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東晋の英雄桓温について語る

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 18:04:46 ID:TZsM0V240
慕容垂にボコボコにされた東晋一の快男児桓温について語ってみよう

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 18:30:30 ID:yveWOFh60
語ってもいいけど
両晋英雄スレが去年の10月から
80もレス付いてないよ

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 19:28:32 ID:5ZW5OD7a0
三国志関連の人物のスレですらあんまり伸びないね

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/29(金) 23:26:35 ID:1lYcG/oc0
とりあえず桓温の歴史小説って、誰か書いて欲しいなあ。

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 13:39:12 ID:B/03r2Lp0
劉裕と桓温じゃ劉裕の方が好きなんだけどね、俺は

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 13:59:48 ID:rG/IzWKk0
劉裕は冷酷なところがあるから俺は桓温の方が好きだな
劉裕と比べるとちょっと抜けてるところがあるけどそこがまた魅力

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 14:26:41 ID:iInUsppl0
むしろここは謝恩が邪魔しなければ新王朝樹立してた桓玄を語ろうではないか

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 16:56:38 ID:KXa2XcKP0
なるほど、それなら桓温と桓玄一緒に語ってもいいんじゃないかな。多少とも幅を広げないと話題が持たないと思う。

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 19:49:03 ID:IVFqlG7c0
桓氏は祖先はどの地方の出?

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 20:15:53 ID:G1sgxhvF0
長沙臨湘人

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 20:27:22 ID:qxfaM29y0
『裏切り者の中国史』という本には、司馬懿に殺された桓範の子孫じゃないかって書いてたな。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/30(土) 21:03:31 ID:RNd4YqSQ0
長沙の人なら
孫堅の遺体を引き取った桓階に繋がりあるのでは?

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/01(日) 00:10:58 ID:dxPvoS0e0
父親の桓彝の伝(『晋書』巻七十四)によれば譙国龍亢の人でしょう。

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 00:53:06 ID:feO3gjDD0
桓温が晩年の時に、突然一人の尼僧が遠方から来て、桓温に旦那となってもらい、屋敷に逗留した。
この尼僧は学才も挙動も常人とは違っていたので、桓温は鄭重にあつかい、屋敷内に住まわせた。
ところが尼僧は、入浴の時にはいつもきまって長い時間をかける。
桓温が不審に思って、覗いてみると、尼僧は裸になって刀を持ち、腹を裂いてはらわたを取り出し、
首を切り落として手足を細かくきざんでいた。桓温はあっと驚いて引き返したが、部屋に帰ったころ、
尼僧は浴室から出て来た。姿はもとのとおりになっていた。
桓温が正直に見たままを話すと、尼僧は答えた。
「お上(晋朝)に取って代わろうなどとする者は、きっとあんな姿になってしまいますよ」。
ちょうどこの時、桓温は帝位を奪おうと企んでいたところだったので、尼僧の言葉を聞いて意気消沈した。
この為に行動を慎み、臣下の本分を最後まで守り通したのであった。
尼僧の教えを信じた桓温は幸いに身を全うしたが、その子の桓玄は謀叛を企てて、彼女の予言通りに亡ぼされた。

この話の出典って晋書?


15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 01:07:25 ID:gCfC6W720
時有遠方比丘尼名有道術,於別室浴,温竊窺之。尼イ果身先以刀自破腹,次斷兩足。浴竟出,温問吉凶,尼云:「公若作天子,亦當如是。」

晋書だとこれだけ。さらに詳しいのは『幽明録』『捜神後記』『冥祥記』あたり

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 01:17:53 ID:/1/wDNnF0
>>14
確か捜神記だか捜神後記だかが初出だったと思う。
でも晋書の本伝にも、省略された形でちゃんと載ってる。

さすが、毒にも薬にもならない畢卓(別に何をしたわけでもない
ただの飲兵衛)の伝は立てても、斉万年の乱で討ち死にした
馬敦には帝紀ですら全く触れない、現行晋書の面目躍如だな。

(馬敦については、潘岳が書いた追悼文が文選に引かれてるぐらいだし、
現行晋書編纂時に底本になった臧栄緒晋書には、ちゃんと記述がある。
なんで房玄齢たちは削ったんだろ? 太宗のワンマン? 単純作業ミス?)

