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 【昏君】 中国史上最悪の皇帝は誰?

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 21:57:08 ID:KnJvkdaw0

 夏の桀王 、殷の紂王に始まり、隋の煬帝、宋の徽宗など、暴政で国を滅ぼした数多くの昏君
について語りましょう。

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 22:12:25 ID:1crxYZKJ0
皇帝ではないが毛沢東が最悪じゃないか。

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 22:42:15 ID:27kmyboW0
>>1
>暴政で国を滅ぼした

これでは朱元璋陛下の出番がないではないか!

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/16(土) 22:46:54 ID:aEtWbWJm0
公路様

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 01:14:29 ID:WbACVSqZO
>>3
事実上、彼の王朝は2代目で滅びてて、その原因を作ったのも彼
(まあ2代目も馬鹿だけど)

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 14:59:25 ID:jXc1JKVD0
建文帝、あれだけで馬鹿と言っちゃうのは可哀想じゃないか。
まだ若かったんだし。

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 15:11:41 ID:WcD61JCBO
相手も強すぎたしねー。
それにしても爺さんが有能の士を殺し杉田

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 15:19:46 ID:rnGQlFe10
             /;;;;;;;;;;;;;\
            /;;:::::::::::::::::::::::\
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         /j/三三三三三三三三三三ヾ
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        / ̄\ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′||   >>1-7
      r┤    ト::::: \___/     ||     よくぞ言った!
     /  \_/ ヽ:::.  \/    ,ノ     望みどおり貴様にも「凌遅三千刀滅九族」の号令を聞かせてやろう。
      |   _( ̄ l―---oo-――'"ヽ__   なに、記録も残らぬように血統も根絶する故、先祖の廟のことなら案ずるでないぞ。
      |   _)_ノヽ\  ハ // /    ヽ    
     ヽ____)ノ      ̄ ̄ ̄   /     ヽ


9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/17(日) 23:43:40 ID:qrRWnasI0
中国では前王朝の正史はその国を滅ぼして建った王朝が書く。
後の王朝は成り行き上、下克上とか主君を倒す形で建つわけだが
そういった行為は儒教的な道徳に反する。
それを「あまりの暴政に天の命がかわった」と正当化するために
前王朝最後のあたりの皇帝は軒並み暗君、昏君に仕立て上げて書かれると
聞いたことがある。
ゆえに王朝の最後の皇帝あたりは話半分に聞いといた方がいい。

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/19(火) 13:19:03 ID:CIHZPdyb0
明の万暦帝もかなりひどいよね。
前半は、せっかく優秀な宰相が財政を建て直してくれたのに。

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/19(火) 23:53:25 ID:sYvBvphZ0
嘉靖帝も。

明はろくでもない皇帝が長生きした。

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 02:11:30 ID:3uETIHUj0


このスレは太祖洪武帝陛下の御威光により
明の歴代皇帝を語るスレとなりました

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/20(水) 23:57:04 ID:XZXHt9vq0
明朝の歴代皇帝が最悪ということで。
初代からして、かなり最悪だし、ろくな皇帝がいないw

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/22(金) 23:58:37 ID:ITLaVHkw0
最初の皇帝の性格って、その王朝の性格を方向づけることが多いからね。


15 :名無しさん@お腹いっぱい :2006/12/23(土) 11:30:46 ID:y+4H9gCi0
>>13
明の皇帝の中で名君と崇められた者も、何らかの欠点を持った者達が殆んどですものね。
例えば、永楽帝の息子の洪熙帝は、靖難の変にて建文帝側についてた者達を赦免したり、
肥大化しすぎた永楽帝の政策を収束させたり、三公を復活させて皇帝独裁を制御させたりと、
性格の良さも政策能力も歴代では群を抜いてましたが、超が付くほどのピザデブかつ
病弱だった為に、即位後たった一年であぼーんしてしまったのが本当に惜しまれます。

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/28(木) 17:07:31 ID:oDoNLXsZ0
明王朝で名君と呼ばれる皇帝の実像。

洪熙帝=超が付くほどの肥満体の上病弱という欠点。永楽帝にダイエットを厳命されるほど。
宣徳帝=叔父の処刑方に見られる残酷性に加えて祖父譲りの宦官重用(宦官学校を創設)
弘治帝=恐妻家で皇后に頭が上がらず、終生他の妃を持てなかった。

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 15:21:40 ID:5EDwP+i+0
次の清朝の歴代皇帝たちと比べると、痛々しいねえ。

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 19:13:20 ID:ePE5s1RN0
清はクオリティ高杉

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/30(土) 23:55:16 ID:kRR1OPEt0
清朝の歴代皇帝は、少数派満州族による多数派漢族の支配という状況に迫られての、
クオリティの高さだったのだろうね。
前半の段階で、下手に昏君を出したら、すぐさま王朝の存亡に繋がっただろうし。


20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 00:04:06 ID:FSWYjzDb0
南朝の皇帝には酷い子が盛り沢山って気がするんですが

21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2006/12/31(日) 23:31:51 ID:Dki/eEXM0
>>20
梁の武帝ですら、いろいろとおかしなところがあったからな。

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 11:29:03 ID:Nnb6mejW0
武則天

王者で自身から来たとしても自分自身を尊大に称えすぎ。
物欲の塊のような人間だったのに、弥勒菩薩の化身とか見苦しすぎる。
仏教信奉者なら釈迦を見習いすべての地位を捨て、出家でもすればカッコよかったんだけどね。




23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 15:39:30 ID:2g8ps/M/0
有能だったから問題無し

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/03(水) 15:42:23 ID:2g8ps/M/0
というかそこらへんはなんか秀吉の臭いがするんだよね。
拠って立つ地盤が目に見える実力だけで大義名分が無い権力者が
自分を正当化するための政治手段。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 19:24:07 ID:mpk30ipu0
無欲を美徳とする仏教とは矛盾してるな。
欲望の覇者なら、我こそが至上の徳尊とでも思い込んでれば
それなりの格好もついた。
玄宗皇帝が西王母に言われたような醜さも備わってるな。


26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/04(木) 19:46:40 ID:ApxA3iCi0
武則天は一時期、仏教の影響で肉食禁止令出しているよ。
尤も実質はザル法程度の扱いだったけどね。

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/05(金) 04:27:45 ID:JqwwhNTg0
そりゃまあ、そんなの誰も守らんわな。

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/06(土) 23:57:47 ID:tbK0B4hv0
朱元璋

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/07(日) 10:32:22 ID:ci2vn3F40
宦官の専横を放置して土木工事に専念した天啓帝

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/08(月) 21:43:23 ID:n7EX44Hu0
>>29
正確には大工仕事なのよね。天啓帝の趣味は。

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 13:39:33 ID:AAJbYTFe0
朱元璋は一番勤勉的な皇帝だよ,毎日10時間以上仕事をやって,年中無休
始皇帝から以来一番勤勉な皇帝だ,しかし彼の相手は歴史規則,勝ち目がない.

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/09(火) 14:38:07 ID:4+a9Ykwc0
朱元璋は勤勉でも、子孫に勤勉なのが少ないねえ。

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 16:14:59 ID:Gf+yxlBT0
明の歴代皇帝は短所と長所のバランスが極端すぎるな

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 19:20:39 ID:armj8m+m0
隋〜唐時代も同じようなもんでしょ。
この時代は牝鶏がやけに騒がしくもあったが。


35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/10(水) 21:27:41 ID:OB+3q/+n0
晋〜隋の方が殺人大好き皇帝がたくさんいて非道いような。

36 :雲再世:2007/01/11(木) 01:36:01 ID:jFhSf94y0
劉邦が大嫌い

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/11(木) 02:00:55 ID:EyXRLaW10
漢の武帝って、国を滅ぼした昏君だよなぁ。
・無理な外征
・後継問題
・淮南王劉安謀殺
・極端な儒教贔屓

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/11(木) 02:30:53 ID:E83+aoA90
孫権の子供

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/11(木) 09:10:54 ID:66es3Vlx0
>>37
??漢は武帝のときに滅んでないじゃん。

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/12(金) 22:37:45 ID:XbsL62BE0
>>37
衰退のきっかけ作ったって意味ではそういう要素も有るかも知れん。

それだと、玄宗もだな。
武則天に登用されて、初期に主導権とってた官僚が優秀だったのに、
それを自分の力と勘違いして、
あの体たらくだからな。

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 10:28:25 ID:nu9C6DYC0
武則天自体が昏君だったから、いかんとも言いがたいな。
玄宗は武則天時代から続く牝鶏共の政治専横を一掃した功績は褒めるべきじゃないか?
「貞観の治」に続く、改元の治の発現も善政君主としての証。
後半が相当に廃れたが、反乱軍側の言い分を聞き愛妾の楊貴妃もしっかり処断してる。





42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/13(土) 11:32:36 ID:SzQSdMio0
>武則天自体が昏君
そうでもないよ。
呂后の時代もそうだったがひどい目にあったのは貴族とか上の方だけで
庶民に対してとか国政ではそれほど失策はしてない。
しかも人材登用などでは身分に拘らず、有能な人材も入れてる。
「牝鶏」の例えどおり、男社会の価値観から批判つかいちゃもんが多いだけ。
しかも武則天の場合、男の皇帝なら取り上げもしないような誇張された
性的スキャンダルで過度に貶められてる。

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/14(日) 00:33:48 ID:EZHJNfNX0
性格的には褒められた人間じゃないけどね、武則天は。
王大后や蕭淑妃の四股を両断し、酒瓶につけて死に追いやり
高笑いして政敵を廃した余韻に浸ったりする点は尋常じゃない。


44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/14(日) 03:26:11 ID:jw0Kq1Mw0
実母を杖で叩く皇帝とか、皇族を自分で殺しておいて泣く皇帝とか
自分に刃向かった儒者の一族皆殺しを本人の前で延々見せつける皇帝とか
性格的にロクでもない皇帝ならいくらでもいるが
武則天が生理的に受け付けられないのは「女」だからだろうな
みんな女の股から生まれてきた訳で

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/14(日) 10:13:39 ID:W2lZP61o0
>性格的には褒められた人間じゃないけどね
結局の所、女性の為政者を貶める場合はそこに行きつくわけね。
男の場合は性格悪い皇帝=昏君とは言われない

息子の嫁とり上げて国傾けるまで溺れまくった玄宗はどうなる?

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/14(日) 12:05:51 ID:EZHJNfNX0
武則天は何事も中途半端なんだよ。
名君とも言えず、昏君とも言えずといった具合に。
まあ、中国史上唯一の女性皇帝なんで珍しいケースとして
有名になったんだろうな。
前後の有名な皇帝と比較するならば、善政君主としては遥かに李成民には及ばず
悪政君主としては遥かに煬帝に及ばず。
武則天は女じゃなかったら、特徴のない普通の皇帝として史書に対して書かれることもなかったろう。
そうなると女であることが逆に格好の武器となってるな。





47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/16(火) 23:48:23 ID:bfRcKxn80
女の人で、中国の歴史好きな人がいたら、意見を聞いてみたいな。

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 06:28:41 ID:BKcp5W5N0
>女の人で、中国の歴史好きな人がいたら
なんかこういう事言う人って>>43みたいな考えもちそう。
藤水名子は中国史を題材に書くけど、視点がモロおっさん
あまりに紋切り型でつまらんよ。
女性マンセーしなくていいが、女性権力者はすべからく残虐とかそういうの
もう止めません?

