日もかからない安土だし。
よほど心服してなければ「何時死ぬか解らない殿様」にはついてゆけないものだよ。

信長は嫡男の信忠に実質的な家督相続を急いでいて、信忠とつながりの薄い自分は将来の発展が
見込めなかったこともあるだろうし。
もっと踏み込めば、功臣というものは、その忠誠心が薄ければ、世代交代時や統一後など守りに入る時に
結構な確立で粛清されるものだ。
光秀には、信長が我が子可愛さに最後は光秀を粛清する人間に見えたんだろう。
そんな殿様よりは、親戚でもある部下の娘が嫁いでいる長曾我部につきたいというのもあっただろう。

実際の信長は、光秀が信長の言い付けに筋の通らない不服申し立てをしたのに、その後20人ほどしか
供もつけずに京都に入るような、暢気というか、悪気のない人間なんだけど。
中国古典などの常識に従えば光秀は粛清対象だからなぁ・・・・・・。光秀の行動も仕方ないと思う。



433 :人間七七四年:2007/07/03(火) 11:00:17 ID:e7jaCYme
>>432
書き込みがないようなので、ageがてらの単純な質問です。
1.天正十年時点の軍団長クラスで信忠とつながりが薄くない武将、って誰かいますか?
2.信長在世時点で功臣を粛正しまくった中華皇帝と言えば、漢の高祖と明の太祖が有名
  ですが、功臣達の忠誠心の強弱と粛正されたか否かに明確な相関関係はありますか?

貴方の設定した条件では、柴田勝家はいつ粛正されるか、びくびくものだったでしょうね。

434 :人間七七四年:2007/07/03(火) 14:35:14 ID:49O5QIti
だから本能寺の変の黒幕が秀吉とか家康なんてありえないんだよ。

そう言うのに興味があるのなら自分で妄想するんじゃなくて
もっと最近出された論文とか読めよと思う。

435 :人間七七四年:2007/07/03(火) 17:47:15 ID:e7jaCYme
>>434
この板のカテゴライズは「趣味」ですよ。
大半の人は史料といっても、活字化された読み下し文しか読めないでしょうし、
論文と言っても大御所の論文集とか、概説書しかふれる機会がない。
そこで得られた知識を元にあれこれ推察するのは楽しいことだし、他人の批評
を仰いでみたいと思うのも、知的な趣味の範疇じゃないでしょうか?
このスレは「妄想」レベルの発言は少ない方だと思いますが、過去レスは読ま
れましたか? 陰謀説そのものが妄想だと言われてはスレの存在意義がない。

あなたが最新の論文に豊富にふれる機会がある人なら、史学板へどうぞ。

436 :人間七七四年:2007/07/09(月) 15:31:16 ID:XF87pXeB
>>434ではないが>>435が無能か馬鹿だと言う事だけは分った。
歴史を論ずるのに日本史板とか三戦板とか戦国時代板とか関係ないんだよ。
学問だろうが趣味だろうが酷い妄想を垂れ流せば叩かれるのは至極当然の事。
逆に妄想でも説得力を持てば評価されるだろうが。
最新の論文なんて図書館に行けばある程度読む事もできるしその程度の努力もしないで
「趣味です」なんてよくも言えたもんだな。

437 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/07(火) 10:02:29 ID:e6txtD+g
無防備イメージ一新
旧本能寺跡 信長、“城塞並み”防御か

京都市中京区の旧本能寺跡で、「本能寺の変」の直接の証人というべき
大量の焼け瓦が見つかった。瓦が埋まっていた堀には、堅固な石垣が
積まれ、境内全域ではなく特定の建物を守る堀だったとみられる。

織田信長が全く無防備の状態で襲われたのではなく、城のように防備を
固めていた可能性が出てきた。

本能寺の変は、毛利攻めを命じられた明智光秀が謀叛(むほん)を起こし、
1万3千の兵を率い就寝中の信長を襲った。信長はわずかな手勢で防戦
したが自害、本能寺は炎上した。謀叛決行前、光秀が「敵は本能寺にあり」
と配下に告げたとも伝わる。

ほぼ同時代の京を描いたとされる上杉本洛中洛外図(国宝)で、本能寺は
瓦ぶきと板ぶきの建物が2棟ずつ描かれる。境内全体を囲む堀があったと
みられるが、細かい部分は雲で隠れ、境内に堀があった可能性は知られて
いなかった。

調査を担当した関西文化財調査会の吉川義彦代表は「石垣の丁寧な造りは
職人技」と驚く。今回、境内の内側にも堀が見つかったことで、二重の堀を持つ
堅固な寺だったことになる。
http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007080700031&genre=M2&area=K1C


本能寺が城塞化されてたなんて、常識の範疇だと思っていたのだが…

438 :人間七七四年:2007/08/07(火) 21:51:33 ID:VBDtsVIF
昔の寺はそういう役目あったしな

439 :人間七七四年:2007/08/07(火) 22:46:32 ID:pbO8JxxD
堀と土塁に囲まれた本能寺の境内の中に、
さらに堀と土塁を囲った宿館があったのだね。

しかし、信長にしては中途半端な防御施設だとも書いてあった。

いま発掘しているのなら、どうか信長本人の骨を発見してほしい(w

440 :人間七七四年:2007/08/07(火) 22:57:09 ID:8KGOMH4v
歴史をぜんぜん知らないおれが、これなんてエロゲ?って具合な妄想してみた。

明智光秀は実は女で、男と思われている方は只の替え玉。
本能寺の変とは信長と光秀が企んだ大掛かりな逃避行。
名誉を捨て、国の主であることを捨てた信長の決断。
(もとより、信長も政に疲れてきた。)

俺の事存分に叩いていいよ。ストレス発散にさ……。

441 :人間七七四年:2007/08/07(火) 23:34:23 ID:VBDtsVIF
それはないわ

442 :某研究者:2007/08/08(水) 00:14:23 ID:nKqSdxyr
>織田信長が全く無防備の状態で襲われたの
>ではなく、城のように防備を
>固めていた可能性が出てきた。

とは言え光秀の奇襲を想定した訳では
恐らく無いだろうし
偶然防備が固められて居た寺院に
居ただけと言う事かも知れぬし
要塞化された寺院と言うのは当時は可也
多かったかも知れぬが

443 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/08(水) 00:16:25 ID:SAVs2TK8
>>442
つーか当時はそこそこの寺社なら、要塞化されていない方が珍しいと思うぞ。

444 :某研究者:2007/08/08(水) 00:20:20 ID:nKqSdxyr
寺院間や寺院と地主等との抗争も多い訳だろうし
恐らくそうだろうが
この種の城砦や寺院には抜け穴や
隠れ場所と言うのも
有るかも知れぬし
信長が脱出した可能性も
或いは有るのかどうかだが

445 :某研究者:2007/08/08(水) 00:21:35 ID:nKqSdxyr
まあしかし抜け穴や隠れ場所を知る者が
裏切れば脱出は困難だろうし
脱出しても裏切り者等の手で追跡され得る可能性は
有る訳だろうか

446 :人間七七四年:2007/08/08(水) 00:25:17 ID:SSeEOmLY
某研キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━ !!!!!

447 :人間七七四年:2007/08/23(木) 07:00:54 ID:FclD2PQS
 

448 :関連スレ:2007/10/24(水) 02:17:09 ID:oKk/FIlI
【三法師】清洲会議を語る【天正十年】
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1192629955/


449 :人間七七四年:2007/10/27(土) 16:16:12 ID:/MQxsgHx
状況証拠から見れば秀吉は怪しすぎるな

450 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/10/31(水) 20:41:27 ID:TSJcjmsV
状況証拠なんて、取り方次第でいくらでも自分に都合のいい結論を作れるものだ。

451 :人間七七四年:2007/11/09(金) 10:48:04 ID:jkUPF74o
前世の記憶が蘇った男が語る本能寺の変の真実

【夢】>>415の話をまったり待つスレ【前世】
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/occult/1186729847/

452 :人間七七四年:2007/11/09(金) 10:50:35 ID:sTnoj5yL
>>450
その理屈から資料が残ってないのは秘密の陰謀だからと、強弁してる歴史家がいるぞw
ご都合主義にもほどがあるw

453 :人間七七四年:2007/11/09(金) 11:40:55 ID:P8p6dCxL
>>451
オモシロス

454 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 17:27:41 ID:hhZv1co7
>>452
もう何でもありだなw

455 :人間七七四年:2007/11/09(金) 19:40:48 ID:K98siIaM
陰謀論なんてそんなモンだ。
推測に推測を重ねた空中楼閣ならまだマシで、自分の空想やら資料の我田引水超絶解釈を織り交えて
自分の思い通りの結論を導く。ソースを要求すると「ヒソカに行われた陰謀なんだから残っているわけ
ないだろ or 黒幕が証拠隠滅して残っていないんだよ」。矛盾を指摘したり資料を基に反論されると人格攻撃。

456 :人間七七四年:2007/11/09(金) 20:50:13 ID:P8p6dCxL
うざいソース要求から人格攻撃までお決まりのパターンがあるから面白いんジャマイカ

457 :人間七七四年:2007/11/16(金) 08:56:57 ID:5QLXOBGN
羽柴勢の主力は摂津から山城に攻め込んでるけど、明智の本領・丹波には誰が攻め込んだんだろ?
兵力不足で、そこまでの余裕は無かったかな??