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 01:35:04 ID:feO3gjDD0
>>15-16
レスありがとうございます。
こんな実際にあったかどうかかなり疑わしい話も正史である晋書に載ってるんですね。
それにしても尼僧の入浴を覗くとは桓温も相当なスケベだな。


18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 07:50:31 ID:drNrDmOi0
いつの時代だったか忘れたけど、今のカンボジアのあたりへ、
使いに行った中国人たちが、
現地の女が川辺で水浴びをしているものだから、
連れ立って見に行ったそうなw

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 17:13:18 ID:MkWSkuab0
謝安さえいなけりゃ万事オッケーだったのにな

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 20:23:26 ID:JedM+qOD0
でも謝安を見出したのは桓温自身でしょ?

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/05(木) 23:28:15 ID:MkWSkuab0
>>20
なんてこった…、将来の敵を見出してたなんて……(呆)
やる事が春申君と一緒じゃねえか…。


22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/07(土) 00:19:20 ID:PJr4Ndh00
>>17
晋書の評価は史記や魏書呉書蜀書に較べると遥かに低いからな…

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/17(火) 23:47:09 ID:g/mNcp0n0
>>20>>21
そういうところもまた、桓温の魅力の一つ

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 15:22:11 ID:4Mjx/CKo0
桓温、意外に人気ないな。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 22:44:16 ID:anjm5CCb0
この時代自体がマイナーなせいなのか
それとも皇帝になりぞこなったからか

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 06:36:23 ID:Sf1+MamR0
時代自体の注目度が低いのが大きいと思う。
桓温自体については、これほど個性的な人物もそうはいないし。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 15:28:34 ID:Tue1MnJ00
桓温を紹介するいいコンテンツがあればいいんだけどね。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/19(水) 02:50:03 ID:gErxw1kQ0
紙が一般に普及し始めたのはこの人のおかげとか聞いたことあるけど、
なんか根拠があるのだろうか?

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/24(月) 16:16:02 ID:nCb8JA/Y0
キャラの割りにぜんぜん人気ねーな〜
なぜだ

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 10:13:19 ID:SoICiZ6kO
東晋は派遣会社だよ

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 14:55:31 ID:tuOkLu8y0
>>29
一般に広く好かれてはいる人物だとは思うけど、
スレを盛り上げるような熱烈なファンがまだこの板には登場していない。

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/05(月) 15:06:48 ID:Wsr0ttZr0
宇宙大将軍なら大人気なのに

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/09(金) 23:19:58 ID:f3sAtman0
桓温といえば、断腸の思いの話がなぜでてこない!


34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 03:20:59 ID:ia1SdQHtO
空前の桓玄ブームが訪れようとしている昨今ですが、どれだけ好意的に人物像を妄想、
もとい考査してもアホの子にしかなりません。まだまだ功夫が足りないようです。
どなたか拙い私めの代わりに彼の名誉を守ってあげて下さい。まじおながいします。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/10(土) 14:32:18 ID:ArIaHUGk0
>空前の桓玄ブーム

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/11(日) 20:33:11 ID:1RhzSk7tO
え?来てるだろ?俺の周りじゃ猫も杓子も桓敬道だぜ?

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 21:19:20 ID:FWmPw9mA0
桓温よりも一つ前時代の王敦のほうが……

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/02(日) 23:54:31 ID:JsI12vZE0
>>37
王敦の場合は劉弘以来の江陵軍閥に乗っかった感があるからな〜

王猛、慕容垂らの各国のナンバー2と比べると、単独で軍事行動を
起こせる実力を持っているだけ両名より作戦決定の自由度は高かった
のだろうが
北伐の頓挫は、いったい何がいけなかったんだろうか?

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/23(日) 04:19:30 ID:zSy7JnX/0
ほす

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/31(木) 22:31:18 ID:yYnPlZpy0
>>38
足場を固めきる前に焦って北伐やっちゃった感じだからなあ。
劉裕みたいに政敵をしっかり葬っておくべきだった。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/03(日) 17:03:27 ID:lpWN65x50
こいつはそこがいいんだよ。 なんか足りないんだよね
なんか一手抜けてるよね みたいなのが。

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 02:07:58 ID:GxCGyCfn0
桓温に関する記事を発見
http://d.hatena.ne.jp/mujin/20080207/p3#seemore