49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/17(水) 19:09:55 ID:w8LQXWLD0
しかたないよ、呂后、武則天、西太后と女性権力者はほぼ残虐なんだから。
楊家将演義に出てくる遼の蕭大后は英邁な摂政として活躍してたけどね。


50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/19(金) 10:07:32 ID:tdYM/h9+0
史上最悪か
暴君っていわれる人間は反面天才的なとこがあるから何かしらの功績残してることが多いけど
プラス要素がほとんど無くマイナス要素ばかり目立つという意味では
暴君系だと金の海陵庶人
暗君系だと北宋の徽宗
徽宗は芸術点でプラスだけどそれは皇帝じゃなくてもできるし

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/19(金) 22:45:01 ID:rvbwXZyA0
>>暴君系だと金の海陵庶人
あれはクーデターを起こした世宗が海陵王の悪口を集めさせた結果なので、
話半分に聞いといて。何でも悪く言えば言うほど重く賞せられたとか。
海陵王は隋の煬帝タイプ 功績も有る。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/20(土) 15:28:00 ID:k24PaVG+0
それを差し引いても悪事と功績の差が一番大きいという判断

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/21(日) 23:55:50 ID:3Bb/3em00
>>49
あの男性優先の封建社会じゃ、残虐にならなければ権力を手に入れることができなかっただろうしね。

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 00:06:17 ID:u35ztlRSQ
まぁ毛沢東だな

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 02:58:16 ID:G8YnJe05O
戦乱や動乱期には、野蛮行為や残虐行為は平然と行われていたのではないかな?
ただ女性がそのような行為をすると、その意外性から残酷さが強調されてしまうのではないだろうか


56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 07:57:09 ID:QprEWKKOO
>>46
『煬帝が実際に悪政を行っていたかどうかは疑問である』
ってどっかの本に書いてあったよ

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 16:37:28 ID:1gzHZChK0
>>46

>9にあるけど、王朝の最後の方の君主は結局暴君か昏君にされちゃうんだよ

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/22(月) 20:33:31 ID:4iYX7Aso0
宮殿を建てるとか大工事を行うとかは中国では暴君のステイタスだから仕方ない

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 01:38:13 ID:Z7fklUc00
献帝は暴君でも昏君でもない気が

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 15:17:33 ID:Xzo2wus+0
>>59
献帝の父「霊帝」が昏君だ
理由:宦官(十常寺)を自分の兄弟みたいに扱って政治を怠ったから

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/01/27(土) 23:58:28 ID:A57kYueY0
>>59
あれは可哀想だわな。
宋の欽宗、明の穀宗ほどではないが。

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/06(火) 23:33:46 ID:+L+nj30P0
実は中国の歴代皇帝の大半が暴君なのではなかろうか

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 08:27:55 ID:z6zhpfYC0
いわゆる絶対君主で、しかも皇帝独裁を目指してたりするし。

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 09:12:31 ID:rdIgCeBk0
暴君じゃない方を挙げていった方が早いな、確かに。
……メジャーどころだと光武帝ぐらいしか思い浮かばないが。


65 :名無しさん@お腹いっぱい :2007/02/07(水) 15:42:00 ID:i7CcNavp0
晋の文公や後漢の光武帝のような名君、楚の霊公や隋の煬帝のような暴君よりも、
姜斉の景公や蜀漢の劉禅のような凡君の方が圧倒的に多かったりして。

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 16:25:23 ID:lI7IEVw40
石虎。
南北朝時期胡人的皇帝大多是敗類。

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 17:01:15 ID:z6zhpfYC0
>>65
そりゃ皇族に生まれた子がみんな出来がいいわけじゃないしね。

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 17:20:49 ID:4rWAbux40
若いころは名君でも年を取ったら頑固爺、というのも多いな

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/07(水) 17:25:34 ID:rdIgCeBk0
それなんて孫権?

70 :FANS:2007/02/07(水) 21:02:05 ID:c7p7mLke0
殷の紂王

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 00:11:06 ID:RilsFYht0
戦国時代 魏の恵王

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 00:18:44 ID:VO9HqkuhO
毛沢東で決まり

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/08(木) 00:52:10 ID:M8oit8+C0
幼帝はどうだろう。


74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/10(土) 23:38:40 ID:q7om0rGq0
中国の暴君の典型は、酒池肉林、巨大土木工事、遠征だな。

>>66
あの時代じゃ、仕方なかったんじゃないか。

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 00:02:46 ID:c1RivgvS0
毛沢東しかいないだろ?
あいつが今の卑屈な中共の基礎を作ったんだ。


76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/11(日) 23:51:38 ID:Wp3sCcEh0
毛沢東はいろんな文化を破壊したからな。
人類文明への犯罪とも言える。

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/16(金) 11:23:51 ID:rbzsIbLF0
袁世凱

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/16(金) 19:11:05 ID:vPWidXGB0
胡亥

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 17:48:04 ID:3KnCQlNW0
関羽

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/17(土) 18:08:31 ID:ejzZIK970
英宗正統帝を推したい。

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/18(日) 00:24:19 ID:jsTGif2v0
光武帝

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/18(日) 01:05:45 ID:i2BvxUTT0
>>81
王奔さん乙。

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/21(水) 23:56:01 ID:Kv0xm2bk0
暴君と聞いて、とりあえず一般的にイメージされやすいのが、
隋の煬帝じゃないかな。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/02/22(木) 16:40:15 ID:bE7pzgrV0
>>48
>女性マンセーしなくていいが、女性権力者はすべからく残虐とかそういうの
>もう止めません?


誰一人としてそんなこと言ってないだろうにw

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/06(火) 23:57:03 ID:jj31+fY/0
三大暴君

殷の紂王 ・・・・・・ 暴君の象徴

隋の煬帝 ・・・・・・ 一般的に国を滅ぼした暴君として有名

中共の毛沢東 ・・・・・・ 文化大革命

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/09(金) 19:01:25 ID:bSv/d8YA0

南北朝時代の南朝には1ダースくらいいるだろ

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/11(日) 23:56:14 ID:ytTibeqn0
南北朝時代は暴君の宝庫ではあるけど、全国政権ではないから、
代表に選ぶには、ちょっと不足感があるんだよね。

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 09:13:18 ID:7xtm2Nl6O
帝辛、煬帝、しこうてい、朱元璋

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 19:33:19 ID:P7c1PlRQ0
シコうていと朱重八は名君だろ

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/12(月) 22:32:55 ID:noreD3Ud0
後漢の霊帝。
官職売り飛ばすなんてやりすぎだろ

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 00:48:38 ID:FGudnycK0
皇帝ではないが宮城谷ワールドや左伝で悪名高い春秋の君主

楚の霊王
斉の荘公
晋の霊公
陳の霊公

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 01:53:57 ID:rp8XVdZh0
なんかもう霊王の一言で片付きそうだな。

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/13(火) 02:00:10 ID:nmmkRxRo0
諡号だけである程度予測できるからな
武霊王あたりは分からんけど

94 :名無しさん@お腹いっぱい :2007/03/13(火) 22:28:44 ID:/zlbulCw0
>>91
それにこいつ等も付け加えてくれ。

楚の穆王
楚の平王

斉の襄公
斉の景公

晋の詞
晋の平公

鄭の文公
鄭の釐公

宋の昭公


95 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 00:16:01 ID:vk6MflDi0
桀宋こと宋王偃
宮城谷「孟嘗君」や塚本「白起」での悪人ぶりお見事

時代は下って呉の孫晧

陳さんによれば始皇帝も暴君?
あの商鞅や韓非の法による古典的全体主義体制の支配は苛烈だった

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 11:05:38 ID:WSBoG5gt0
中国では女の権力者は悪く書くって決まってる
だから残虐行為を鵜呑みにするな

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 14:09:01 ID:fhHU3NXB0
むしろ中国三大悪女の呂雉、則天武后、西太后は屈指の施政者だしな。
封建社会がついこの間まで(下手すりゃ今も)続いてきた中国では女が男の上に立つなんて事が我慢ならない。

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 15:34:23 ID:Yax9+Bw3O
以上、悪代官でした

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 17:16:18 ID:8jzx0Ro/0
西太后は施政者としての評価は高いのか?

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 17:53:57 ID:SbeMKBUz0
愛国者的な人気はあると聞いた
三大悪女なんて言われるが

則天武后>>>>>>>>>(超えられない壁)>>>>>>>>>>呂后>>>西太后


だろ、政治的には

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 19:09:58 ID:q5CAdD3Y0
善政にしても悪政にしても中途半端だけどな。
その3羽の牝鶏共は。

102 :pgf@n99:2007/03/14(水) 20:20:26 ID:voWfmXBZO
劉禅を忘れてやいませんか?

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/14(水) 21:04:55 ID:SbeMKBUz0
え?唐の最盛期って則天武后の時代でしょ?

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 00:04:42 ID:ZA0OekcT0
アワワ・・・
釣りじゃ、分かりやすい釣りじゃ。

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 01:08:03 ID:DOnmtaNY0
>>97
西大后だけは、政界を泳ぎぬいたその謀略の才は認めても国家の指導者・施政者
としては落第だとしか。

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 17:21:13 ID:0ZGbovdm0
でも西大后はあの激動の時代に40年にもわたって権力を握り続け、
その間に同治中興って安定した時代を気付いてはいるわけだから。
変法運動を潰したのは失策かも知れないけど、政治に失策は付き物だろ?

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 17:42:19 ID:0Xf+r/P50
失策の程度によるだろうな
西大后の場合、致命的なミスが多いんじゃ…

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 18:53:30 ID:ZA0OekcT0
唐 李世民
清 康熙帝

武則天、西大后程度では超えられない巨大すぎる壁。



109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 18:59:38 ID:DTwtniVt0
李世民が落とせなかった高句麗を落とした武則天

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 19:00:38 ID:YPTYgdLq0
>>108
でも武則天、西大后以下の皇帝の方が圧倒的に多いんじゃないか?

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 19:38:20 ID:ZA0OekcT0
始皇帝、劉邦、武帝(漢)曹操、煬帝、李世民、李隆基、成吉思汗、愛新覚羅玄Y

ここらへんは確実に武則天、西大后以上の存在だろ。
煬帝は暴君だが、大運河の建設の功績とスケールはまさに皇帝そのもの。



112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:14:10 ID:DTwtniVt0
後半グダグダの玄宗が武則天以下はあり得ない
つか武則天と西太后をセットにしてる時点で無知確定だろ

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:26:30 ID:NUI05Pp50
馬鹿の1つ覚え
血中

反権力者は馬鹿であれ(馬鹿の正しい使用法)

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 20:49:57 ID:bCHF8yR00
武則天と朱元璋が結婚したら最高のカップルになっただろう。

武照「貴方?明日は誰を粛清しましょうか?」
朱重八「そうじゃな。そろそろ李善長辺りにするか?」

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/15(木) 21:03:24 ID:LFtcrPsX0
>>111
帝国が傾き始めたら自分の仕事を放棄し現実逃避した煬帝は君主失格だろ。
農民に減税などしてるし個人的には煬帝は暴君というより、お坊ちゃま皇帝だな。
幾分かの才能があり、やる気もあったが、一度つまずくとどうにもならず、最後には仕事を投げ出してしまう。

玄宗は国を滅ぼしかけた男だぞ。功罪比べるとマイナスのほうが大きいだろ。
それに比べて武則天は朝廷外には混乱を及ぼしてない。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:02:05 ID:QIFaySDV0
玄宗は武則天時代から続く国害の排除、李成民の貞観の治の再来を思わせる
開元の治と称えられた善政はスルーですか。
武則天は女性皇帝だった。以外になにか特別なことやってたかね〜。
女性皇帝という珍しさのみで目立ってるようなもんじゃないの?
密告箱作ったり、配下の残忍な獄吏が民衆に嬲り殺されたりなど
あんまりプラス要素のあるイメージが沸かないんだが・・・。


117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:25:48 ID:IkQ2demh0
北門に寒門の若者集めて資料の編纂や事務を手伝わせ
見込みのあるものを引き上げて政治に使った
玄宗皇帝の前半の政治に活躍した政治家・官吏は殆どが武則天の採用した人材
姚崇、劉知幾、蘇?、張説、宋m……みな武則天が登用した人材である
それが枯渇した玄宗は李林甫や楊国忠、安禄山を信任し、国家を破綻させた
結局のところ玄宗には与えられた人材を上手く使うことは出来ても、育てることが出来なかった

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:32:56 ID:4Lryoxzw0
呂后と呂布が夫婦だったらとんでもないことになってたな

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:41:47 ID:ofjv99Hc0
玄宗は確かに開元の治の善政は評価されるべきだが、
節度使制の導入と人材登用の失敗によって安史の乱を引き起こし、
後々まで大唐帝国を悩ませることを考えると…

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:46:24 ID:gT3TajD20
でも玄宗は暴君って感じじゃないよな
その点、魏晋南北朝あたりは凄いの揃ってるよ

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:48:18 ID:YJgSEwex0
>配下の残忍な獄吏が民衆に嬲り殺されたり
逆じゃないと暴君とはいえない


122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 00:55:13 ID:IkQ2demh0
武則天の政治時代は実質的に政治に口出ししてた高宗の皇后時代から数えると実に半世紀に渡る
密告箱は庶民の生活を苦しめる貴族・豪族を糾弾するものであるので、庶民は悪徳な搾取から逃れることが出来た
庶民まで対象の明の密告制度とは異なり、官権に的を絞った密告制度なので国民を安らかにした
当時、唐の朝廷を牛耳っていたのは建国の功臣の子孫である関隴貴族集団であったが
無能と功績だけを誇る彼らを排除し、実務家を登用した。その証拠に武則天の治世において農民反乱は一度もない
李勣の孫の徐敬業などはその典型で、武側天に対してお粗末な反乱を起こして始末されてる
逆にその際に檄文を書いた駱賓王の才能を惜しんでるコトからも彼女の能力主義が伺われる
彼女は改称嗜好が強いコトが有名だが、天子を天皇、皇后を天后と同列にしたりするのは男女平等思想の先駆けと言えるのかも知れない
その出自から武則天は庶民生活をよく知り、貴族の無能さを良く見抜いた。その点で漢の宣帝と通じるものがあるだろう
彼女の愛民政治の結果、唐の国力は最盛期を迎え、軍事的にも高句麗を下し、突厥を破った。
文化的には仏教が隆盛し、正に“世界帝国”の唐が生まれたのだった