458 :人間七七四年:2007/11/16(金) 09:51:23 ID:PlNAh/Xq
信長が鬱病って「殺してくれ」
本気にした光秀



んなわきゃない

459 :人間七七四年:2007/11/26(月) 12:26:12 ID:HhyPPPJC
信忠が怪しくね?
謀反に関わってたんじゃないかなー

460 :人間七七四年:2007/11/26(月) 18:15:53 ID:q3n1vKzG

現在までの研究の中で最も信憑性が高いと思われるのは桑田忠親氏の怨恨+α説だと思います。
しかしながら、戦時中は高柳光壽氏の野望説が最も理にかなっていると言われてたそうです。
やはり時代の移り変りとともに歴史認識のとらえ方は変わって行くものなのでしょうか?

戦後の陰謀説のフィクションの類は読み物としては面白いですが、やはり歴史評定は一級資料を
中心にした歴史研究が原則だと思います。

461 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/26(月) 18:19:32 ID:a2d1qhGO
>>460
今は怨恨より、四国政策の転換に立場を失った光秀が反乱に立った、ってのが主流だね。
まあこれも大きく言えば怨恨説の一つかもしれないが。

462 :サイコメトリー:2007/11/26(月) 18:33:12 ID:q3n1vKzG

>>461
仰るとおり、四国政策も一因ですね。一番大きな怨恨理由は光秀自領の坂本地区召し上げと思ってます。



463 :人間七七四年:2007/11/26(月) 18:53:18 ID:pxTPbOMd
坂本召上げなど理由にならないと思うが
同じような領地替えされてる武将は結構いるんじゃない?
蒲生なんて与えられた土地はまだ敵勢力で旧領地に入る事すら叶わず、しかも百姓連れて行くなと言われてるようだし。
これは秀吉の指示だが

464 :人間七七四年:2007/11/26(月) 18:58:26 ID:idmdDhqm
>>459
関わってたのに、何で信忠が死んでるの?

>>462
柴田のケースでは、新領・越前の経営が安定するまで近江の所領は収公されていない。
播磨や但馬を切り取った羽柴に至っては、長浜の所領は安堵されたまま。

よって、近江坂本の召し上げは後世の創作。

465 :にゃんこ:2007/11/26(月) 21:21:53 ID:saL19aFe
460>

それって、有力説じゃなくて、魅力有る新説ってとこでしょ。
主流は野望説だろ。
そもそも、秀吉のハッタリ「大返し」が成功しなければ、光秀が細川氏に書いた
ように、50〜100日で畿内を抑えて、最大の戦国大名になれただろうから。
まあ、恩義も怨恨もあったとは思うが、勝ち残る見通しも無く、兵を挙げるほど
無能な人間ではないし、まして、朝廷のために犠牲になるような、近代の青白い
インテリでもない。野望ある老熟した武将が、一瞬のチャンスに賭けたのさ。
しかし、この時の秀吉とその幕僚が優秀過ぎた。


466 :人間七七四年:2007/11/26(月) 21:52:15 ID:zsUUDa+c
秀吉の大返しがなくとも、畿内掌握はかなり難しいと思うが。最大の味方であるはずの
細川も筒井も秀吉の動きに関わり無く明智から離脱を図っているのがその証拠。

まあ山城と近江くらいは掌握できただろうと思うが、そこから先がかなり難しくなる。
主を失った美濃を攻めようとすれば山城丹波が危険。伊勢の信雄の存在(軍事力だけは
ある)も無視はできない。史実では結果的に大坂の信孝軍が崩壊したから救われたが、
これは光秀による策略などではなくまったくの僥倖。

467 :サイコメトリー:2007/11/27(火) 09:25:09 ID:QZQJCgdF

野望説が強くなって来ましたので、また一言出します。
>>465の言う通り、自分も光秀は老練な武将だと思います。その老練な光秀が突発的チャンス到来!と
考えたとは思えませんし、前後策を考慮せず野望だけをあらわにするでしょうか? 自分は以前から
戦国武将は皆、天下を夢見て常に野望を抱いているとの考えに疑問を持ってます。だってそうじゃない人もいますよ〜。

>>464 仰る通りです。光秀も実際には坂本等を召上げられてはいません。しかしながら、移領の話を
され困った話をしたとの重臣の手紙が残っています。つまり、信長の勢力拡大と共に所領が多くなり、
多くなれば、多くなるほど家臣団への移領や移封はあたり前になってきます。秀吉しかり家康しかりです。

光秀は当時の有力武将の中で初めて、信長からその言を受け困惑したハズです。光秀の自領対する気持ちは
彼が領した可児地区や亀山地区の地祭の名残を見れば明らかです。今回の話はあくまで怨恨の一因ですが・・。

468 :人間七七四年:2007/11/27(火) 12:28:00 ID:A9M780cI
>>467
>移領の話をされ困った話をしたとの重臣の手紙が残っています。

文書名を教えて下され。
文書が紹介されてる本でも結構です。

469 :サイコメトリー:2007/11/27(火) 14:20:17 ID:QZQJCgdF
>>468
今は自宅ではないので帰って探して追カキしますが、大正時代に書かれた赤色の”本能寺の変”の研究所です。
著者名と資料文献調べますね。所領移動の話の発端は明智軍記だと聞いてます。

470 :にゃんこ:2007/11/27(火) 23:45:35 ID:3R7QGNVe
466>

いや、筒井は兵の一部(本軍ではないが)を光秀の要請に従って、河内へ出兵
させています。秀吉が早く返って来なければ、いずれ、雪崩現象だったでしょう。
多くの畿内の国人・地侍が、「信長が殺された」と、いう報が届いて、その真偽を
確かめるまでに、秀吉が「信長は生きている」「秀吉軍が返って来た。」との
報を達したんですよ。

>大坂の信孝軍が崩壊したから救われたが、これは光秀による策略などではなくまったくの僥倖。

 信長が殺されたからですよ。甲斐の川尻も配下の国人の蜂起に会ってますし、
滝川の軍も、北条家の圧力で瓦解。そもそも、信長あっての与力ですから。


471 :にゃんこ:2007/11/28(水) 00:00:08 ID:4fgiLoh6
>467
>天下を夢見て常に野望を抱いているとの考えに疑問を持ってます。

天下を夢見ているかどうか、イエスかノーかの二者択一ではありませんよ、人間の心理は。
「時おり、天下を夢見ている時もある」「70%成功の確率なら賭ける」「30%でも・・・」等々
人間の欲望は、二者択一ではありません。私だって、100%首相になれるなら、賭けますよ。(笑)
この時の光秀には、勝算が見えたのでしょう。だから、賭けた。確かに、織田家も戦国大名らしい
弱点(諸侯の同盟政権でしかない)を抱えてますから、信長を殺せば、政権が瓦解する可能性は大
です。実際に、四国渡海軍は分裂、滝川軍は北条家の圧力で瓦解、川尻軍は寄騎の反乱。
直轄・譜代の僅少な秀吉軍など、制度的には極めて脆弱でした。配下の寄騎の一部のサボタージュ
で瓦解してたでしょう。僅か数日間で心理的に寄騎を被官化し、戦国大名として自立した秀吉の
この時の政治力は凄いと思います。




472 :人間七七四年:2007/11/28(水) 05:56:06 ID:btYbOulg
明智軍記って光秀善人、信長悪人を世に流す為に作られた
創作話の多い書物じゃないか
所領移動の出元が明智軍記って時点で信憑性が低い

473 :サイコメトリー:2007/11/28(水) 10:03:35 ID:k7JqE68A
>>471
仰るとおりですね。二択という意味ではなかったのですが稚拙な文面でした・・。
持論のなのですが、1582年・信長による天下統一はなっていなかったものの存命であれば数年の内に
統一されたハズです。つまり1582年の時点で信長の勢力は揺ぎ無い所まで来ていた、その時点で博識派
の光秀が70%や80%確立で自分が信長に取って変わり覇者となろうと考えますでしょうか?光秀の心理
は1578年に叛旗を翻した荒木村重との類似性を感じます。
>>472
信長公記も明智軍記もその内容がすべて信憑性が高いものではないと認識していますが、すべてが虚偽
だとも思いません。当時の書物には必ず何らかのベクトルが掛かっています。ですからより多くの文献
内容を検分し一級資料と見極める事が歴史学の基本ではないかな?低脳の自分が偉そうに言ってスイマセン。


474 :人間七七四年:2007/11/28(水) 10:08:34 ID:M+OSHUq2
信長公記と明智軍記を同列にする人を初めて見た

475 :人間七七四年:2007/11/28(水) 13:17:21 ID:GydhBYSp
>>473
太田牛の「信長公記」と小瀬甫庵の「信長記」を混同してないか?
「信長記」と「明智軍記」が同レベルってなら、分かるけど。

476 :サイコメトリー:2007/11/28(水) 15:12:09 ID:k7JqE68A
>>474>>475
自分は信長公記と明智軍記を同列、同レベルだとは言ってませんし、思ってもいません。
信長公記は一級史料なのに比べ明智軍記はそれこそベクトルが多く含まれた粗悪史料との認識は有ります。

しかしながら歴史探求の面白さは、様々な文献内容を見聞きし、比較対照し、当時の歴史に触れ、楽しさを
見出す所だと自分は思ってます。>>474>>475さんはどの辺りに楽しさを感じてるのですか?