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 21:58:52 ID:QYNUEuv70
桓温は清談家としてまず話し合うことが多い。
王猛、謝安、孔明の従僕だった爺、劉琨の家妓だった婆などに、わざわざ面会を持ちかけている。
あんまり殺伐としたイメージがないのが魅力になってそうだな。
そうでなければ凄まじい腐臭を遺していたはず。

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/10(日) 23:28:31 ID:rETq8h710
>>42
桓温って、本当に面白い逸話が多いな。

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 20:28:15 ID:e2FGlCdU0
桓沖って、秀長みたいでシブいよな

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 20:50:54 ID:e2FGlCdU0
>>32
宇宙将軍のスレってあるの?
無かったら立てようかな

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 21:52:05 ID:NoEf4iy/0
中華史上最強の英雄は宇宙大将軍侯景
http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/chinahero/1194569088/

立ってたけど落ちてるね

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/13(水) 22:05:27 ID:SXJdIOlE0
通鑑だと、王猛は面会後に桓温の部下として従軍してるんだよね。
最終的には「やっぱ合わん」と江南行きを断ってるけど。
しかしその箇所の胡注、
「ここで王猛を殺しておけば良かったものを」
はいくら何でも無いだろうよw
どうせ殺したら殺したで、
「あたら有為の士を殺すとは。桓温は所詮逆臣の徒、人の情を知らぬ」
みたいな注を入れたんだろうなぁww

ところで司馬光って、苻堅の批判になると凄く筆が冴えてる気がする。
最近は、「実は好きというかアンビバレンツな感情を持っていたのか?」と
疑ってるんだけどね…。

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/14(木) 00:21:12 ID:z+E4VxrB0
司馬光の人物評ってよく読んでいくと面白いよねw
訳分かんないとこにケチつけたりするし

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/16(土) 02:12:36 ID:9ZvWnQ5XO
しょせん野蛮な異民族風情が小賢しいwww
って感じだよな。
奇妙な美意識で筆が走る、走る、走る。

なんか愉しそうだよね。

51 :党国精英西門慶:2008/02/29(金) 23:06:56 ID:/3asWitp0
桓溫,祖逖,冉閔,劉琨,謝安,陳慶之,都是大英雄

至于狄夷禽獸之類,如石勒,縱然快意一時,但最終,不僅身死,並且族滅,被掃進歷史的垃圾堆,這是必然的

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/01(土) 05:54:13 ID:yn6yY7xS0
晋書桓温伝の和訳が無いようなので
いっちょ翻訳してみたろうかと思ったが
漢文を離れて幾星霜が経た俺には、荷が重かった……

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/16(日) 23:15:22 ID:/ccpPYfV0
しかし、戦績は凄いんだよな桓温

成漢攻略は言わずもがな
関中侵攻の北伐では、一進一退ながらも敵将苻萇(苻健の子)を討ち取っているし
洛陽快復における北伐においては、羌族姚氏集団を一蹴させている
北府軍も自陣営とは言え、きっちり政治的に弱体化するようにしむけており
大敗らしい大敗って本当に枋頭の退却戦ぐらいのような気がする

王猛や慕容兄弟たちがいなかったら、天下は目の前だったんだろうが
これこそ、実力足らずゆえの三国鼎立ではなく
英雄同士での高いレベルで拮抗した三国の抗争だったと思うんだよな

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/04/14(月) 20:17:58 ID:On+W6lbz0
枋頭の退却戦にしても、袁眞が故渠開鑿を失敗した結果、船による輸送が
できずに補給が途絶したのが原因だしね。
袁眞について調べてみると、桓温の政敵だった殷浩と親友関係みたいだ。
前燕への北伐では、東晋政府が推薦して、それを桓温が受け入れた形だね。
もしかすると、故意にサボタージュしていたのかもしれない。
戦後に桓温が激怒するのも、当然と言えば当然かも。
結局、袁眞は反逆して前燕に投じるわけだけど、袁眞としては
「東晋政府ふざけんな! 言われた通りやったのに、少しは守ってくれよ!」
という抗議の気持ちがあったのかも…と思う。

と言うか、補給途絶から三ヶ月も敵中に対陣し続けた西府軍が精鋭過ぎる。
もしも万全の状態で戦っていたなら、慕容垂・慕容徳の軍団と壮絶な戦闘を
繰り広げてたんだろうね。

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