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 17:21:10 ID:qcPLLhxnO
唐は李世民が過大評価
武則天が過小評価
李淵が空気扱い
される傾向にある

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/16(金) 23:46:52 ID:bZ1szuKd0
李淵は何だか情けないオヤジにされた感じで可哀想。
功績はほとんど息子に取られちゃったし。

一概に比較できないけど、総合的に見たら、
李世民と武則天で互角じゃないかな。

李世民は国を創成し、武則天は国を長期間安定させた。

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 01:25:39 ID:0AzjebXg0
でも唐の創世って李淵、李建成、李世民の三人で作ったもんじゃんないかな?
親子三人のうち誰か一人欠けても成立出来ないとおもうんだよね

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 01:56:11 ID:7NR9qiC30
李世民って名君とか優秀な人物とかの話題になると必ずといって出てくるけど、
あまり熱心に語ってる奴いないよな。
なんか嫌われてる印象があるんだけど、中国ではどうなんだろう。

唐で最悪の皇帝って誰だろう?
一通り見てみたが無能な皇帝ならいるが「最悪」って言うような能動的に悪政をした人はいないみたいなんだけど。

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 02:04:09 ID:0AzjebXg0
能動的に悪政をした皇帝がずっと皇位に付けるはずがないじゃないか?
そんなん唐じゃなくても長期政権においては皆無だ

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 23:34:56 ID:pJBruhX20
>>127
長期政権の明ではすばらしい皇帝がたくさんいますよ。
この王朝、政務に励んだ名君は短命で治世が短くて政治にあまり携わらずに
側近に投げているような皇帝の治世は長いのがなんとも。
武宗正徳帝なんて他じゃまずお目にかかれない。

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 23:40:35 ID:0AzjebXg0
だからそういうのって暗君っていって能動的に悪いのは暴君じゃないか

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/17(土) 23:49:38 ID:SZYBkmk10
武則天は調子こきすぎたけどな。
勝手に王朝を創り上げたが短期間で叩き潰され
再び「唐」に時代が戻ったあたり、我侭が過ぎる子供が諭されたようにも思える。



131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 00:27:06 ID:ilUq+UQF0
能動的に悪政をした長期政権……漢の武帝

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 11:30:39 ID:nB0fyFDH0
>>131
守成時代の皇帝だからな、武則天は。
新王朝を興す時を全く弁えてなかったあたり
創業の王としては無知無謀極まりない。
民政を安定させ、優秀な人材を発掘、高句麗まで降しておきながら
何故「唐」の存続に素直に尽くせなかったのかも疑問。
所詮は駄々っ子皇帝に過ぎなかったってことかね?


133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 14:20:47 ID:xZsamMHP0
明と実が離れてるのを改めて何がいけないのか、そんなに必死になる方が判らないな
唐周革命が国家の致命的になるなら兎も角、そうじゃないし
嫁が超エリートで旦那がヒモの夫婦が居たら、君は姓は絶対男じゃないと駄目って言うの?

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 14:55:55 ID:xZsamMHP0
ダイエーホークスがソフトバンクホークスに変わったって、選手やコーチが変わるわけじゃないんだし
それに、「唐」なんてまだたかだか数十年しか経ってない王朝にそこまで義理を尽くす必要なんて無い
唐自体、外従兄弟の隋から奪った政権なんだし
心情的なコトを言えば、自分の子供まで殺して奪った玉座なんだ。拘って何が悪い
兄を殺し父親を監禁した李世民や、姉を殺し父親を監禁した李隆基はその後名君たらんと必死だったね
そこら辺が女と男の違いの様で面白いんだが
武則天にとって自分が「周」で旦那が「唐」だった。それだけだろ
本気で「唐」を潰す人間が皇帝と皇后を対等に置かないし、あんなに李氏と高氏を血縁的に結ばないし
あれだけ鋭い観察力をもった人間が狄仁傑の様な「武則天が死んだら唐に戻るよ」って考えてる奴を
殺さないで使い続けて、最後は高宗の一緒の墓で眠ってる(これはどこまで本人の意思か判らないが)
それを人間的というか無知無謀というか、カラリとしてると言うか駄々っ子と言うかは人それぞれだけど
俺は無知無謀の駄々っ子皇帝はむしろ玄宗にピッタリだと思うけどね

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 15:50:31 ID:2RB9A/S70
>>134
落ち着け。言ってることが支離滅裂だぞ。
前半で玉座に拘って何が悪いと言いながら、後半では唐を潰す気はなかった、って矛盾してるでしょ。

>嫁が超エリートで旦那がヒモの夫婦が居たら
その認識はおかしいだろ。高宗は大唐帝国の皇帝なんだから。
言うならば大会社を継いだ坊ちゃんとそのやり手の嫁さんってのが正しい認識だろ。

>本気で「唐」を潰す人間が皇帝と皇后を対等に置かない
別に唐のためにやったことじゃないでしょ。
自分の皇后という下の立場を皇帝という上の立場と対等にして、その後簒奪してるんだら。

>ダイエーホークスがソフトバンクホークスに変わったって
大事なことだから則天武后は唐から周に変えたんでしょ。
いくら趣味が改名だからってただ名前を変えたかっただけって訳じゃないだろ。
それならそれで面白いが…
「名」ってのは大事だよ。貴族連中の存在意義のようなもんだもん。

>唐自体、外従兄弟の隋から奪った政権
隋唐の場合と全く状況が違うよ。
まず隋の政治の失敗で天下が乱れて唐が出てきた。
則天武后の時代では別に唐の世の中が乱れてたわけじゃないからね…

まぁ、その状況でも一時的に簒奪を成功させた手腕は見事だけどね。

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 17:12:41 ID:vigV1aHQO
いや言いたいことは大体わかるけど。
武照さん、平民出だし貴族感覚なんてわかんねーだろうよ

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 19:22:35 ID:nB0fyFDH0
だから軽々と時節を計る事もなく王朝なんて作っちゃたのかもな。
まあ、性根は腐ってるが暗君、暴君ではないな武則天。
名君というほどでもないが。


138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 19:45:46 ID:xZsamMHP0
>>134
区切ればよかったね。こんな風に

>ダイエーホークスがソフトバンクホークスに変わったって、選手やコーチが変わるわけじゃないんだし

>それに、「唐」なんてまだたかだか数十年しか経ってない王朝にそこまで義理を尽くす必要なんて無い
>唐自体、外従兄弟の隋から奪った政権なんだし

>心情的なコトを言えば、自分の子供まで殺して奪った玉座なんだ。拘って何が悪い
>兄を殺し父親を監禁した李世民や、姉を殺し父親を監禁した李隆基はその後名君たらんと必死だったね
>そこら辺が女と男の違いの様で面白いんだが

>武則天にとって自分が「周」で旦那が「唐」だった。それだけだろ
>本気で「唐」を潰す人間が皇帝と皇后を対等に置かないし、あんなに李氏と高氏を血縁的に結ばないし
>あれだけ鋭い観察力をもった人間が狄仁傑の様な「武則天が死んだら唐に戻るよ」って考えてる奴を
>殺さないで使い続けて、最後は高宗の一緒の墓で眠ってる(これはどこまで本人の意思か判らないが)
>それを人間的というか無知無謀というか、カラリとしてると言うか駄々っ子と言うかは人それぞれだけど
>俺は無知無謀の駄々っ子皇帝はむしろ玄宗にピッタリだと思うけどね



一段目は比喩
名前は大事っていうのは所詮貴族の価値観であって、武則天政権時に活躍した政治家はこの傾向を持ってないし
「唐」を大事にしたかったのは関隴貴族集団で、後の連中が名前に括るのは建前だろ
そんなに名前が大事ならそもそも最初の魏晋革命からすんなりいかないことになる
大事なのは自分の利権、あるいは自分が手腕を振るえる場所

だって当時の「唐」にそんなブランドは無いよ?歴史を知ってる俺らからすれば「唐」は世界帝国で長期政権だけど
隋唐末の混乱期を経て成立した「唐」がこれから「漢」のように続く保証はどこにもないんだからね
高宗は大会社を継いだけど、その会社はあくまで独立したての新興の大会社であることを忘れちゃいかん
「隋」っていうでっかい船が沈みそうになったから取り敢えず「唐」という船に乗ってる
溺れなければその船が「周」になったって構わない。これが貴族の考え方だから、
任侠の竇建徳は殺されて、貴族の王世充は生かされた。そういう連中なんだよ、貴族って
これが二段目。当時の目線で書いた

三段目は個人的ないわば小説的な見方
女性の権力者的な執念的な部分と、開き直り方が魅力だと俺は思ってるんで

四段目
「唐」と「周」が対等だってこと
本当に「唐」を消してしまうなら皇后>皇帝にするだろう?そうして初めて唐は周に服属する形になる
別に武則天が「唐」を大事に思ってた訳じゃなくて、自分が「唐」を背負うのが嫌だった
だって自分は「唐」に関係ないし、それなのに自分がやったことが全て「唐」に帰属されてしまうのは結局
皇帝(男・唐・既存勢力)に皇后(女・周・新興勢力)が負ける、奪われるコトなんだから
そんなのプライドがゆるさんだろ。それは権力志向の皇帝なら普遍的に見られる感情で
それを駄々っ子っていうのは、先に武則天が女性皇帝で異端の存在というフィクターをかけてるんだよ
だから別に武則天ってのは極端な女性主義者でも、旦那を踏み台するろくでなし女でもなく
平等な法家主義者。男の高宗より女の自分の方が優れてたからトップにたって周を立てた
それが次の代で男系に戻って「唐」を名乗りたければ名乗ればいいという言う割り切り方を本人はしてたんじゃないかと
その次の代では女の太平公主と男の李隆基皇太子が争ってるだろ?
これは武則天がつくった女性参政権の証のような物だと思わないか?


139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 19:54:27 ID:nB0fyFDH0
すまん、もう俺が悪かった。
狂信もそこまでいくと大したもんだ。


140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 20:34:42 ID:xZsamMHP0
判りやすく説明すると長文になってそういう風に言われるだろうとは思ったさ

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 21:38:40 ID:cEVMcx2y0
そもそも中国の皇帝で、粛清を行わず民政に力を入れたやつなんているの?
在位1年未満とか傀儡とかを除いて。

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 21:41:03 ID:/JyIsmUf0
宋の太祖は?

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 21:44:52 ID:cEVMcx2y0
>>142
ああ、そういや他スレでそんな話になった時、その名前が挙ってた。
完全に忘れてた。d。

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 22:11:43 ID:n7RI/xuQ0
>>141
劉秀ぐらいじゃねえの 有名どころでは

則天武后は名君ベスト5に入る実績はあると思うよ
光武帝・清聖祖・唐太宗・武則天・清世宗

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/18(日) 23:41:49 ID:nB0fyFDH0
>>141
康熙帝は粛清とかやったっけか?
>>144
始皇帝、項羽、劉邦、漢武帝、曹操よりも武則天は下だろ。
実績だけなら煬帝もランクイン可能だと思う。
まあ、マイナス要素がそれ以上だけどさ。


146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 01:20:19 ID:3P72fm9Z0
煬帝が持ち上げられてるが隋なら父親の文帝の方が圧倒的に優秀だろ。
隋がすぐ滅んだせいで目立たないが分裂していた中国の統一し、
内政面でも抜群といっていい功績を挙げてる。
煬帝の大運河も文帝時代に国政を圧迫しない程度に始めてたし、科挙制度を始めたのも文帝。
開皇の治とまで言われたのに、息子がいろんな意味で目立ってるから…

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 01:43:27 ID:JbH7dKKf0
激しく同意する。
文帝は家庭人としてヘタレだがケチである以外は模範的な皇帝だった。
息子が目立って隠れるのは李淵に通じる物が……

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 03:18:38 ID:JbH7dKKf0
ID:nB0fyFDH0のいう実績って、何か残したってコトなのか?