477 :人間七七四年:2007/11/28(水) 16:20:27 ID:GydhBYSp
>>476
>自分は信長公記と明智軍記を同列、同レベルだとは言ってませんし、思ってもいません。

そうなら>>473みたいな文脈的に誤解されるような書き方は控えた方がよい。
少しでも間違いがある公記と、少しでも正しいことがある明智軍記は等価のような書き方をしているではないか?

478 :サイコメトリー:2007/11/28(水) 17:26:43 ID:k7JqE68A
>>477
仰る通りです。誤解をうむ書き方でした。スイマセン。授業を受けている様だ・・。
他の方もその様な見方なのでしょうか・・?それはそれとして、>>477さんの自説を教えて下さい。

479 :にゃんこ:2007/11/28(水) 19:36:47 ID:4fgiLoh6
「結果的には、秀吉に簒奪された」という事実が、織田政権の脆弱性を証明している
と思いますよ。織田政権は、直轄領が恐らく後の江戸幕府よりもずっと少ない、
信長の個人的力量に依った政権でした。

480 :人間七七四年:2007/11/28(水) 21:23:18 ID:p/9MRVvP
どんな政権だって、主催者とその後継者でナンバー2と、その周囲を固める官僚陣を
一挙に失えば即崩壊するだろう。織田に限らず豊臣だって徳川だって。

481 :人間七七四年:2007/11/28(水) 22:16:21 ID:GydhBYSp
>>478
>自説

光秀単独&利三が積極的に関与:非計画的だと思う。
利三が絡んでるのは、長宗我部との関係で。


482 :人間七七四年:2007/11/29(木) 11:24:21 ID:WeH5kHN5
↑ 斎藤利三が積極的に関与するのは、当たり前でしょ。

483 :人間七七四年:2007/11/29(木) 11:54:15 ID:LWpEKRPZ
斎藤利三が絡んでるのは長宗我部というのは素人
玄人なら幕臣の石谷氏との関係でという

484 :人間七七四年:2007/11/29(木) 13:01:06 ID:ur5xcPm1
>>482
俗書では謀反に反対したとか、
反対されるのを恐れて丹波を出てから光秀が謀反を打ち明けたとかあるね。

>>483
幕臣と言っても、旧幕府再興とかは無関係だろうな。
毛利家の庇護下の足利義昭は謀反計画を知らされてなかったし。

485 :人間七七四年:2007/11/29(木) 13:05:04 ID:WeH5kHN5
幕臣??

486 :人間七七四年:2007/11/29(木) 16:06:06 ID:WeH5kHN5
1582年の時点で幕臣って。おかしくね?

487 :にゃんこ:2007/11/29(木) 21:06:53 ID:JtCZmw6N
480>

官僚?誰、それ?

この時代に官僚と言えば、直轄領の代官であり、本能寺なんかにいない。
森蘭丸なんてのは、秘書みたいなもので、官僚ではない。
ついでに、石田三成を秀吉政権の官僚と見る「小説家」が多いが、間違い。
三成は、歴とした大名である。自営業者(領主)である。政治家であって官僚ではない。

488 :人間七七四年:2007/11/29(木) 22:46:32 ID:sF8bBijP
そこまで読めてるなら、「官僚」→「秘書」に読み変えてやればいいのに。

489 :サイコメトリー:2007/11/30(金) 09:02:10 ID:Q3mpuLYJ

話を元に戻します。
義昭や公方が策を弄して、信長をハメて本能寺が・・なんてのは机上の空論だと思うな。
恨んでいた事は間違いないだろうがけど、彼にそこまでの力はないよ。
室町幕府の権威なんて、1582年当時、畿内では完全に地に落ちていたと思われますが。どうだろう?

490 :中山幸盛 ◆c1ZKiGzz62 :2007/11/30(金) 17:49:14 ID:nxHiJ8HH
まぁ、単なる間違いだと思いますが
一応指摘しておきますね
公方=足利義昭(畿内では)ですよ


491 :サイコメトリー:2007/12/03(月) 08:46:25 ID:k8J+Im3e
>>490
そうなのですか?自分の認識は旧室町幕府将軍家の事を公方と理解してました。
ご指摘ありがとうございます。

492 :人間七七四年:2007/12/03(月) 12:06:47 ID:z48iQGH3
権威は欲しいだろ。
力だけではただの反乱軍に過ぎないのだから。
つまり光秀は津田信澄を頂くとか
義昭を立てるとか何もなく大義名分に欠けていた。
もし、それがあれば細川だって光秀と同調していたかもしれない。


493 :サイコメトリー:2007/12/03(月) 13:00:21 ID:k8J+Im3e
>>492
だからこそ本能寺の変は光秀の突発的な行動だと思ってます。
大義名分を重んじない光秀ではないハズですから。

現代的な考えで恐縮ですが、細川父子や筒井家等、賢い選択はしたとは思います。
でも自分的には光秀に従わない筒井順慶の元を出奔した島左近の心意気こそが好きだな。

494 :人間七七四年:2007/12/03(月) 14:13:52 ID:ogBpUdXO
>>492
>もし、それがあれば細川だって光秀と同調していたかもしれない。

それは典型的な現代の価値観。
戦国時代では勝つ方に付くことはあっても、大義名分に釣られるお人好しは少ない。
イデオロギーではなかなか人は動きません。

過去に義昭を奉じた信長が都で歓迎されたのも強かったからで、
戦で負けていれば義昭は偽公方扱いされて終わっていたはず。

495 :人間七七四年:2007/12/21(金) 08:44:13 ID:rlbWHjOx
勝てる可能性が無い大義名分なんて、戦国の世では紙くず。

496 :現代に顕われた織田信長の霊:2008/02/02(土) 13:34:36 ID:0YhcvHSC
http://www14.atwiki.jp/415mattari/
篩いの目は日毎、確実に大きくなっている。私から民衆に知らせられるのも、この形が精一杯。
今の世界に蔓延する仕掛けをあらゆる論争の中に仕込んだ。皆々御苦労であった。全て保存しなさい。
小さな一言にも意味がこもっている。各自で読み解いてもらうしかない。
私はミノオワリの魂。ミノオワリは美濃尾張ではない。
言霊を読み解きなさい。一人でも多く。この者はイチリンの仕組。

皆よく聞きなさい。この星は自浄作用に動き出し始めている。
風邪もひき始めならば軽い養生で治せるが、病状が進むとどうなるか考えてみなさい。
発熱や悪寒はなぜ出るのか考えてみなさい。
無駄に恐れおののいている場合ではない。もう目を覚ましなさい。次元上昇などと寝ぼけたことを言っている場合ではない。
人が思っているような神など存在しない。よく現実に目を向けて、人間としてできる事をいますぐ実行しなさい。
祝詞だ祈りだ瞑想だと非現実的な事ばかりに目を向けるのはもう止めなさい。

現実に今を生きて動いて、とにかく有効手段として自然環境を蘇らせるしか道が無い事に気付きなさい。
人間が自然にしたことが人間に返ってくるだけなのだから、天変地異などと呼んで自分ばかり生き残りたがっている場合ではないぞ。
人間が人間の為だけにした事によって、人間以外の獣、草木、虫達、みんな道連れになるのだぞ。

不思議ぶったまやかしの霊的世界から離れなさい。
神はお前達が思っているような霊的存在ではない。神と呼ぶものは生命の摂理、自然や宇宙の法則そのものを指す。
人が思っているような神は霊、それも大半はまともではない霊だ。今降りている神示も殆どまやかし。マコトは一部だぞ。
火水、艮はマコト。だが艮の器はおかげをおとしたぞ。ハナサクモノは偽物だぞ。日月地は鏡だぞ。片方は虚、うつし間違えるなよ。
私は神霊の一人。クニトコタチ、スサナルの直下、アマカケルタケイサオ。人であった最後の名は織田信長。
人が幻想を抱いてきた、無い神も無い霊も本当に無くなる時がやってきた。

497 :人間七七四年:2008/02/02(土) 14:13:07 ID:kUuCAfAw
犯人は朝廷である。

498 :人間七七四年:2008/02/02(土) 15:49:05 ID:x3Ja2i1O
だから、なんで朝廷が光秀を動かせると言うんだよw

499 :人間七七四年:2008/02/04(月) 17:53:36 ID:FZyJCkQm
光秀を動かしたのは、朝廷(天皇では無く公家衆)
信長が正親町帝に退位をせまってずっとギリギリの駆け引きをしていた。
信長は頑固な帝に退位してもらって親王に即位させ傀儡にしたかった。
最後に退位を迫った際の逃げ口上が今年は陰陽道で金神にあたり縁起が悪いので
引き伸ばした。さらに信長の真意をはかるため三職推任したが返答を得れず、
このままでは来年には本当に信長の意によって退位させられ、天皇家が傀儡に
なってしまう事を恐れた公家衆(近衛等)が光秀に密勅を出し変を起こさせたのである。


500 :人間七七四年:2008/02/04(月) 18:30:32 ID:nV35G+YN
>>499
その説には光秀にどんなメリットがあるの?