始皇帝→万里の長城
項羽→?
劉邦→?
漢武→匈奴撃破
曹操→魏武註孫子

やっぱワカンね。わかるように説明求めるわ。
ゲームのように戦争強ければいい記号としての“君主”なのかしらね?>項羽
漢武帝なんてこのスレタイにピッタシのタイプの悪徳皇帝なんだがな。
利益の無い対外行動で国家財政破綻、増税、酷使、民衆は耐えかねて反乱、宰相は首切られる
それも対外戦の司令官は寵姫の縁者だからな。衛青は成功したけど李広利なんてとてもとても……



149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 04:05:26 ID:/y4G0w1z0
始皇帝、項羽、漢の武帝あたりは間違いなく上だろうな。
このスレのランク付け的には。

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 18:44:26 ID:T12FbXqW0
>>145
項羽は武将としては優秀だけどどう見ても名君じゃないだろう。
曹操は支配領域が狭いし業績もこの中で一番見劣りする。そもそも皇帝じゃない。
漢武帝も名君とはいえないよ。

項羽も漢武帝も名君より暴君よりだろう。どうみても
武則天の方が善政を行っている。

秦始皇帝は度量衡の統一と文字の統一という偉業があるけど名君なのかといわれると??
漢高祖も偉大な皇帝ではあるけど政治的にあまり何かやったとはいえない。

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 20:02:46 ID:1qmoz0pk0
いつの間にか政治で結果を残す、否の選定になってるな。
天下統一を果たした皇帝とかの評価はどうなってるのかな?


152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 20:57:03 ID:T12FbXqW0
名君と暗君の評価は政治に帰結しないか?名君は国を興隆させ暗君は国を傾ける
暴君は粛清や民を虐げる君主。粛清によって国の改革をして国を発展させたのも何人かいるけど…

戦争に強い弱いは別の尺度では?戦争に弱かった宋でも国は豊かで文化も発展した。
ある程度の治安を保つのも重要だけど名君と暗君の差に戦争の強さはあまり関係しないのでは?
そのへんの評価は名将とか愚将としての評価では

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 21:34:18 ID:r0Djoy+K0
じょあ劉秀や李世民や趙匡胤も暗君か

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 22:09:35 ID:JbH7dKKf0
なんでねん
劉秀は奴隷解放宣言だして新末の混乱で没落した人間を復帰させて生産力を上げてるし
趙匡胤は長年の課題だった節度使問題をほぼ片付けたのに

名将で名君じゃないか

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/19(月) 23:50:49 ID:iua/T2O90
漢武帝
唐玄宗
清乾隆帝

この3人は何かと比べられるけど、自分が名君だという意識も強そう

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 01:14:24 ID:MIGNnr5s0
その三人のころは全盛期だけど
実際に名君だったのは前の世代だったりする感じか?

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 01:22:13 ID:xsHWcaih0
国力のお陰で致命的なボロにはならなかったってトコだな
玄宗のぞいて

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 16:28:38 ID:6CKmVTYFO
曹操は何が優れてたのか今イチ掴めないんだよなぁ……
政治・軍事万遍無く良いんだけど、どれもパンチに欠けると言うか。
政治的には屯田兵の確立が第一かな。
でも匈奴を内地に入れたのも曹操なんだよね。五胡台頭の温床なんだよな。
まあ、直接責任は間違いなく西晋だけど。
政治的には息子の方がしっかり形にしてる。
軍事は官渡で勝って長場越えて外征してるのに
赤壁と漢中で采配ミス。
プラスマイナスでプラスなんだけどさ
劉邦なら采配、劉秀や趙匡胤なら調停、李世民やヌルハチなら軍事、朱元璋なら政治みたいな
歴史の中でも突出したもんが無い。あえて言うなら文人かも知れない。

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 18:55:10 ID:jCY80lCk0
則天武后、正確は最悪だけどな。
スレタイの表記もアバウトだし、どっちかといえば最悪皇帝扱いでいいんじゃね。
誉を持って称えるほどでもないよ。



160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 19:17:05 ID:6CKmVTYFO
どこまでいっても認めたくないらしいw

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 19:22:44 ID:YNmtFtOL0
>夏の桀王 、殷の紂王に始まり、隋の煬帝、宋の徽宗など、暴政で国を滅ぼした数多くの昏君
について語りましょう。

って一応>>1に書いてあるけどね。昏君は検索かけると馬鹿殿らしい。
蕭宝巻なんかは死後東昏侯なんて贈られてるし…

人格者の皇帝なんて少ないよ。
各統一王朝の初代皇帝で何とか人格者と言えるのは劉秀を趙匡胤ぐらいかな。

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 19:28:46 ID:jCY80lCk0
>>160
しょうがないな・・・。
2ch世界のみなら名君扱いで妥協しといてやるよ。
視野狭窄ってのは怖いな。



163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 19:42:11 ID:6CKmVTYFO
一方的な勝利宣言キタ!

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 20:09:36 ID:xsHWcaih0
>>161
劉秀は妹?を助けるために官吏を、趙匡胤は料理人殺してたと思う
まああの漢の宣帝ですら最後の方は金飲んでちょっと狂い気味だから
完全なまでに人格者とはいかないんだろう
差し引いても劉秀と趙匡胤の人の良さは際だつし(特に趙匡胤は中国史上もっとも殺伐な五代十国を生きた人間とは思えないね)


>>162
まぁ劉備が善玉、曹操が悪玉程度の一般認識だと則天武后は最悪皇帝でしょうけど
しかし今時分、ウィキにすら評価を得てる側天武后を中英板で最悪皇帝扱いねぇ、ふ〜ん
前漢成帝とか西晋恵帝とかが好きなんだろうなぁ
良二千石のコトなんでどうでもいい皇帝が

しかもこれで>>145と同一人物だったら笑い転げるわ
始皇帝や項羽が生き埋めにした人数や曹操が殺した徐州の人数と武則天の殺した人数どちらが多いのか
だいたい、その手で一番最初に上げなきゃならないのは永楽帝でしょ
方孝孺の一族800人を本人の目の前で残らず虐殺、使用人や門弟に至るまで殺し
女は北方の軍隊の慰安婦にさせられた。書いてるだけで胸くそ悪いが


165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 20:14:03 ID:jCY80lCk0
>>164
有難う!どうやら、俺には釣り師の才能もいささかばかりあるようだ。
大した餌を与えたとは思ってなかったんだけどね〜。


166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 20:45:38 ID:6CKmVTYFO
釣り宣言キタ!

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 22:39:54 ID:ve90p0ji0
論理的に反論できなくなってからの釣り宣言は
敗北宣言、もしくは「チクショウ、覚えてろよ」と同義とみなします。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/20(火) 23:56:10 ID:jCY80lCk0
なってないな、お前ら。
そういう時はな、昔の長州みたいに
「きれてないっすよ!俺をきらせたら大したモンっすよ!」
みたいな返し方しとけば怒気を満面に張らしていても
俺の簡易な釣り程度、簡単にスルーできるし場も和むだろ。


169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 06:29:02 ID:wJCxz2oi0
霊王とか霊帝、哀帝、後主と表記されている連中は暗君ぽいのと傀儡だらけだね。

永楽帝は純軍事的な将才で中国歴代ベスト10確実な名将なんだけどね。
反乱に至った過程も同情できる。方孝孺のエピソードが瑕疵になってるね。
ティムールとの大会戦が実現していたらどうなっていたかな…

則天武后時代からの業績を加味すると武則天は名君ベスト10でも上位に入る最高レベルの名君だよ。


170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 06:38:30 ID:dkDYyR0A0
>>168
顔真っ赤にして何言ってんだかwwwww

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 11:49:31 ID:WVTELdiD0
武則天は損をしてるよな。
知らない人が初めてその業績に触れようとすると
大概の本では残忍な性格がクローズアップされてることも多い。
世にも残酷な物語とか世界悪女列伝など、そういう系統の本には
毎度の如くレギュラー出演を果たしてるのもイメージダウンしてる。
だからといって関帝のような万民の寵愛を受ける大英雄とも言えないが
もうちょいプラスイメージで見られてもいいと思う。
李成民と李隆基の間に挟まれてるのも更に損をしちゃってるんだろうなあ。
この二人には不思議とマイナスイメージも美談となって語られることもあるからな。


172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 16:15:48 ID:dkDYyR0A0
即位の際には実兄、実弟を粛清、一部の息子を偏愛して長子をあたら無駄死にさせる。
度重なる高句麗遠征には失敗続きの李成民

息子の嫁を奪って妾にし、胡散臭い外国人を取り立てて、
二人に堂々と浮気?されても放置状態。
政治の乱れを呼んだ挙句、内側から反乱起こされて国内大荒れの李隆基
政治面以外の、それこそ誰かさんが武則天を貶める理由の「性格」も
そんなに立派じゃないよねこの二人。


173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 16:46:26 ID:wJCxz2oi0
李隆基はお忍びで町を出歩いたとか面白いエピソードがあったり陽性で憎めない奴という感じ。
それに対して李世民は兄弟殺しや歴史を捏造して父や兄弟の功績を奪ったりと陰湿な面がかなりあるね。
兄を殺したことに引け目を感じて自分が兄以上の名君であるという宣伝をしたくなったのかな?

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 18:44:42 ID:vCJbaLmP0
憎まれない奴で済まされないと思うんだ>玄宗
王衍(西晋)とそんなに変わらない精神構造してるし
皇帝じゃなかったら「君の名声は四海を蓋い、重任にあった。
此処に至って政治には与らなかったなどとどうして言えるのか」
と真正面から言いたかった奴が何人いただろうと


175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 19:21:38 ID:WVTELdiD0
西泰王爺という名で道教神に祭られてるあたり玄宗はそれなりの人気者なんだけどね。


176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 22:37:13 ID:zJgCj7z+0
>>158
匈奴を内地に入れたのは曹操だけでなく、それ以前から後漢朝がずっと行ってきたことですよ。
曹操が初めて行ったわけでもなく、曹操が最大だったわけでもない。なのに何故か曹操の責任に
される。

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/21(水) 23:09:50 ID:vCJbaLmP0
曹操が最大だったよ、アレ
ソレまで内地に入ってた異民族をより多く、より内地に入れたのは曹操だよ

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 00:30:10 ID:5vHM4vnZ0
最悪なのは真面目で帝国に幻想をもっている奴。
明の正徳帝や万暦帝は、何もせず遊び呆けてる分害が無い。
ニコライ二世やウィルヘルム二世みたいな、
古き良き帝国を目指して働く奴が一番駄目。
つまり中国で言えば王莽が最悪ってこった。

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 21:59:12 ID:7pgPqPGy0
宋の徽宗は描きが上手だ。

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/27(火) 23:42:44 ID:GsdWpAKs0
皇帝ではないが・・・・。
自らの王朝を打ちたてようとしたフシがあり、その死後には
「文宣王」という称号を与えられて擬似皇帝(or擬似神)に
祭り上げられ、歴代の権力者からもそれを承認されていた孔子は
どうだろう?
彼と、その発明である儒教が世に出なければ中国人の精神性が
ここまでぐちゃぐちゃになる事もなかっただろう・・・。

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/28(水) 00:36:10 ID:/SOGlbZW0
袁術じゃないかな


182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 08:25:19 ID:qz8iYDJKO
漢代以降、儒教の考えに背いたやつは否応無しに悪人として記録されてる印象がある

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 18:13:21 ID:DJ55+lNz0
中国でみるならば儒教が中世西洋のような「閉鎖的かつ沈滞的」な空気が発生するに
あたっての最大の原因の一つになっているのは間違いないと思う。

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/29(木) 23:30:18 ID:AQSbmDXX0
漢武帝の罪重し

やっぱコイツが最悪の皇帝でいいや

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/03/31(土) 17:54:32 ID:EZc6xv770
中国を完全に儒教色に染めたのは王蒙と光武帝からだろ

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 11:49:22 ID:bsvkTdkV0
劉cは?

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/06(金) 16:20:33 ID:2ypVhSdH0
どうでもいいことだが、「武則天」という呼び名が一時期流行したが、
「武」(名字)+「則天」(贈名)という組み合わせはイマイチだということで
最近ではまた学者の間では「則天武后」という呼び名に戻ったらしい。

もう、則天皇帝と言ってしまえばいいと思うけどね。

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 19:08:14 ID:TZ1n1uAN0
>>187
謚+皇帝は言わないことはないと思うけど、やっぱり一般的じゃないんでないかい?

あれ? よくよく考えたら、謚は則天大聖皇后で皇后扱いだから武則天て廟号なし?
皇后扱いだからじゃなくて後継者が居ないからか?
謚号も随分変遷しているみたいだから、唐王朝も扱いに困りかねてたんだろうなぁ。

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 23:46:23 ID:hHA9crCA0
武則天は存在自体がややこしいからね。
唐を滅ぼした張本人であると同時に、
その唐の皇帝の実の母親でもあるわけだし。

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/04/08(日) 23:56:13 ID:Z66brOwn0
まさにカカア天下な人だったからなあ。


191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/03(木) 13:58:28 ID:7vR9glSL0
武則天退位後も武氏を排除することができないほど、
複雑に結びついていたからね。

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/19(土) 23:36:52 ID:67T0udbi0
始 皇 帝

諸悪の根源はこいつだろう。

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/20(日) 01:17:28 ID:e8RnJnU40
最悪というのがマイナス50点だけの皇帝なのかマイナス100点だけどプラスも100点ある皇帝がで変わってくるよな

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/24(木) 09:58:11 ID:pnSnIZDw0
>>193
100点満点のプラマイで点付けてみて、和を求めてマイナス点が多い奴とか?

プラス0点・マイナス50点ならマイナス50点
プラス100点・マイナス100点なら0点

いずれにせよマイナス面だけ見てプラス面を評価しないのは公平ではないわな。

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 11:51:58 ID:jGRWNJcl0
普通に劉c

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 13:39:13 ID:1+/ChiKk0
後漢太祖

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 16:06:24 ID:CSTbgl8G0
曹操

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 23:56:28 ID:14tsxI030
始皇帝 vs 毛沢東

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/26(土) 23:57:47 ID:qlu4yhT80
>>198
始皇帝に謝れ。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 02:34:30 ID:/4yXNTQ30
ラストエンペラー

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 02:50:52 ID:epXNfG4E0
>>200
即位年齢、退位年齢を知っているのか?

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 08:53:04 ID:00LYXw96O
イエローエンペラー

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 10:28:21 ID:LPa5uFYp0
メグローエンペラー

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 11:28:50 ID:+w2hqe0y0
始皇帝とラストエンペラーははっきりしてるが、
ちょうど真ん中にくるのって誰?

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/05/27(日) 15:50:34 ID:6MTOZDWRO
スターリン

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/18(月) 23:12:11 ID:oFXeSC450
>>204
宋代から本格的に近世が始まったという意味で、
宋朝太祖趙匡胤を推したいな。

何だかんだで300年王朝の開祖なわけだし。

他に候補がいるとしたら、漢朝高祖劉邦、唐朝太宗李世民、唐朝玄宗李隆基、
明朝太祖朱元璋とかかな。

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:45:50 ID:60ngvW9r0
先秦

秦漢
魏晋南北朝
隋唐
五代十国
北宋vs遼
南宋vs金

明vs北元


民国以後

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/19(火) 00:49:44 ID:60ngvW9r0
中世の終わり、近世の始まりという意味で個人的には柴栄か耶律阿保機かな。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/20(水) 23:58:20 ID:UhWkePy30
能力はともかく知名度ではマイナーの域をでないから始皇帝や溥儀と同列にはしずらい

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/06/26(火) 22:24:11 ID:kUh6hsY90
やっぱ真ん中に置くなら、知名度もそれなりのものが欲しいね。
柴栄は長生きしていれば、文句なしに真ん中の皇帝になれた可能性高いけど。

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/02(月) 00:04:49 ID:M6aXLGJN0
知名度もあわせるとやっぱり李世民あたりが妥当
でも唐だと真ん中あたりでもないよな

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/24(火) 23:55:23 ID:miEE0uhy0
李世民はちょっと前過ぎるかな。
二代目というのも何となく中途半端だし。

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 05:57:12 ID:U41mliLuO
真ん中は唐の中期位だった気がする


214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 10:54:58 ID:wd2qhs3IO
楊貴妃とのロマンスが有名な玄宗に一票

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 11:20:47 ID:EKPdddVG0
李隆基は、前半がしっかりしていて、後半が堕落してしまうあたりが、
また魅力だね。

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 14:21:36 ID:B/QFCa+wO
明の皇帝って追い込まれるまで何もしないタイプが多いんじゃないか?

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/25(水) 16:04:14 ID:3pGDD17d0
崇禎はむしろやりすぎで台無しにした感がある

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 01:35:48 ID:hfvoLzKZ0
敢えて弁護するけど、後漢霊帝はそれほど暗愚ではないよ。
売官も国費賄うためにやったことだし、政治にも積極的だったし、皇太子選びにも見る目があった。
むしろ暗愚だったのは前代の桓帝の方だろう。

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 02:01:28 ID:Yxfzl+at0
霊帝の霊ってどういう意味でつけられたんだろ
まがりなりにも跡継ぎがいて30年ぐらいは続いてるのに
他に霊帝とか霊王なんておくられた皇帝いる?

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 02:17:48 ID:uKbxIaR00
うろ覚えだけど、「乱而不滅」を霊と言った気がする。まさに後漢霊帝にぴったりんこ

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 10:41:53 ID:3q2iedC5O
霊「公」はいたよーな気が。皇帝の諡としては後漢が唯一のはず。
確か霊の字の諡は余り善い意味は無かったと思うが。

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 13:59:08 ID:g9ncVDNF0
>>217
あの状況で引き継がされて可哀想だけど、
焦りすぎたんだよね。

もっと落ち着いてやったら、後何年か明朝の寿命は引き延ばせたかも知れない。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/26(木) 19:15:48 ID:rYUPEvek0
丹波哲郎は霊帝の子孫らしいよ

事跡知らずに名前だけでつけたんだろうな

224 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 02:07:58 ID:SLNBhL+F0
>>223
丹波哲郎の先祖は、平安時代の医者・丹波康頼。
丹波氏は坂上氏の分家。坂上氏は中国系渡来人であり、
『新撰姓氏録』によれば、後漢の霊帝の末裔を称している。

ということで、結果的に「丹波哲郎=霊帝の子孫」となるのであって、
丹波哲郎が自ら勝手に霊帝の子孫を称したわけでは一応ない。
もちろん、各段階における系譜の信憑性はともかくとしても。

225 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2007/07/29(日) 15:32:08 ID:G6zarsUX0
しかし光武帝の子孫とか劉邦の子孫と言わずに霊帝と言っちゃうとこが大霊界だよな

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 01:14:07 ID:Cj5kaVTD0
いやだから、先祖代々霊帝の子孫を称してるのな。
そもそも皇族の子孫の場合、先祖で最後に帝号を名乗った人物の末孫を名乗るのが普通。

「丹波哲郎だから霊帝の子孫なんだ」なんて小学生レベルのイメージで
歴史認識もせずに適当なこと言ってる>>223>>225はなんなんだ?

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 19:56:06 ID:9LA0E9+V0
霊帝って少帝と献帝以外に子供いたの?
その理論だとどっちの子孫でもないよな

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/07/30(月) 22:34:13 ID:Cj5kaVTD0
献帝の弟延王の子の石秋王の子阿智王の子孫と伝えられてる。ちなみに献帝の子孫も別にいる。
それと>>225の主張みたいに高祖の子孫なんて名乗る恥知らずはいない。
劉備も高祖の末や景帝の子孫と名乗っていない。中山靖王劉勝の末を名乗ってるだけ。
渡来系氏族、檜前村主も漢の高祖の子、斉王肥の子孫を名乗るのみ。
他に魏武帝の子、陳思王曹植の子孫なんてのもいる。

全部、眉唾もんだけどなw

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/01(水) 01:57:06 ID:kdMLoUQu0
献帝の弟かその子ぐらいならともかくさらにその子供まで王位持ってたのかな
魏になってからは山陽公なんだから王位はなさそうだが

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/01(水) 07:29:45 ID:BHefMaBA0
馬鹿でもなければ説明するまでも無いことだが当然、漢や魏から与えられた王号じゃないぞ。
というより、そもそも伝説の類でしかない話わけで年代的にもズレがあるような眉唾話。
献帝が魏に禅譲すると、延王は朝鮮半島に逃げて魏に抗ったとも言われる。
その後日本に亡命し、阿智王の代に帰化して、東漢氏が興ったと言われる。

『新撰姓氏録』では「坂上大宿禰 出自後漢霊帝男延王也」と伝えられているが、
東漢氏の支族の系譜では延王を霊帝の曾孫と伝えるものや献帝の子と伝えるものもある。
丹波氏の直系子孫である丹波哲郎氏の家に伝わる丹波氏系譜には、
はっきりと祖は「後漢12代霊帝」と書いてあるらしい。

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/13(月) 00:25:36 ID:q3qHRSAh0
北斉の後主 高緯もかなりのもんだと思う。
名将斛律光と高長恭殺しちゃって、結局滅亡しちゃってるし。

でも、北斉の皇帝はまともなのいない感じ。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/19(日) 08:50:04 ID:5YZjLQHH0
五胡十六国から南北朝にかけての皇帝たちは、
この分野においてはレベルの高い面々が多いな。

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 15:35:04 ID:4E5/jtYq0
異民族で荒っぽそうな五胡十六国や北朝はともかく、
南朝も猛者ぞろい。

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 16:04:59 ID:vRVeeD8C0
朱元章も劉邦も功臣を粛清したけど、結局王朝は長続きしたから最悪とは言えない。


235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 20:11:09 ID:nwUfSBHM0
その理論だと海稜王も最悪とはいえない

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/21(火) 22:59:42 ID:vRVeeD8C0
ウィキで北斉の後主について調べてみたけど、ホントとんでもねえ奴だな。
人材不足なのに優秀な人材をみすみす粛清するなんてソ連の赤軍粛清と同じだよ。
…まあ、ソ連にはジューコフさんが残ってたからまだいいけど。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 00:22:51 ID:Glr8Bqcm0
そら今だから言えることで、流れによっては「権臣に簒奪された暗君」にもなりえるんだよなぁ

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 00:34:56 ID:ga65gBeZ0
斛律光程度を殺したところで
恩幸や反勲貴の官僚連中がそれ以上にやってくれると
信じてたんだよ、無愁天子さまは。

文弱で滅んだのは南朝じゃなくて北斉だよな。
あんなに戦争強い国だったのに。

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 22:32:02 ID:fCrOtXQR0
昔の中国は、武官と文官の対立が繰り返されて王朝の交代が続いたんじゃないかと思う

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 22:59:41 ID:ZGuFMj/F0
中国の皇帝はドキュソ揃い
名君などいない
そういう風土なんだろうな

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/22(水) 23:45:43 ID:mhsGvIX+0
>>239
そんな単純な構図ではないと思う。

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 01:27:03 ID:o+rUMftD0
高校の頃、世界史の先生が
「中国の最後の皇帝は、アホか、ガキか、スケベのどれか」
と言ったことがいまだに忘れられない。



243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 02:01:03 ID:1IjufxuO0
崇禎帝と子嬰(即位説)はアホというのは酷ではないかと

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 02:27:03 ID:c7u4jTG60
前の二つはともかく、男だったらまずスケベだわな

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 09:22:43 ID:ChNwP4uv0
献帝は……

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/23(木) 19:59:07 ID:EUYwBdct0
人間的にこれはキツイぜという暴君・狂主は
中小規模の国家に出やすいよね。
やはりお山の大将的な環境が悪いのかな。

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 00:54:55 ID:8qkSebW70
石虎かな。
誇張が入っているにしても、彼の存在と業績は
なお凄まじいを通り超える物がある。

後は・・やはり、「履癸王」と「帝辛」子受かしらん?

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/24(金) 02:35:40 ID:utpjyfg+0
帝権確保のための行動が評価されれば名君、されなければ暴君だからな。

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 21:23:21 ID:pnNQEch8O

愛知のキチガイ脳糞古川は神だと思っている。

半年ほど前の正月休みに両親と愛知のキチガイ脳糞古川の実家(もんじゃ焼き屋)に 食べに行った時の話。
両親と3人で鉄板を囲んで食事をしているといきなり脳糞古川が玄関から入ってきた。
もんじゃ焼き屋に似合わない勝勝負服ないでたちで。

脳糞古川が「私いつもの〜」と言って二階へ上がろうとすると、
店内にいた高校生集団が「脳糞古川さん!」「脳糞古川さんかわいいー!」などと騒ぎ出し、
脳糞古川が戻ってきてくれて即席サイン会になった。
店内に13、4人ほど居合わせた客全員に店内にあった色紙を使い サインをしてくれた。
高校生達が脳糞古川の母校愛知のキチガイ高校トラウマ部だとわかった脳糞古川は いい笑顔で会話を交わしていた。
そして脳糞古川は「またね〜」と二階に上がっていき、店内は静かになった。

私と両親は脳糞古川の気さくさとかわいさに興奮しつつ食事を終え、会計を済ませようとレジに向かうと、
店員さんが階段の上を指差しながら 「今日のお客さんの分は出してくれましたから。また来てくださいね」と。

あれには本当にびっくりした。

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/25(土) 23:16:35 ID:NMKvQpH/0
>>243
崇禎帝は明代の半ばぐらいに即位していれば、
なかなかの名君になり得たかもな。
忠臣を誤って殺してしまったとは言え、
それなりにまじめに皇帝業をやっているし。

爺ちゃんと兄貴がめちゃくちゃにしたせいで、
もうどうあがいても滅亡への坂道を転げ落ちて行くばかりの状況だったわけだし。


251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 11:13:11 ID:5m5SNDVy0
中国の王朝の歴史は次の王朝が書く(客観性を保つためもあるらしいが)
だから前の王朝の最後の王(皇帝)がクソミソ扱いされるのは当たり前

何にしても、どうせ捏造

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 13:58:22 ID:ZO83R06E0
「どうせ捏造」なんて言ってるようじゃ歴史はできんぞ

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 15:10:35 ID:YMFub8ymO
人物の存在まで捏造?