501 :人間七七四年:2008/02/04(月) 19:17:45 ID:mVqBiFwI
朝廷なんぞという虚に等しい存在からの命令を、なによりも優先するような
物好きは、日本の歴史にはほとんどいないぞ。

光秀は戦国期の武士で、しかも浪人から成りあがった実力派。
その過程で足利将軍さえ見放している。

朝廷に対してだけ忠誠であったと主張するのは説得力がない。

502 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/04(月) 20:41:31 ID:n8Zz2G4V
まあ飛躍に飛躍を重ねれば、どんな結論でも自由に導き出せるからな。
ちなみに俺は「本能寺朝廷陰謀説」は、「本能寺宇宙人陰謀説」と同じくらいの説得力が有ると思うぞ!

503 :人間七七四年:2008/02/05(火) 01:18:24 ID:fERp2703
http://www.google.com/gwt/n?u=http%3A%2F%2Fhomepage1.nifty.com%2Ftakasi_okubo%2F%3F_gwt_pg%3D2&hl=ja&mrestrict=xhtmlchtml&inlang=ja&client=ms-kddi-jp&q=%E6%9C%AC%E8%83%BD%E5%AF%BA%E3%81%AE%E5%A4%89%E7%9C%9F%E7%9B%B8&channel=main

504 :人間七七四年:2008/02/05(火) 01:42:20 ID:GdyciB9z
>>499
そういう説の前提はいつも光秀=旧来秩序を守る律儀者なんだけど、
実際はどうだろう?
義昭を見捨てたりする所を見るとそれほど旧来秩序を重視してない。
佐久間を追い落としてその後釜に座ったし、むしろ松永に近い謀将タイプ。
自分に実利がなければそこまでするとは思えない。

505 :人間七七四年:2008/02/05(火) 02:08:51 ID:gP7uoWZ8
>>504
その手の人物像は、信長との対比で作られた虚像。

506 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/05(火) 02:29:09 ID:o1fE/JnN
だいたい信長も別に革新的な人間じゃ無いしな。

507 :人間七七四年:2008/02/05(火) 23:57:16 ID:LCHE+rQR
信長への不満もあっただろう
今後の不安もあっただろう
天下への野望もあっただろう
ただそれらは充分に我慢の範囲内だった

でも「信長の周囲が空っぽ、反撃できそうな奴もいない」
って思いついた瞬間に弾けちゃったんじゃないか

508 :人間七七四年:2008/02/06(水) 15:06:48 ID:mZLqN0mb
光秀のメリットは、、、
・当初は丹波から山陰道を切り取って行く予定であったが、思いのほか丹波制圧に
 手間取り、その間に秀吉に先取りされてしまい完全に出し抜かれてしまった。
 さらに、その後の統一事業を予想すると中国地方・秀吉、四国は信孝・長秀・三好、
 九州征伐の際は、この両軍団が主力となる。東海道・家康、関東・一益、北陸・勝家、
 北条征伐には家康・一益・信忠、上杉征伐は勝家で事足りる。光秀には何もない、、、
 そこへ信長父子が無防備で京にやってくる。信長1人なら実行しなかったが跡継ぎまで
 ノコノコやってきた、父子共々屠れば未来はひらける。まだあるけどこれでどう??


509 :サイコメトリー:2008/02/06(水) 16:17:28 ID:m7/3VELC
>>508
光秀は将来を悲観して本能寺へと踏み切ったって事?

510 :人間七七四年:2008/02/06(水) 16:56:51 ID:mZLqN0mb
悲観はしていたが、謀反実行など思いも寄らなかった。
光秀は一国一城レベルでは有能だが、天下を治めるには凡将すぎた。
本当に以前から謀反を計画していたなら、絶対に家康を抹殺する準備を整えるはずだし
機密漏洩を考えたとしても必ず細川・筒井には密使を送り知らせていた筈である。
以上を踏まえてやはり光秀は衝動的・突発的に無思慮に謀反を起こした。
謀反を起こさせたのは朝廷(公家衆)、先にも述べたが天皇以下が勝手に密勅を出した。
密勅の内容は、「朝敵信長父子を倒せば征夷大将軍に任命する」といった内容であった。


511 :人間七七四年:2008/02/06(水) 17:10:00 ID:B7Pob6cU
>>508
>跡継ぎまでノコノコやってきた、

居場所を知ってたなら、本能寺と同時に妙覚寺も攻めるだろ?

>謀反を起こさせたのは朝廷(公家衆)、先にも述べたが天皇以下が勝手に密勅を出した。
>密勅の内容は、「朝敵信長父子を倒せば征夷大将軍に任命する」といった内容であった。

謀反後、他氏を引き込む書状には一切、朝廷や帝、征夷大将軍のことは書いてないよw
絵に描いたモチに釣られるほど、光秀はバカじゃないです。

512 :人間七七四年:2008/02/06(水) 17:14:17 ID:gwTK4+5M
トンデモな発想!

北陸…柴田勝家vs上杉景勝
中国…羽柴秀吉vs毛利輝元
関東…滝川一益・河尻秀隆vs北条氏政
四国…丹羽長秀・蜂屋頼隆vs長曾我部元親

東海…明智光秀vs徳川家康

本能寺の変の時、明智軍は徳川家康を討ちに行くとか囁かれていたし。
徳川家康を誘いだしたのは織田信長ということで。
羽柴秀吉もこの計画を知っていたので高松城からの大返しが成功する。

しかし、明智光秀は徳川家康と手を組み家康を逃がす。(伊賀越え)
明智光秀はその鉾先を本能寺へと向け織田信長を討ち果たす。
その後、明智光秀は徳川家康の援軍を待つものの山崎合戦で敗北する。

こういう見方も面白いのではないかえ?




513 :人間七七四年:2008/02/06(水) 17:33:47 ID:B7Pob6cU
>>512
>羽柴秀吉もこの計画を知っていたので高松城からの大返しが成功する。

準備してたわりには、山崎で戦った主力は摂津にた連中だな。
羽柴家所属の兵は、ほとんど脱落していたと見た方が良い。

514 :人間七七四年:2008/02/06(水) 18:06:03 ID:cV4s3Tb9
なんかよっぽど屈辱的ななんかがあったのかね。

それか内応してた他将にはめられたか裏切られたか使われたか日和られたか…

515 :人間七七四年:2008/02/06(水) 21:57:25 ID:gwTK4+5M
>>513
こんな方向でどう?

羽柴軍の全軍が京に向けてという訳にはいかないから、
備前や播磨に毛利軍に対しての軍勢を残す。
(山崎合戦が長期化した時の保険として)

実行日までは秀吉も情報がつかめていなかったから、
急遽の行軍についていけず脱落者も少なくはない。
(多少の脱落は西への備えとして合流させる)

池田・中川・高山(摂津衆)が前線に出たのは、
明智光秀との関わりを否定するための率先行動。
(前線に加藤・中村・堀らも投入)

神戸・丹羽・蜂屋は後方で予備軍。
(戦功を与えないために行動抑制と有事の予備軍)

羽柴秀吉が摂津衆を取り込むために必死だったのは、
敵軍に合流させないことと、自軍の兵力補強は絶対。




516 :人間七七四年:2008/02/06(水) 22:11:07 ID:b6TUfAPC
摂津ばかりに話がいくが変後、岡山、兵庫の土豪連の再調略もしっかりやってるんだよな、羽柴氏。
毛利休戦直後に兵移動のスムーズな道路安全と糧食の補給で土豪・夜寒氏にすっごく感謝してるよ!なんて感謝状も送ってるし。
混乱の中、キチンとした対処をしている羽柴秀吉はやっぱ優秀な人。

517 :人間七七四年:2008/02/07(木) 10:19:03 ID:I73lXeuy
>>516
秀吉は苦労人だから人の心を掴むのが上手だったんでしょうね。(良くも悪くも)




518 :人間七七四年:2008/02/08(金) 11:17:56 ID:V9F1rj1T
510の続き、、、
密勅の内容は非公式、将軍宣下はされていない。
詳細は、「信長父子抹殺後、京周辺の安定・外敵を駆逐すれば宣下する」といった内容。
非公式を裏付ける証拠が光秀に対しての伝奏が公人(公家衆)ではなく、民間人の
吉田兼和を採用した事。それまでの伝奏は全て公人もしくは女官であった。
光秀が朝廷や寺社に金をばら撒いたのはその返礼のためである。
正親町帝も密勅に気付いていたが黙認、本当に光秀が情勢を安定させれば宣下して良い
と考えていた。しかしあっさり敗退し横死したため朝廷が慌てて証拠を消して回った。
変に関しての記物が少ないのもそのせいだし、「兼見卿記」に関しても変の部分だけ
破られているのはそのためである。


519 :人間七七四年:2008/02/08(金) 14:02:51 ID:ynMgaej+
こんな空手形に釣られるほど、光秀は耄碌していたのか?w

>>518
あなたでも気づくことを当時の人は何で気づかなかったんだろ?
陰謀が露見すれば、非公式でも当然処罰が下るだろうに。
しかし証拠が消されたってのは、本当に便利な言葉だねw

520 :人間七七四年:2008/02/11(月) 23:16:59 ID:FRwnClNe
黒幕説は、書物に云々書いてあるって言っても、後でなんとでも理由付けは可能。ノストラダムスの予言書の類と変わらないよ。

521 :人間七七四年:2008/02/12(火) 16:44:18 ID:hue4U1fv
秀吉は謀反の可能性を知っていたのでは?光秀本人から悩み相談みたいな感じで聞かされて。
で、光秀の近辺を監視してた。
そしたら、本当に光秀の奴やりやがった!ってことで大慌てで引き返した。


522 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 17:16:39 ID:I428IPkV
そんなホイホイ連絡の取れる状況じゃねえよ。
だいたい悩み相談って。学生か!