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 15:36:52 ID:ORT4sq+F0
>>251みたいな奴は歴史なんか勉強するより理系にいったほうがいいんじゃないか

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 15:43:07 ID:J9v+qQx+0
捏造したらしたでその記録も残ってしまうんだなこれが。
クーデターで即位した皇帝が先帝を貶めようとしたけど、
史官がうんと言わなかったって話もあるけどね。


256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 15:57:51 ID:YMFub8ymO
>>254
2chじゃないけど以前いたな、
「理系の視点から」とかなんとかいって歴史書の記述に反証なく反発し、
自分の感覚を絶対視してわけのわからぬことぬかしたやつ。
正直理系の人達からみても迷惑だろうな。
中華民国時代の疑古派も単なる屁理屈野郎だったわけで。

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 15:59:32 ID:g04UQugI0
文系脳の人間が間違って理系畑にはいると、そういう考え方になるんだよな。

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 19:18:33 ID:bNvGdZQu0
つうか、そういう話を聞いたから喜んで言い回ってるだけだろ。
ネガティブキャンペーンに簡単に踊らされる典型だ。
エネルギー量の数値を可視的に確認できないから
物理法則には意味がないと言う奴がいれば、
それにも乗るタイプだ。理系行っても同じ。

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 21:25:26 ID:yHf/S0Qa0
王朝最期の君主が必ずしも凡庸だけとは限らない

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/26(日) 22:09:21 ID:UtLdgJ370
>>256
高学歴理系には流石に少ないけど(でも皆無ではない)、
低学歴の「形だけ理系」に多いタイプだよな、それって。

高学歴理系がネット黎明期に築いた殺伐主義(詳しくは「モヒカン族」でググれ)を、
後発の馬鹿連中がカッコだけ真似して、肝心の中身はgdgdになってるっていう。

「バイアスが掛かった正史よりも、演義の方が一面では歴史の真実を捉えている!」
ってな感じのトンデモ三国志論を振り回す馬鹿にも、こういうタイプが多い気がする。

261 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 02:56:43 ID:umeWICCoO
王奔様があがってないではないか

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 07:44:19 ID:Mb6wCqpq0
王莽はインパクトが無い

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 21:28:49 ID:Fn+ToQ4h0
王奔は理想的なことをしようとしたのが結果的にハズれちゃったのであまり悪いイメージじゃないな
たとえるなら今の安倍総理
やりたいことはわかるんだけど空回りしてるよみたいな

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 22:29:20 ID:yS/jLuSB0
毛沢東皇帝に決まってるじゃないか

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/27(月) 22:38:18 ID:m6oL+4+k0
毛沢東の文化大革命にまさる悪行はそうはないだろうしな。

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 15:34:28 ID:kJq4X3MY0
確かに、いくら「中華の近代化を阻害する弊害」を取り除く為とはいえ
やり過ぎの感は否めないだろう。

ただ、そこまで(良い悪いは置いといて)思い切った処置を断行せねば
米国を始めとする西側陣営や、内ゲバ相手のソ連に対抗出来るほどの
近代化を成し遂げる事はとても出来なかったとも思う。

つまり、ごく簡単に言わせて貰えば「(文化大革命の)実行犯は毛沢東だが
それを実行するよう指令したのは儒教を始めとした諸々の要素で
構成されている「中華の弊害」であったとも言える。

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 16:35:26 ID:Z0RU1VfN0
実際は文革自体が「中華の近代化を阻害」したわけなので、やりすぎも何も。
毛沢東は出発点はともかく、文革の頃は再度原始共産制に戻ろうとしてたり、
ちょっと変になってたよ。

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 19:36:31 ID:qFpqoTaJ0
というか当時の中国の産業・経済・社会構造に破滅的打撃を与えた
大躍進政策あってのことだしな。
原始共産制指向自体、レーニン・トロツキー路線の頓挫に対する言い訳で。
文革を実行するよう指令したのは「大躍進の失敗」と「権力闘争」の方だよ。
破壊された中華の伝統だか弊害だかは巻き込まれた被害者。
失政の結果の権力闘争じゃないように見せるための、やっぱり言い訳として。

毛沢東を皇帝に比するなら、その功績は
分裂する可能性もあった中国の統一を保持したことかなあ。
分裂して、またずるずる内戦始めてたら、日本の安定も無かったかもしれん。
あの時代、中国が地球上の引きこもりだったことは、世界の秩序に寄与した。
始皇帝とは比較できんが、隋文帝あたりとなら並べても良いかもしれん

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 21:17:25 ID:PigNFbAHO
秦の始皇帝
漢の武帝
隋の煬帝

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 21:24:27 ID:vktfKhKk0
始皇帝より2代目の方が酷くねえか?

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/09(日) 21:26:48 ID:Ryf31f2o0
>>269
そりゃあ始皇帝に失礼だろ。

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 00:40:08 ID:7PzFyVfS0
>>270
2代目の胡亥はただのボンクラ
それを操っていた趙高の方が悪い

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 01:31:24 ID:CHZ/2mNe0
霊帝は、竇武と陳蕃という当時の指折りの党人が「最も賢」也ということで即位させた。
少なくとも桓帝よりは政治的には有能であったことは史料からも伺える。
それまでの負の遺産と天候不順等が無ければ或は中興となり得た逸材だと思うのだが。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/11(火) 23:25:25 ID:q9Sdwdtw0
名君と昏君は紙一重也

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 12:38:09 ID:niwCuLQsO
霊帝の賢さって官職に値段を付けて売り買いすれば大儲けできる!って発想するレベル。
豚肉屋に婿入りしておれば活躍できたかもしれない程度のアイデアマン。
ちなみに彼を推したトウブは外戚、自分の家族が産んだ子を後継ぎに薦めただけで、後の何進、蔡瑁らと何も変わらない。


276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 19:45:27 ID:Q6P6SAof0
トウブを主に考えてる時点で愚か。チンバンも同時に動いている。むしろチンバンが主導だったともいえる。


277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 21:02:02 ID:niwCuLQsO
チンバンもトウブも孝廉で一位二位に挙げられた仲で共に宦官排斥派。
何進が袁昭と謀って宦官皆殺しを目指したのと同じ理由で宦官を誅殺しようとしていた。
宦官の力が強いと外戚が後宮を操れず権勢を思うままにできない。
ただそれだけのこと。

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 21:16:07 ID:niwCuLQsO
始皇帝が偉大なのと同じくらい、ラストエンペラーは矮小ではなかろうか。
生まれながらにして中国皇帝という絶大な力を持つ地位を約束されながら
国ばかりか制度としての皇帝のシステムまで失わせてしまった挙げ句、日本の外圧を借りて即位させられ、
東京裁判では余すところ無く亡国の君主のみっともない姿を晒し、裁判記録上に永遠に残されてしまった。
捏造もクソも言い訳できない暗君だな。

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 21:52:05 ID:Q6P6SAof0
>>277
だから何?としか、、、、

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:00:08 ID:pyntBDkp0
あの当時の世界情勢を個々の資質で語ろうとする>>278の脳みそは恐ろしいほど矮小だな

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:26:08 ID:niwCuLQsO
>>280
それは全ての皇帝に当てはまる言い訳だぞ。
後世に記録されると約束された公的な発言の場で、あそこまで見苦しい振る舞いができるのは、明らかに個人の資質だろ。


282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 22:59:49 ID:pyntBDkp0
それは始皇帝と対比するような話か?ってこと
皇帝として生まれただけで、ただの人ってだけの話だろ
大抵の凡百な人間はああいう状態になるからこそ、毅然とした態度で事に挑める人が偉人になる。
特別に溥儀が矮小だからああいう態度だったとは言えない。
>>281は同じ立場に立って毅然とした態度で言える自信があるんだろうがな

なにはともあれ、滅びるはずもない国を滅ぼしたのならともかく、
国際情勢的にどうしようもなくなってた国に皇帝として生まれついただけの
溥儀に国を滅ぼした責任を押し付けてる>>278は馬鹿確定

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:06:25 ID:b8jnUgNy0
亡国の皇帝よりも、その一代か二代前の皇帝の方が責任があるんじゃないの?
って場合の方が多いと思うね。
一代だけで国を潰すっていうのは意外と大変かも知れない。

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:15:47 ID:Td0ZKBI00
>>283
パッと思いつくと煬帝ぐらいかね?

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:30:48 ID:niwCuLQsO
>>282
少なくとも貴族なら毅然としているべきだが、まあ別に普通の人間なら毅然としてなくてもいいや。
ただ、おろおろと狼狽えてもいいけど、あることないこと捏ち上げて、かつての幕僚に罪をなすりつけるとかは良くない。
それはお上でタダ飯を食らってない一般民衆ですら許されない卑劣な行為だ。
ましてヌルハチ以来の武門のプライドがこれを許すはずが無い。
どう考えても救いがたい皇帝だ。
かつても居たかもしれない。しかし、国際的に公式な文書に醜態を曝して、これからも歴史に残っていく皇帝は彼だけだ。

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:37:47 ID:pyntBDkp0
>>285
国際社会で戦犯として、裁判にかかったのは彼だけだからね。
貴族は毅然としてるべきだってのは同意だが、
世襲皇帝や世襲貴族にその手の資質が欠けるのもざらにあること。
特別に溥儀を暗君扱いするには材料として弱い。

つーか.、こだわってるのって始皇帝とラストエンペラーで対比したいから?
それと溥儀に亡国の責任を押し付けてる>>278の意見の弁明は?

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/12(水) 23:53:38 ID:vBgwVQkI0
>>283
ベタに殷紂とか?
その前からやばかったかどうかはよくわからんが。

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:07:20 ID:niwCuLQsO
昭和天皇がおっしゃられたように、事の子細はどうあれ、帝国が亡国の憂き目に遭えば、その責任は天子にあるだろう。
清が滅びたのは幼いこともあり同情できるが、また満州国を起てるというときにしゃしゃり出てきたときには立派な大人だろう。
だからこそ、東京裁判でも証人としての有効性を認められたんだから、全く無理矢理に自分の意志と関係なく即位したのとは違う。
アイチンギョロ家の皇族も続々出世して、天皇家以上に豪勢な暮らしをして、関東軍は本国から何度も批判されていた。
国家のターニングポイントであった数年を国民と共に汗する訳でもなく、無為に遊んで過ごした罪は重いよ。

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:08:09 ID:2XM2Z1tO0
殷紂王は商の最盛期を築いたと言える。
高宗武丁王から一旦縮小した勢力も帝乙・帝辛(殷紂王)の活躍で大きく拡がり、
商都から離れた大族九夷までもが来朝し、さらにその頭首を誅殺できるだけの力が
あったのはあの時代にあっては驚きとしか言えない。

周のネガキャンで殷紂王は暴君扱いされているが、
実際は西方から伸びてきた外敵の周・召の勢力に力負けしただけで
殷周革命の思想にあるような事実はないかと・・・

そもそも殷紂は帝号は名乗ってたけど、皇帝じゃないから微妙に違う気も('∀`;)

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 00:12:08 ID:TSMloAGL0
>>283
唐と前漢は明らかにそうですね。明は崇禎帝が在位もそれなりにあって親政も行って
いるので、無垢とはいえないだろうが。
北宋や南宋も最後の皇帝にはどうしようもなかったし。

逆に、最後の皇帝に亡国の責があると言えるのは、隋や西晋かな。

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 01:26:54 ID:CN5TY4g80
そもそも溥儀なんて清朝のときも満州国のときも
国の行く末に関与できるような政治的実権なんて持てなかったし
あの状況から実権を取り返すのは不可能だろうしな。
亡国の君主としての態度なり何なりを道義的に批判するのはわからんでも無いけど
国が滅びた責任や原因を溥儀に求めるのは無理がある。