523 :人間七七四年:2008/02/12(火) 17:22:42 ID:hue4U1fv
ニュアンス的に書いただけなんだけど。

524 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 17:36:17 ID:I428IPkV
ニュアンスだろうが何だろうが、京都と備中の物理的な距離と当時の通信体制、
そして目的のはっきりしない物にたいする監視と言うものの無意味さ(だいたいどうやって
「監視」するんだよ)ってものを少しでも考えれ。

だいたい監視と言うものが仮に可能だったとして、その情報が伝わった所で秀吉は毛利と交戦中なんだぞ?
秀吉が信長すらだまくらかして毛利と八百長の戦争やってたって言うのなら別だが、そうでない以上
情報が伝わった所でそれを効果的に使う事が出来る状態であった、と言う可能性は限りなく低い。
本能寺の時丁度毛利と講和交渉に入っていたのは、はっきり言うが「運がよかった」だけだ。



525 :人間七七四年:2008/02/12(火) 19:07:07 ID:hue4U1fv
監視と言う書き方が不服なら諜報とでも書けばいいのかな?光秀謀反って可能性が秀吉の頭の片隅にでもあって、念のために間者を潜り込ませてた。
で、事が起こり間者から報告が入って秀吉ショック、って流れじゃないかという意味だったんだけど。
毛利と八百長の戦とか想像力が豊かですね。

526 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 19:17:33 ID:I428IPkV
>>525
いやいや、想像力豊なのは君のほうだw

俺は終始一貫して、君の言う事は空想にしても「現実味が無いよ」ってことを指摘しているだけなんだが。

527 :人間七七四年:2008/02/12(火) 19:26:12 ID:hue4U1fv
はいはい、参りました。過去の出来事に対しての他人の考えを、空想だと断言できる人にはかないません。

528 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 19:35:24 ID:I428IPkV
いいか?具体的な資料も伝承も実地調査も無しに、過去の出来事を脳内だけで推測する作業は
「空想」と呼ぶのだ。

529 :人間七七四年:2008/02/12(火) 19:43:51 ID:OQZCsEiL
仮に秀吉が光秀の悩みなり叛意なりに気付いていたとしたら、彼がまずやることは
光秀の周辺を探ることでなくて信長にチクることだ。

史実では光秀の謀反は成功したが、もし失敗していたら当然調査は行われるはずで、
そのときに万が一秀吉が感づいていたということが知られたら、何故知っていながら
黙っていたのかと秀吉の立場が悪くなる。下手すれば与党と看做されかねない。

530 :人間七七四年:2008/02/12(火) 21:08:06 ID:VUxr19la
521&522
このスレの活性化に身をもって貢献したのでエライ!




531 :人間七七四年:2008/02/12(火) 21:33:00 ID:Cjzzqwnj
>>528

偉く自身満々に言い切っているが、
オマエが語っているその内容も、現存する資料からの「空想」でしかないぞ。

歴史なんて言うのは、「〜だろう」の寄せ集めだと思うぞ。あくまでも予想でしかない。
だから、新しい資料が見つかったりしたら歴史も変わる。
例えば、オレが習った鎌倉幕府は1192年だったけど、今は違うんだろ?
そういう事たと思う。
人の空想を完全否定できるほど、当時から長生きして、尚且つ、本能寺当事者だと言うのなら謝る。

532 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/12(火) 21:42:28 ID:I428IPkV
>>531
じゃあ資料が出てから言えよw 鎌倉時代の成立年が変わったのは新資料の発見とそれへの精緻な
学問的考察によってだ。思い付きをべらべらくっちゃべっている間に変わったのではない。

さっきも書いたがなんの資料にも基づかずあーだこーだ言うのは妄想空想というのだw

533 :人間七七四年:2008/02/12(火) 21:53:43 ID:VUxr19la
>>531
地球から426〜430光年ぐらい離れた宙域から地球を観測している人も解るかもしれない。




534 :人間七七四年:2008/02/12(火) 22:39:42 ID:WeJqz0f9
本能寺の変に関する秀吉の関与に付いては、すべて後付けだよ。秀吉が山崎で勝てたのも彼の策略や戦略が凄かったのではなく、光秀側に他武将が就かなかったからにすぎない。
細川父子がもし光秀側についていたら、筒井・高山・中川も連鎖的に光秀吉側についてたのではなかろうか。

535 :人間七七四年:2008/02/12(火) 22:51:10 ID:zBq2+Okv
>>531
歴史とは現存する資料を根拠に断片だった記述をまとめあげるもの。
現存する資料がすべて。現存しない、出てない資料のことをいくら言っても無駄の妄想。
可能性とかいくら言っても意味がない。
資料が出てくる可能性だけで歴史語れるなら、どんなトンデモ論も成立する。

たとえば「信長は実は現代人だ、実証する資料がまだ出てないから
誰もオレを否定する根拠はなにもない」と言い張ればただのアホ。

536 :人間七七四年:2008/02/12(火) 23:07:34 ID:Cjzzqwnj
>>535

537 :人間七七四年:2008/02/12(火) 23:23:15 ID:Cjzzqwnj
>>535

そうだね。
オマエの言う事も分かるから、否定はしないよ。

オマエは、歴史に「真実」を求める。
オレは、歴史に「ロマン(いろんな可能性)」を求める。

根本的に考え方が違う。
これでFA。

538 :人間七七四年:2008/02/13(水) 00:07:07 ID:SmkICu7X
学術的なのも必要だと思うけど、2chだしもっと自由にやってもよいのでは?
ここで学術的に緻密な考察して年表とか公式に変わるの?

539 :人間七七四年:2008/02/13(水) 04:17:35 ID:MOYp8zlB
まぁ戦国時代だから、
家臣に討たれるのもありだよね。


540 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 05:39:56 ID:4dEKWabl
自由にするなら自由にするなりの「ルール」が無いとね。
ただの妄想垂れ流しならそれは自由ではなく「野放図」になってしまう。

例えば上の秀吉関与説ならば、「それが可能か不可能か」なら議論として成立するが、
「史実として許容できるかどうか」と言う話になるともう話にならない。

自分の考えを語る場合は、それなりの「語り方」でやらないと、話も膨らまないしつまらないよ。

541 :人間七七四年:2008/02/13(水) 07:12:16 ID:dDEiISHU
>>538
せめて事実を元に話をしないとな。
いくら2chでもソースが必要だろうし、あんまりにも事実無根の話をされたら脳内乙だし。
別に学会発表並みにカチンコチンにやれとは言ってない。
一応歴史板だから、なにかのIFを語るとき現存する事実を元に推測してくれ。

脳内ソースじゃ話にならない。

542 :人間七七四年:2008/02/13(水) 12:51:21 ID:CosieT65
http://www14.atwiki.jp/415mattari/pages/25.html
まずは、必ずしも書物が完全に真実を書いているかどうかは定かではない、
史実=真実とは限らない、という認識がないと、
全く理解するのが難しい状態になってしまいます。
この現代においても、本当に本当の事がそのまま報道されているとは限りません。
兄は、史実の殆ど九割は、捻じ曲げられた情報と、
芸能ゴシップのような無い事だらけの人物評だから、そのまま鵜呑みにしてはいけない、
いつも見極められる目を養いなさい…という意味の事を、情報に惑わされがちであった頃、
よく繰り返し言っていました。

↑史実厨の皆さん、これを読みなされ。

543 :人間七七四年:2008/02/13(水) 13:02:18 ID:gavKmFDw
たしかに資料は人によって解釈の仕方が変わるし、同じ時代に生きる人でも解釈が違う。
だからって屁理屈こねて史実を信用するなとか妄想を垂れ流していいわけないだろう。
戦国時代板だし、最低限史実を元に話をしないとファンタジー板になってしまう。
スレタイも史実の「本能寺の変」なのに史実はねじられたというのならまず出発点から間違ってる。
どうしても妄想垂れ流したいなら戦国板ではなくファンタジー板行くか、
【妄想オッケー】本能寺の変【史実無視】のスレを建てればいいじゃん。

544 :人間七七四年:2008/02/13(水) 18:14:53 ID:Me2JkJox
http://ikebukuro.cool.ne.jp/ok20/oz/hu18.html

545 :人間七七四年:2008/03/01(土) 19:03:51 ID:b5Kc3NKE
さあ泥仕合を始めようか

ゲームジャーナル15号「本能寺への道」
http://www.gamejournal.net/bknmbr/gj15/gj15.html
プレイヤーは織田軍団配下の武将として支配エリアの拡大を図る。
反信長方の大名については、例えば明智プレイヤーは上杉・北条・本願寺を、徳川プレイヤーは毛利と本願寺を指揮する、という形でお互いの邪魔をしあうことになる。
信長は本隊と共に京に鎮座ましましており、動くことはない。
プレーはカードを5枚ずつ配り、支配エリアの多い順に行動していく。
そのプレイヤー陣営にいる武将の策略値(イベントによる増減あり)によっては、カードをイベントとして使用できない場合もある。
強力なカードは陣営の策略値が「3」でないと使えない。
気になる勝利条件は、最も支配エリアの多いプレイヤーが見事後継者の地位を確保する、というオーソドックスなもの。
但し、その際にご主人様である信長公がご存命だと、4人全員の敗北となってしまう。
反旗を翻すと他の3人を敵に回すことにもなるが、謀反プレイヤーはプレイの順番決定時に割り込みをかける特典が得られる。
敵は本能寺にあり! 君は本能寺の後を無事、生き延びることができるか?

546 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/03(月) 14:32:23 ID:Nisgk/6C
“信長御殿”簡素だった 「本能寺の変」の舞台で新説

 「本能寺の変」(1582年)のおり、織田信長が宿泊していたのは寺の建物ではなく、ごく小規模な
専用御殿だったいう新説を、今谷明・国際日本文化研究センター教授(日本中世史)が発表する。
昨年、旧本能寺境内で相次いだ発掘調査の成果などから、「建物は最大40メートル四方クラス」と
判断した。予想外に簡素だった理由については「大坂本願寺に移る予定だった」と推定。テレビドラマで
繰り返し放送される、大きな本堂前で奮戦する信長は虚像とわかった。

 新説は日文研が近く発行する論文集『王権と都市』に「信長の本能寺“御殿”について」として発表される。

 本能寺は現在、京都市役所の南にあるが、「変」当時は、約1キロ南西の中京区六角通と蛸薬師通、
西洞院通と油小路通に囲まれた約120メートル四方の地を境内としていた。

 発掘調査は昨年夏、住宅建設のため2カ所で実施され、東側の調査地からはL字形の堀(幅約6メートル、
深さ約1メートル)や焼けた痕跡のある「■(能の異体字)」の文字瓦などが見つかった。西側調査地から
は、建物跡などは出なかった。この結果、東側の堀は西に延びず、約40メートル四方の建物を囲むものとわかった。

 信長の生涯を記した『信長公記(しんちょうこうき)』によると、信長は「変」の2年前にあたる天正8(1580)年2月、
京都での宿舎を妙覚寺から本能寺に移すことを決め、所司代の村井貞勝に普請を命じた。

 本能寺を始めとする日蓮宗寺院は、「天文法華(てんぶんほっけ)の乱」(1536年)をきっかけに
京都から追放されたのが許され戻ってきたばかりで、本能寺も「信長軍に占拠され、寺僧はすべて
追放されていた」とする意見も出されていた。

 今谷教授は当時の文献を詳しく調べたが、本能寺が他所に移転した形跡はなく、境内東北隅の堀に
囲まれた中に、信長の宿舎となる御殿が建っていたと結論付けた。具体的には「ほぼ同時代に建てられた
園城寺勧学院(かんがくいん)や同光浄院(こうじょういん)(大津市、いずれも国宝)のような規模の小さい
住宅用御殿が建っていた」とみている。

 権力者の京都での御殿としては、豊臣秀吉の聚楽第(じゅらくだい)や徳川家康の二条城などが有名。
これら本格的城郭に比べ、信長が簡素な建物しか造らなかった理由について、今谷教授は本能寺御殿を
建て始めるころ、大坂本願寺が落城寸前で、毛利攻めのため大坂へ本拠を移そうと意図していたと推測している。



 小島道裕・国立歴史民俗博物館准教授(日本中近世史)の話 「信長が本拠を安土から大坂に移そうとしていたのは、
後継者の秀吉が大坂城を築いたことからも可能性が高い。京都については、あくまで臨時の宿舎なので、小規模だったのだろう。
興味深い説と思う」
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080303/acd0803031411005-n1.htm


547 :人間七七四年:2008/03/04(火) 10:55:32 ID:fceKXNB/
むう、余計謎が深まった。

548 :人間七七四年:2008/03/05(水) 01:04:12 ID:WFUHNHht
光秀はなんで天王山おさえられんかったんかのう。
秀吉の行動速度が予想guyだったにしても
現在位置の情報収集はやってたと思うんだが。

549 :人間七七四年:2008/03/05(水) 02:19:26 ID:+a02z/Dq
情報収集はしても兵力の配置転換が間に合わなかったんじゃない?

550 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/05(水) 02:56:57 ID:1l3rMtL5
だいたい光秀も戦略上、かなり戦線を広げちゃってた訳で。

551 :人間七七四年:2008/03/08(土) 13:21:03 ID:zLkm0iaH
>>548
学研の歴史群像シリーズの何かで、
もしも光秀が天王山をしっかり押さえたなら、秀吉も迂闊には攻められず、
かといって光秀も主力を引いても守りきれるほど有利にはならないから、
秀吉・光秀両軍主力がそこでしばらくにらみ合うことになる。
そうすると、柴田や徳川といった他の勢力も光秀の背後を突こうとするので、
光秀勢としては挟み撃ちになり敗北必死だった。という推測が書かれていた。

つまり、光秀軍としては挟み撃ちになるのを回避するいためには、
短期間で秀吉勢を撃破しなくてはならず、
そのためにはあえて天王山を取らせて秀吉軍をおびき寄せた方がよかったのだ。と。

所詮ただの推測だろうけど、それなりに説得力はあると思う。

552 :人間七七四年:2008/03/08(土) 20:29:22 ID:5YkPWQKJ
>>548
兵数不足。近江への抑えも残しておく必要があったし。

553 :人間七七四年:2008/03/08(土) 21:48:39 ID:eUGQ92Yj
細川軍と筒井軍が光秀側に就かなかった事が最大のポイントかな。

554 :人間七七四年:2008/03/08(土) 21:53:58 ID:ONmeEyyg
兵は勢い

555 :人間七七四年:2008/03/08(土) 22:37:53 ID:U4rZt33d
戦いは数ですよ

556 :人間七七四年:2008/03/08(土) 22:57:29 ID:Me1oMP+C
指揮官の質にもよる。
ところで、本能寺の変直後の京都の様子はイエズス会の宣教師の報告書
に残っているが、相当阿鼻叫喚だったようだね。

557 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/09(日) 01:36:55 ID:nDgLC+PQ
【ぶっちゃけインタビュー】「本能寺の変」にメス 今谷明・国際日本文化研究センター教授

 「本能寺の変」(1582年)は、日本史の中でも最大の謎といえる事件のひとつです。本能寺の旧境内地は京都の中心街
(中京区蛸薬師通西洞院付近)の地下に眠っているのですが、今回初めて発掘調査のメスが入りました。織田信長の時代の
石垣や、「能」が浮き彫りされた瓦を目にしたときは、さすがに興奮しました。

 これを機に、改めて当時の文献を調べ直し、発掘成果がもつ意味を考えてみました。産経新聞の3日夕刊付1面に載った
「信長の本能寺御殿は、意外と簡素だった」というのが結論。本能寺の本堂に立ち、槍(やり)や刀で奮戦し、やがて火中に
消えてゆくというドラマの情景は間違いだとわかりました。

 御殿の規模は、およそ40メートル四方。園城寺(三井寺、大津市)に現存する勧学院客殿か光浄院客殿(いずれも国宝)と
似たような規模の建物だと想定できました。彼の跡を継いだ豊臣秀吉の聚楽第(じゆらくだい)や徳川家康の二条城などの
城郭に比べると、意外なほどの貧弱さです。

 こんな施設に、わずか20〜30人の小姓を連れ泊まっていたのですから、明智光秀の1万を超える大軍に攻められては、
防ぎようもなかった。彼ほどの権力者がなぜ、こんな油断をしてしまったか。考えられないことですね。

   *    *

 逆に、光秀の動機は、はっきりしていました。「今なら、天下が取れる」という判断でしょう。柴田勝家は遠い北陸で上杉景勝と
戦っていたし、羽柴秀吉は備中(岡山県)で毛利氏と対陣、滝川一益は上野(群馬)…と、織田軍団の主戦力は各地に散っており、
畿内で大軍を動かせるのは自分だけという、絶好の状況でした。

 自分に対する信長の仕打ちをうらんだとか、背後に黒幕がいたとか、珍説・奇説まで含めいろいろな説があります。でもやっぱり、
戦国武将らしく、転がり込んできたチャンスに食らいついたんだと思いますね。

 信長は、裏切られるとはつゆほども思ってなかったのです。ここが不思議なところで、それまでにも松永久秀や荒木村重に叛(そむ)かれ、
大変な目に遭っているにもかかわらずです。彼ほどの人物であっても、人を見る目がなかったというしかないですね。

 歴史に「if(もしも)」は禁句ですが、信長があのまま生きていたなら、日本の歴史はどうなっていたでしょう。私は、信長は安土から大坂に
拠点を移し、毛利攻めが一段落したあと、征夷大将軍となって幕府を開いたと推測しています。
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080308/acd0803082208013-n1.htm

558 :人間七七四年:2008/03/09(日) 02:47:36 ID:ywOKQjoS
>>557
今谷御大は、信長本人が将軍になるとお考えなのか?