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 01:41:14 ID:Tssbq3oc0
傀儡皇帝は、このスレの主旨とは違うわな…。
操ってた奴の方が最悪なんだし。

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 02:04:31 ID:fCgJZv8p0
隋煬帝は末帝じゃないよ、一応。
南朝にとか五代では、本人の失敗の結果亡国の君主になったのがごろごろいる気がする

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 09:02:35 ID:/OWYmfxH0
>>293
五代の皇帝特徴は、先帝とその重臣が偉大だから、
遠ざけようとしたり、凌ごうとしてムリをする。
その結果、反撃にあって滅びることが多い。
一番あきれるのは、後漢隠帝で、後漢高祖が即位1年で崩御したこともあり
国の発展は隠帝にかかっていた。
しかし先帝以来の文武の重臣を暗殺して、みずからいらぬ内部不和を起こした。
死に様はどこかの民家の納屋みたいなところで服毒死という悲惨なもの。

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 11:05:59 ID:m2c/E+Jf0
帝権確立のための行動が裏目に・・・って感じだよね。
なんとまあどいつもこいつも同じことして同じ末路を辿ってるがw

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 11:32:37 ID:/OWYmfxH0
五代の中でも、後梁国をのぞいた山西軍閥系の政権では、実は3代を数えたのは後周だけという…
後唐は4代あるようにみえるけど、これは国号が変更されていないだけで、されてもおかしくない状態。
後唐荘宗は名将から暗君に転落した、項羽型の人。実質1代限り。
暗君の要素は、後梁を討伐後、芸能人を側に置き、宦官を復活させ、
彼らの言葉を鵜呑みしたことにある。あと、兵士への俸給出し渋りとか。
そのせいで、前蜀を滅ぼし、建国の大功臣となるはずだった名臣の郭崇韜を、讒言で殺している。
暗君決定。
後唐明宗は、兵士に推戴される形で帝位についたから、ここで別王朝としてもよかった。
荘宗との間には、李克用を介しての擬制血縁しかなかったわけだし。
結局、明宗の人となりのため、別王朝となることはなかったが。
その明宗の王朝も、李従厚が継ぐと、養子だった李従珂が謀叛して帝位に就いた。
李従厚は帝位にあること数ヶ月なので、カウントするのも馬鹿らしい…
しかも李従珂は養子で、しかも謀叛して帝位についたので別王朝とみてもいい。

後晋、後漢はいわずもがな。間違いなく2代目の失策で滅んでいる。
どちらも先帝以来の重臣を遠ざけ、媚を売ってくる新しい与党に実権を与えた結果だった。

後周は太祖と世宗が血縁でないというところで、別王朝と考えてもいいところだけど
上記のようなカオスな皇帝位交替ではなく、普通に継承だったから姓は違えど
世襲とするなら、実に3代続いたのは後周だけ、ということになる。
とはいえ、7歳かそこらの恭帝をカウントするのもどうかという気もする。すぐ禅譲したし。
(後周恭帝は北宋建国後、20歳で死んでいるが、実は北宋の暗殺… なんてことはないのだろうか?)

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 11:53:08 ID:m2c/E+Jf0
後唐→後晋の交代って、明宗からすれば養子vs娘婿の争いであって、
結局身内争いって側面もあるよね。
なんかこの頃は養子だとか仮子だとか婿だとか有力将軍だとかが入り乱れてわけがわからんw

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 12:17:08 ID:e8u8hoCY0
南朝は先代が滅茶苦茶して実権喪失→禅譲パターンが多いような

宋・斉なんて名君だけど大量殺戮者なんてケースもあるし
本当に帝権が不安定だな

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/13(木) 14:17:49 ID:/OWYmfxH0
>>入り乱れてわけがわからん

わけわからん背景が、その養子(仮子)の蔓延というのにあるのでしょう。
唐憲宗が節度使らから絞り上げた上納金で組織した禁軍をもって、一応の節度使抑圧に成功
したあと、禁軍の統帥権が私的に密接な宦官に委ねなければならないかった状態が事の始まり
となったように感じる。
この点について、憲宗や穆宗の罪にするわけにはいかないが、兵権をもった宦官は
自らの与党を広げるのに、養子をとることに邁進した。
結果、皇帝すらもその意思ですげかえることができる、宦官の世が始まったわけだけど…
それを節度使らも真似をしたから、余計に地方が強力となった。

宦官といえども、ましな人物がおり、あの宦官嫌いの司馬光でさえ、楊復光と張承業には賞賛の辞
を送っている。
その楊復光の檄に参じた王建なども、100人くらいの仮子を持つにいたるとか、やりすぎ。
前蜀には王姓が多すぎてわけがわからん。しかもその仮子連中が好き勝手やっているうちに
後唐の郭崇韜に滅ぼされたんだから、なにをやっているのか、と言いたくなる。
なまじちからがありすぎると、足元がお留守になりがちなのかね…

こういうカオスな最悪は、誰かひとりのせいだけで集約はできんわな。

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 03:46:31 ID:+UvLZgUN0
同治帝かな。遊び呆けて腹上死では、晩唐の宦官に殺された皇帝よりも不名誉且つ馬鹿だ。
無能と云われる咸豊帝と、欲にまみれたと云われる西太后の子供だけのことはある。

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/15(土) 11:50:12 ID:S7V0aHXf0
その皇帝の時代に生きていたとして最もいやなのは

孫晧はまだ晋に亡命すれはいいから、煬帝かな

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 13:00:18 ID:eM1hd9+u0
でも同治帝の時代は比較的安定してたこと考えると、清末なんて
皇帝の資質ではどうしようもないんじゃないか
光緒帝はまじめに国政を考えてたのだろうが、あの結果だ

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 18:57:42 ID:HYj6Bp/x0
同治年間はほぼ西太后の時代。
皇帝本人は遊び呆けて死んだ。最悪ですがな。

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 21:15:44 ID:2FJm/jrJ0
遊びほうけるも何も、若すぎて何もせんうちに死んだ。
ほぼも何も西太后の息子なんで、幼児期は両皇太后達が垂簾聴政、
やっと自分で親政し始めた頃に死んだ人なんで最悪というには足りない。
自分でやった事はほとんどないから。
同治の中興と言われるのは洋務派の官僚達が改革を進めたお陰。

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 21:23:28 ID:HYj6Bp/x0
だから、19歳で遊び呆けて死んだわけだから暗君だと言ってる。
自律した生活が出来ていれば死んでいない。


306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 21:30:14 ID:7nZQ9Sgq0
史上最悪と呼ぶほどじゃないだろ

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 21:34:05 ID:HYj6Bp/x0
まあそうだな。スレ違いだったか。

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/18(火) 21:59:44 ID:2FJm/jrJ0
まあ同治帝を最悪呼ばわりするぐらいなら
まず父親の咸豊帝が史上最悪のその又上を行く最最悪ぐらいに
なってしまうがな。

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 17:21:38 ID:J85bvZ5i0
ちとスレ違いになるが、史上最悪がいるとすれば、その反対の
「史上最高の名君」はだれになるだろうかな?
厳密に言うと「君主」ではないが、歴代王朝から皇帝として
鄭重に扱われ、今に至るまで東アジアの人々の思想・信条に絶大なる
影響を与えている儒教の創始者・孔子を私は上げてみたく思う。
一片の領土を持たずして、しかも古今のどの名君もなしえなかった
「標なき人々に標を与え、今に至るまで受け継がれる」という業績を
鑑みるに、彼こそは史上最高の名君・億万年に至るまでの師表だと思う。

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 19:15:24 ID:0qpRnBBp0
武帝以前の皇帝はこれっぽっちも孔子を尊重してない

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 20:02:43 ID:DAEXg1d90
「孔子」と「中国社会」の間には「皇帝」という媒介者が必要なわけで、
どれだけ孔子の考えが優れていようと、その教えの媒介者たる皇帝がバカだと孔子の尊い教えも意味が無いのです。
だから、孔子を「名君」に挙げるのは同考えても無理。

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 20:14:34 ID:LeLFFAVP0
>>309を読むと孔子って西洋史におけるイエス=キリスト
みたいなもんに思えてくる。
あっちも「王の中の王」みたいな尊称がつく場合もあるが
「名君」として数えられる事はないしね。

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 20:57:10 ID:pDGbCCuB0
孔子≒キリスト
という捉え方は参考になった
そう置き換えて読むとよくわかる話が多い

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 23:10:52 ID:ltJPD4450
もし西暦に対抗する、東洋一帯で通用する東暦なるものがあるとしたら、
孔子の生まれ年が有力となったりする?

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/20(木) 23:17:12 ID:BAdjfdty0
それはない。皇紀以外ありえない。

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 00:12:26 ID:h4+ph4Xx0
ブッダ暦は?

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 00:32:48 ID:2Sf/OO7i0
孔子もキリストも神としての祭り上げがなければ、なかなかおもしろい
人物だと思う

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 01:05:17 ID:1L6CtGvs0
孔子は学者というか宗教家というか教育者というか、このあたりであって
君主として扱うのは無理でしょう。

中国史上最高の名君は?という質問に答えるなら、清の康熙帝かな。

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 15:57:10 ID:oumSjbMJ0
そうだね
君主だとか王だとか皇帝だとかってのは国を治めるのが仕事であって、
政治にほとんど携わらなかった(携わる能力がなかった?)孔子を
「史上最高の名君」と呼ぶのは、どだい無理な話かと。
後世の連中が勝手に「王様みたいなもんだねー」とか言ってるだけだし。
無論、孔子自身にも出世願望とかそういったもんはあったんだろうけどね。

>>318
康熙帝に同意
ありゃあ国のトップになるために産まれた人間だね

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 17:49:34 ID:m/2iqsGt0
最高の名君には後漢光武帝を推しとく。

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 19:23:06 ID:YcCvbD8p0
漢文、光武
唐太宗
北宋太祖
明洪熙
清康熙

これらで体勢を占めるな。

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 20:21:44 ID:XQf4Mxij0
光武、宋太祖、洪熙は安定志向だが、唐太宗と康煕は自分から不必要な外征起こすタイプ

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 22:38:10 ID:klaR2LLr0
孔子は思想家にすぎないからな。
実際に国を治めることがあっても王莽と同じかそれ以下の結果になるだろうな。
名相晏嬰が孔子の仕官を拒んだのも当たり前のこと。
仕官を拒まれたことを理由に悪口を言い続けるようなケツの穴の小さい男が名君なわけない。

名君の条件としては政治家であり、思想家であり、篤実家であること。
最悪の皇帝ならばのその逆で理想屋であり、感情家であり、政治屋であることだろうな。

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/21(金) 23:38:17 ID:kRe3nYlM0
>最悪の皇帝ならばのその逆で理想屋であり、感情家であり、政治屋であることだろうな。
是、王莽也。

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 01:46:45 ID:xEmX+d3O0
>最悪の皇帝
収まっていた世の中をぶち壊したという点で
秦の二世
隋の煬帝
明の正徳帝
あたりはどうでしょう?

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 02:04:51 ID:IkEEaw150
明の英宗。捕虜に成った上、自分を除いた従者を皆殺しにされて生き恥を晒した。

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 02:18:36 ID:zhXLS7HB0
暗君っても二通りあってさ、
1:無能力or無気力で部下がやりたい放題、結果国が荒廃する
2:積極的な行動が裏目裏目、結果国が荒廃する

どっちがより暗君なんだろう?

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 02:19:10 ID:QR1vhAAk0
何を以って最悪というかだな。
本人が恥さらすのは構わんのじゃね?
民を苦しめる暴君、暗君の方が問題だろうとは思う。

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 03:56:34 ID:j77PMvjP0
>>326
送還された後、奪門の変で復位して于謙を処刑したのも恥の上塗りだな。
身代金の支払い拒否されたこと根に持ってたんだろうが、国の事考えたらそれが当然だろうに。
こいつは土木堡で死ぬべきだった。

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 07:14:36 ID:kU9NommU0
>>327
1のタイプで最悪の暗君は、西晋の司馬衷だな
八王の乱、永嘉の乱を誘発させてしまい、異民族跋扈の時代を切り開かせてしまったわけだから
2のタイプなら、煬帝かな?