559 :人間七七四年:2008/03/09(日) 11:10:07 ID:2RwVZAit
信長が安土を築いた時点で信長の建設は終了している。家督も信忠に相続させているから将軍職というのも信長自身がなるのではなく信忠に背負わせるものと思う。
信長はフィクサーとして裏舞台で活動する事だろう。
拠点を大坂に移す、とおっしゃるが精魂込めて作った新世界:安土こそ信長の理想郷。大坂には代官所か奉行所を置く程度で大々的土木建築しないと思う。
人間五十年、信長の人生観とするならば寿命期だから安土以上の拠点は望むまい。


560 :人間七七四年:2008/03/09(日) 12:24:11 ID:DQiAQmfh
安土城は無理矢理建てたから、
住居に向いてなく、見た目は派手だったけど、
ゆらゆら揺れて住めるものじゃ無かった。
だからいろいろ泊まり歩いて、
何処に住むか考えていたんだろ。

561 :人間七七四年:2008/03/09(日) 13:11:03 ID:2RwVZAit
>だからいろいろ泊まり歩いて、
>何処に住むか考えていたんだろ。

想像したら笑えてきた。

562 :人間七七四年:2008/03/09(日) 13:29:52 ID:KGqiP8nw
ゆらゆら揺れてか…
信長が光秀に最後の頼みとして
「あれカッコ悪いから焼いて!」
て叫んでたら面白いな。

563 :人間七七四年:2008/03/09(日) 13:33:46 ID:DQiAQmfh
つーか子供に家督を譲ったから
城主の自覚無かったんだろ?
本能寺と言っても寺でも無くて、
ただの倉庫だろ?


564 :人間七七四年:2008/03/09(日) 13:34:28 ID:RQEEN3+j
普請したの丹羽さんやん

565 :人間七七四年:2008/03/09(日) 20:36:30 ID:/YjzkPVT
倉庫で天下の名器の展示会をするのかよ。

566 :人間七七四年:2008/03/10(月) 18:27:40 ID:D3ZU7z9t
本能寺ヤード

567 :人間七七四年:2008/03/11(火) 13:45:37 ID:gjkE9/oX
もともと光秀は忠誠心の怪しい人じゃないか?
それを、有能だからって理由で手回りで使い続けてるうちに、信長は
「こいつは、俺だけは裏切らない」
と、命取りの錯覚をしてしまった。
光秀から見たら、その時、その時の有利な人間に付いていただけで、たまたまそれが信長であり続けただけだったんじゃないか?
光秀から見たら、本能寺に泊まる信長の姿は「殺して天下を奪ってください」にしか見えなかったんだよ。
身近な人間に情が移ってしまう信長と、超打算人間光秀は最悪の組み合わせだったな。


568 :人間七七四年:2008/03/11(火) 15:07:31 ID:rMaoJaHs
>>567
漏れは光秀もなんか堪忍袋きれたことあった思うけどね
ノブ密室で蹴ったそうやし

569 :人間七七四年:2008/03/11(火) 17:26:27 ID:gjkE9/oX
>>568
あるいは…
「信長の理想とその王国の本質を完全に理解しているのは自分だけ」
と長年思い込んでた光秀が、例の国替えで近畿という信長の膝下から追われ、単なる地方大名という立場に置かれたことに逆上したかな?
信長にしてみたら、そろそろトシだし、ここらで半分隠居できるようにしてやろうと思ったのであって、冷遇している気持はこれっぽちも無い。
だから「光秀がいるから手回りは少なくても大丈夫」と思っていた。
一方光秀は、信長の政権が中国をモデルとしていると思っているので、皇帝の御側をおわれると受け取ってしまい、ヤケクソになった。
二人の、互いの人間性に対する誤解が原因。


570 :人間七七四年:2008/03/11(火) 18:34:23 ID:XJ0mbGZg
光秀は商人達の思惑に乗ってしまっただけ。
公家達はその日に変が起きるの知ってただけ。

571 :人間七七四年:2008/03/11(火) 19:14:16 ID:9ta/11fm
>>568
>>570
資料的裏付けないじゃんw

572 :人間七七四年:2008/03/12(水) 08:34:04 ID:pocxsUOd
>>557
今谷とやらを今日はじめて知ったが、こいつ教授のくせに意外とバカなんだな

573 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/12(水) 15:17:46 ID:ZKz/WY+1
>>572
なんで?そんなに自分の無知を自慢したいのか?

574 :人間七七四年:2008/03/12(水) 21:29:54 ID:MSG/Ki3z
今谷説は大分昔の高柳光寿説の引用に過ぎず、何ら目新しいものではないと思うがどうだろう?

575 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/12(水) 21:34:14 ID:ZKz/WY+1
>>574
この分野における最先端の研究者が、結果この説に至ったという事は重要だろ。
新しい古いの問題じゃ無い。

576 :人間七七四年:2008/03/12(水) 22:21:24 ID:JuCWXzAv
こと本能寺に関しては、最近は奇説とか黒幕とかそういうのありきで話が進められているよな

577 :人間七七四年:2008/03/12(水) 22:27:20 ID:MSG/Ki3z
その最先端人物が高柳説を支持しただけの事でしょう。結果論的説では野望説が1番慎重論だからね。一つ言いたいのは、権威主義者は何たら教授が言ってるのだから間違いないと頭から信じたがる。

578 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/12(水) 22:37:45 ID:ZKz/WY+1
>>577
君は権威主義の使い方を間違えてる。
そして君は自分の気に入らない物は権威主義だと頭から信じ込んでいる。

579 :人間七七四年:2008/03/13(木) 00:49:42 ID:foA5a283
>>578
その文体、芥川「侏儒の言葉」みたいで気に入った。
当時は権力中枢以外でも事実を知っている人は
たくさんいたのだと思う。
(1)織田有楽斎(信長の弟、信忠、信雄に仕える。茶人)
(2)細川ガラシャ
(3)近衛前久
なぜ自分が生かされているのか、
なぜ表舞台から姿を消さなくてはいけなかったのか。
彼らの手記が見たい。


580 :人間七七四年:2008/03/13(木) 08:13:41 ID:v7JssQTe
信長が大阪で幕府を開くってどんな根拠があって言ってるんだろう
学者のくせに自分の発言の持つ重さがわかってないんだろうな
この今谷とかいうオッサンは

581 :人間七七四年:2008/03/13(木) 08:16:58 ID:v7JssQTe
つーかそれ以前に歴史のifを妄想するだけならまだしも発表しちゃった時点で学者失格だな
そんなもんは小説家のやることなわけだし

582 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/13(木) 15:01:49 ID:RJfQvskn
なんかキチガイが暴れているな。

583 :人間七七四年:2008/03/13(木) 15:04:58 ID:c40m/mXy
でも所詮はサンケイのインタビューだぜ。

でも、「堺幕府論」とかで有名な人なのに、今谷明も知らんとは。

584 :人間七七四年:2008/03/13(木) 15:21:14 ID:v7JssQTe
堺幕府論でググってみたけどただのバカじゃん、このオッサン
あんな無茶苦茶なことを堂々と発表できるような恥知らずでも学者になれる時代なんだなw
そもそもこんな奴知ってても知らなくてもどうでもいい存在だし
むしろこのスレ覗かないで知らないままでいたほうが良かったよw

てか擁護してる奴は教え子か何かか?

585 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/13(木) 15:34:16 ID:RJfQvskn
どうしよう。無知を自慢し始めたぞこのキチガイ。

586 :人間七七四年:2008/03/13(木) 15:40:04 ID:v7JssQTe
俺は有用な情報だけしか求めてないわけで
今谷なんていうバカなオッサンの情報なんていらないの
いらない情報ばっか頭に詰め込んでる奴を博識って呼ぶなら俺は無知で結構

まあ俺からすればこんなバカなオッサンの意見を
疑いもせずにマンセーしてる奴の方が余程キチガイだがなw

587 :人間七七四年:2008/03/13(木) 15:43:20 ID:v7JssQTe
まあ、この今谷ってオッサンも仮想戦記小説家になればなかなかの売れっ子作家になれると思うよ
「大阪幕府初代将軍信長の野望」とかってタイトルでさw

588 :人間七七四年:2008/03/13(木) 19:06:40 ID:l4eQASGr
今谷論を信奉してるのは、構わないが、人を気違い呼ばわりする暇があるならば、擁護論をスレなよ。
最先端研究してる教授だとの事だが一般人研究者と何が違うか教えてくれ。

589 :人間七七四年:2008/03/13(木) 21:45:49 ID:6YWMWjMP
掘ったらなんか出てきたのかなぁ〜?

590 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/14(金) 00:15:01 ID:+0mJp1Ri
キチガイかと思ったら、ただのレス乞食のかまってちゃんだったのか。

591 :人間七七四年:2008/03/14(金) 00:49:17 ID:01XUZJAE
やっと自分のことを客観的に見れるようになったか

592 :人間七七四年:2008/03/14(金) 10:46:32 ID:oLot8mDa
>>585>>590
基地外探しは分かったから、せっかくの戦国スレなんだから、何か本能寺に
付いて語ってみたらどうなの?

593 :人間七七四年:2008/03/14(金) 16:57:13 ID:BjL5ggRm
本能寺は変

594 :人間七七四年:2008/03/14(金) 17:32:36 ID:4JJlVvIm
信長は危機感無さすぎだったと思う。
次の日四国に戦に行くのに、公家を接待したり、
商人に会ったりしてる。
予定通りに夜中に出発していれば、
本能寺の変は無かったはず。
来ても断れよな…

595 :人間七七四年:2008/03/19(水) 20:17:24 ID:jAyNXNTU
カチガイ呼ばわりした輩!早く持論述べなよ。

596 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/19(水) 20:39:54 ID:tuDcAWXq
>>595
君はこのスレ盛り上げたいのだろうけど、やり方がなあ…。

597 :人間七七四年:2008/03/21(金) 21:01:58 ID:d5u10uI4
>>596
ならば、君がやり方を述べな。つーかキチ同一者か類似者だろ。
あのね、人を中傷したり横ヤリ入れる輩はえてして知識薄なんだよね。


598 :人間七七四年:2008/03/25(火) 13:25:07 ID:ZSZTdE5f
誰か三沢口調の信長インタビュー貼ってくれ

599 :人間七七四年:2008/03/25(火) 13:52:42 ID:WlQCmdDe
夜中に軍勢を率いて出た時点で光秀は決めてたよ。じゃなければ深夜に行軍はしない。

600 :人間七七四年:2008/03/25(火) 16:24:19 ID:p91FHniZ
まあ光秀は偉人

601 :人間七七四年:2008/03/25(火) 19:28:46 ID:HkCClLdF
>>598
インタビューよろしいですか?
織田 いいよ、これから切腹だからあんまり時間取れないけどね(苦笑
:謀反を起こされてしまったが。
織田 まあね、こればっかりはしょうがないよね。戦国時代だからね。
:随分サバサバしているが?
織田 いや、人間五十年みたいなとこあるからね。俺も49だし。そろそろいいかな
って気はしてるよね。はっきりいって。
:明智光秀の謀反は予想していたのか?
織田 してたかしてないかっていったら、してないよねさすがに(笑い)
まあキンカンなら是非もなしみたいなのはあるけどね、はっきりいって。
:なぜ謀反を起こされた?
織田 いや、それはわからないよね。理由まではね。キンカンならやりかねないよね
ってだけで。
:今後天下は誰のものに?
織田 それも難しいよね。ただサルじゃねえかなって気はするよね。つーかアイツが
炊きつけたんじゃねえのかってちょっと思ってるけどね(苦笑)
:最後に一言
織田 まあ火も迫ってるしね、特にないけど、ただ比叡山のみなさんにはちょっと悪いこと
しちゃったかなみたいなね。俺も若かったし、やりすぎちゃったかなみたいなとこはあるよね。
こんなもんでいいかな?敦盛舞うからそこ空けといてね

602 :人間七七四年:2008/03/25(火) 19:59:55 ID:eE8Bj8b/
信長信忠死んでも織田家の人間いたのに
なんで秀吉の天下になったの?

603 :人間七七四年:2008/03/25(火) 20:26:43 ID:DQXJQc/N
>>601
オモロイww

604 :有楽斉:2008/03/25(火) 20:36:06 ID:p91FHniZ
逃走成功!
やっぱし逃げるが勝ちだよ(笑)

605 :人間七七四年:2008/03/25(火) 22:18:49 ID:ZSZTdE5f
三沢信長最高

606 :人間七七四年:2008/03/25(火) 22:44:19 ID:8SwvG+zQ
602
信長信忠死後、信雄信孝では織田家中での求心力が薄く、仇討ちに即時対処出来る力量も持ち合わせいなかった為。

607 :人間七七四年:2008/03/25(火) 23:03:33 ID:ZoyWD8Bk
>>601
吹いたww

608 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 23:57:58 ID:MSvjq4Rl
>>602
織田家の軍事力を握ったから

609 :人間七七四年:2008/03/26(水) 00:29:01 ID:3g1RRK8c
明智と信長親子不在となった京周辺を押さえたから

610 :人間七七四年:2008/03/26(水) 15:44:29 ID:lJrUcVpT
>>602
【三法師】清洲会議を語る【天正十年】
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1192629955/


611 :人間七七四年:2008/03/28(金) 00:59:49 ID:I4Au2nhx
>>601
面白いww
二条城の信忠バージョンも誰かよろしくww

612 :人間七七四年:2008/03/28(金) 01:30:17 ID:1b3aO75y
インタビューよろしいですか?
織田 いいよ、これから徹底抗戦だから、あんまり冷静に答えられないけどね(苦笑
:謀反を起こされてしまったが。
織田 まあね、明智さんらしいよね。ここぞってタイミングでズバッ、だからね。
:随分サバサバしているが?
織田 いや、自分の力で今の地位にいないとこあるからね。俺も成り上がりの二代目だし。
ボロが出る前にむしろって気はしてるよね。はっきりいって。
:明智光秀の謀反は予想していたのか?
織田 愛宕山で何かしてたって話は聞いてたけど、それで拘束はできないよね、さすがに
まあ、恨みのある親父だけじゃなく、おれも見逃してくれない辺りは、あっ、ケチ!なんて思わなくもないけどね(笑い)
:なぜ謀反を起こされた?
織田 羽柴さん絡みかなって気もしてるけど、断言はできないよね。背後関係まではね。
前科からいって、柴田さんだってやりかねないしね。
:今後天下は誰のものに?
織田 それも難しいよね。ただ三河さんじゃねえかなって気はするよね。
つーか三河さんも一枚噛んでるんじゃねえのかってちょっと思ってるけどね(苦笑)
:最後に一言
織田 松姫、正直、迎えに行けずにすまなかった。今の俺には、失うものは何もない。
明智が攻めてくれば、とことんやってやる、みたいなね(苦笑)
こんなもんでいいかな?あ、叔父が逃げるみたいだけど、気づかないふりしといてね

613 :人間七七四年:2008/03/28(金) 05:51:41 ID:krEm6suB
なんで信忠はなりふりかまわず逃げなかったんだ?

614 :人間七七四年:2008/03/28(金) 09:19:08 ID:Hq/POn0J
>>613
*  織田信忠  *
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/sengoku/1156156397/


615 :人間七七四年:2008/03/28(金) 09:27:28 ID:X3ljEY+T
≫601
面白かったよ。

616 :人間七七四年:2008/03/29(土) 19:48:59 ID:CwfnwlD0
> 叔父が逃げるみたいだけど、気づかないふりしといてね

これになぜか涙腺がゆるんだ
しかし、この後の有楽を見るに、ほんと信忠と明暗分かれたな

617 :奇矯屋onぷらっと@FreeTibet ◆SRGKIKYOUM :2008/03/30(日) 23:16:57 ID:iV3A+udV
保存させていただいた。

618 :人間七七四年:2008/04/09(水) 04:22:29 ID:PrfClOR+


619 :人間七七四年:2008/04/09(水) 07:39:40 ID:WNXdyJnb
光秀は日向守って名前から九州に転勤なるって思って、そんなんいやじゃって
感じで謀反したと思う。まさに千歳一隅のチャンスだったしね

620 :人間七七四年:2008/04/10(木) 07:43:09 ID:sqtNBPSg
>>619
それを裏つける資料は?

621 :人間七七四年:2008/04/10(木) 12:15:21 ID:VS2elwMo
例えば、滝川一益なんかは伊予守に任じられているけど、赴任地は関東。

622 :人間七七四年:2008/04/10(木) 13:30:08 ID:jBWk4zRT
光秀の場合、日向守だけじゃなくて惟任の姓もあるからなー

623 :人間七七四年:2008/04/10(木) 14:56:37 ID:rDH5L1WQ
同時に惟住の姓を賜った長秀や別喜の姓を賜った簗田の例もあるから一概に言えない気もするが……
両者は官職までは賜ってないんだっけ?

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