どっちかと言うと、司馬衷の方が被害が大きい気がする

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 08:56:05 ID:W87qvG8K0
煬帝の大運河は、動機はともあれ後の世にも利用されたしな。
俺は2の代表は漢の武帝だと思う。
・やらんでもいい遠征やって、一時的に勝利を収めるも国庫はガタガタ
・後継問題で、直接ではなくとも間接的に国を滅ぼす
・儒教を国教にしてしまった(事実上の中華文明停滞の始まり)
・武帝よりも人格知識治世に優れた淮南王劉安を、誣告で殺す
こいつが狂わせた国を、失敗したとはいえ理想に燃えて立て直そうとした王莽には
情状酌量の余地あると思う。

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 09:07:28 ID:Ore+37hS0
>>327
1に関しては、「皇帝にされた」側面が強い皇帝が陥りやすいと思う。
そうした場合、すでに実権は廷臣に握られているので、直接的に
国の荒廃に寄与しない場合があると思う。
なら2は、皇帝自ら率先して国を荒廃させる場合が多いと思う。

こうして考えると、2のほうがより始末に終えんような気がするのだが…
どうだろうか。
ただ、印象として1は暗君、2は暴君といった仕分けになるかな。

唐僖宗、宋徽宗。
どちらも臣下に実権を握られていて、傀儡にすぎなかった皇帝。
臣下らの定見のなさに振り回され、唐僖宗は四川への数度の逃避行
宋徽宗は戎領に拉致という事態。
むろん国土は荒れに荒れている。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 09:11:33 ID:QR1vhAAk0
徽宗は臣下に実権握られてる割には花石綱なんてものを発動させてるし。
かなり最悪レベルが高いと思う。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 09:28:19 ID:/uFp4hQiO
なぜか徽宗は憎めない

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 10:11:53 ID:xEmX+d3O0
>>332
唐僖宗は即位時点でもう皇帝権力はガタガタでどうしようもなかったという点はあると思う。
宋徽宗の場合は、自分で権力を放り出したわけだからなあ。こいつは傀儡にされたというより、
自ら傀儡になったという点でもうどうしようもないと思う。明の正徳帝もそのタイプ。かたや
芸術のため、かたや享楽のために政治を臣下に放り投げた。

>>331
武帝は儒教を国教化したというより、儒嫌いがそろっていた漢室に対して儒教を解禁しただけ
という説が強い。司馬遷の時代にも黄老が六経よりも優先されたというし。儒教が勢力を増し
政治に関与しだすのは元帝の頃から。そして王莽と光武帝によって完全に国教化された。


336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 10:25:25 ID:/FN+NqDT0
皇帝にかぎらんけど、いい悪いという数直線に並べられるほど、価値観
は単純ではない。一応、中国の正史に貫かれていたある種の哲学(それも
固定的なものではない)によって、善悪をあいまいに判断できるだけだね。

皇帝は世襲だから、名目的にその地位についても、実質的に自分の意思で
何かをする機会がなかった人間がほとんどだろう。そういうのは、実際には
評価の対象からはずさなければ、比較が成立しないという点も注意すべき
だよね。

中国の正史の大体の価値観は、帝国を繁栄(長続き)させたら名君、滅ぼしたら
亡君、滅亡の原因を作ったのが暗君。

滅亡の原因を作るスタイルで、自分の享楽を追求して、亡国に導いたら最悪
ということになるのかな。

とりあえず、能書き言ったけど、明の万暦帝なんかが最悪の候補の一人でしょうか。

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 10:33:02 ID:IkEEaw150
儒学第一主義が時代遅れの観を呈するのは明清以降だから、悪いとこだけ取り出して
武帝を批判するのは間違い。宋代までは中国は儒教とともに発展し続けてたわけだし。

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 11:26:50 ID:LEce5lL50
>>334
皇帝になんかならなければ、ただの風流王子で済んだのにね・・・。

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 12:25:54 ID:AtKYyfaS0
なってしまった以上、風雅に任せて生きることが許されないのが皇帝のつらいとこ。
唯一無二の絶対権力と引き換えに、お国のための人身御供にならにゃあいかん。

曲がりなりにも国をより良くしようとした煬帝やら王莽やらは最悪ではない。もちろん漢武も。
臣下に政治を丸投げすれば傀儡と言われるが、政治を執行する能力の高い部下に仕事を任せたと擁護すれば、酌量の余地あり。
最悪なのは、お国のことはそっちのけ、ただただテメーのためのみに生きた輩だと思うのです。

そういった意味で、俺は>>336の万暦帝に1票。
バカ殿ってのはこういう野郎のことを言うんだろう。

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 12:52:17 ID:Ore+37hS0
>>339
辛口だねぇ。
たしかに、煬帝などは国をよくしようと動いた結果ではある。
そうなってくると、南朝斉の東昏公のように、自ら奇行に奔った皇帝は弁護の余地なしということで…

>>335
唐僖宗は「かわいそうな」皇帝かもしらんね。
数度の逃避行で心身を害したのか、若死にしてしまったし。
そうなると、唐は宣宗までで、懿宗の代でオワタとみるべきかね…
懿宗は奢侈に奔ったからなぁ。
ところで、唐後半ではクスリで死んだ皇帝が割りに多いよな…

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 14:40:48 ID:d21PXfkA0
暴君と言えば海陵王完顔亮

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/22(土) 23:37:58 ID:QR1vhAAk0
>>341も煬帝タイプなんだよね
後を継いだ世宗が臣下に命じて海陵王の悪口を集めさせてるんで、
悪名が残ってはいるけど。世宗は海陵王を思いっきり悪く言った者ほど
沢山褒美を与えたり出世させたりしてるんだよね。
先代の熙宗が最後の方は精神的におかしくなって
宗室の大粛清やったりしてたんで、そこを倒して海陵王が即位した時は
新進気鋭で期待されてたんだがね。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/23(日) 00:12:54 ID:lMmRWzvO0
熙宗なんかはむしろコップの中の嵐って感じで、皇族や重臣以外にはあまり
損害は与えていない。その行為も帝権の確立のためという説もあるしね。

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 22:53:16 ID:dvSG/R2M0
ちなみに武帝時代に儒教が国教となったってのは嘘。
あと、中国史停滞論はもう古すぎるだろ。何ぼなんでも。

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 23:01:06 ID:4QbreWSK0
>ちなみに武帝時代に儒教が国教となったってのは嘘。
詳しく。

346 :344:2007/09/25(火) 23:12:35 ID:dvSG/R2M0
武帝時代に儒教が国教となったとされる、董仲舒の建議による五経博士の設置だが。
これは疑義が多く出されている。

一つはこの建議や五経博士の設置の記述が『史記』には存在しておらず、『漢書』にのみ存在している。この記述は儒教一尊の時代の班固により年代を遡らせて書かれているのではないかと疑問が出されている。

もう一つは何をもって国教化とするのか。
国教というからには国の政治方針がその宗教によって定められるような状態を指すはずだが、武帝時代の政策は法家的な色彩が強く、儒教的な政治とは言いがたい。
また儒家官僚の進出も武帝時代を通してごく一部に限られている、更に民間や豪族の間に儒教が浸透しているとは到底言いがたい。などの疑義が出されている。

これらのことから儒教の「国教化」は少なくとも元帝の時に下るというのが現在の「日本の」定説。外国ではどうか知らん。

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/25(火) 23:29:14 ID:4QbreWSK0
ああ、そういう類の諸説なら知ってるわ。
王莽だったり光武だったり。

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 00:10:42 ID:nx7+uM99O
漢武帝の対匈奴戦が一時的な勝利と言ってる人がいるがそれは間違いだろう
武帝により決定的な打撃を受けた匈奴はその後弱体化と分裂の一途
曹操に至るまで間違いなくその恩恵を受けているよ
かなりの無理をしたのは確かなんだけど、それに見合うだけの効果はあったと思う

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 14:45:28 ID:wIEmy/Qz0
>>341>>342
完顔亮の暴政と言われるものは、金が女真族国家から中原政権へ移行する際の、
守旧層の反発によるものが大きいと思う。

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 19:00:23 ID:hJitttdz0
しかし完顔亮自身も大げさといえ結構粗暴な性格だったとは思う
庶人まで落とされた皇帝って完顔亮だけだっけ?滅亡時の皇帝以外で

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 19:27:03 ID:PjAcuJmy0
その前の熙宗も廃されて庶人にされたんじゃなかった?
彼を廃して即位した完顔亮が庶人に落とされたんで、
後に身分が快復されたけど。

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 23:27:16 ID:EQRrfONq0
実際に、宣帝の時代に「政治にもっと儒教を取り入れるべき」といわれて
「愚か者」と全否定されたわけだからなあ。(かなり意訳)

そもそも武帝の時代には五経という言葉すらなかったとか。

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 23:44:14 ID:nx7+uM99O
漢の宣帝は「王・覇を交える」と言ったわけだけど、ここでいう王道=儒学とすると、宣帝はむしろ儒学を政治方針に取り入れた最初の皇帝と言うべき
実際、儒学をガチで学んだ最初の皇帝は宣帝(母方の実家が魯にあった関係で、魯の儒者から学んだ)

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/26(水) 23:58:27 ID:rDfF/AfI0
最初の頃の金ってかなり内部が無茶苦茶だよね

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/09/27(木) 14:55:14 ID:a3yC2/Xd0
ある意味、棚ぼたで中原政権になったからなぁ。

356 :344:2007/09/27(木) 20:53:55 ID:i+I18SUw0
宣帝の時代にはかなり儒の勢力が強くなっていたし、宣帝も儒の路線を取り入れていたことは間違いない。
ただしこれは霍光時代の路線を引き継いでのこと。霍光は政敵の桑弘羊を追い落とすために儒学生の後押しをしていわゆる「塩鉄論」を起こした。
霍光時代を通じて儒家的な政策が推し進められ、宣帝が霍一族を皆殺しにした後もその路線は基本的には変わっていない。
『漢書』「循吏列伝」に宣帝時代の人物が挙げられているのはこのことを示していると言える。ただし同時に酷吏と呼ばれる人たちもまた活躍していた。

やはり宣帝は自らが述べるように「使い分ける」というのがその政治姿勢であったと考えるべきではないかと思う。

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 07:04:10 ID:eAC6LxXq0
>>355
靖康の変で北宋が滅亡してしまって、一番困ったのが当の金かも知れない

「ちょwwwww宋滅びちゃったよwwwww残った領土俺たちにどうしろっていうんだよwwwww」って

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/11/14(水) 18:47:23 ID:XKQz0lkJ0
>>357
まぁ、ネタとしてあれだが、んなわきゃないわw
前例として、遼が後晋出帝を拉致ったとき、遼が直接支配に失敗しているので
緩衝材として張邦昌を冊立したってところ。
とはいっても、金は南宋の高宗を南海にまで遁走させているのだから
支配領域の膨張に比して内実が追いつかなかったのは事実だろう。
でなければ、たとえ岳飛といえど、敵領域内にあって連戦連勝はないだろうし。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/12/29(土) 14:43:40 ID:RRANy7mo0
靖康の変では、とりあえず開封にあった財宝を掻き集めて奪っていっているな。


360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 01:30:27 ID:hZMnNoKq0
靖康の変の時点では、開封以北を完全に制圧していたわけではなく、
金軍は、場合によっては本国への退路を断たれる危険性も考えられるような状態。



361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 02:11:57 ID:P9m6/TTG0
最初に楚、次に斉を作って間接統治したのはやっぱ>357もあったと思う
建国して10年、まだ制度も部族制の名残が残ってる時期だし、想定外ではあった
んじゃないかな。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 11:24:55 ID:ZTmRyiRa0
間接統治は、遼の前例があるから、それに倣ったのでしょう。
彼ら漠北の狩猟民族には、河南の気温はいきなり肌にあわないものだし。
>>想定外
というか、予定外。なんじゃないかな。
滅ぼしたのは皇族連中を拉致った金自身なんだから、まったく想定してなかったとは思えない。
ただ、思っていたより首都の陥落が容易だったので、河南統治の時期が早まった、というあたり。
間接統治の構想はあった、と思うな。

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 12:38:44 ID:TI/ePfR/0
予定外に早くなって一番困ったのは間接統治させる奴の人選じゃね?
ちょww誰にやらせるよwww


364 :平和:2008/01/01(火) 12:56:31 ID:YWsMKnRV0
中国のような長い歴史を誇る国が共和制という皮肉。
もし最後の王朝が漢民族の王を戴いていたならば
辛亥革命も起こらなかったと思われ。勿体無いからな。

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 13:05:33 ID:ZTmRyiRa0
>>363
そう、そのとおり。
そこは「ちょww誰にやらせるよwww」だと思うし
その任に充てられた張邦昌も「え、マジっすか?」
だったと思うと、ワロス。

366 : 【ぴょん吉】 【875円】 :2008/01/01(火) 13:08:20 ID:P9m6/TTG0
張邦昌はかなり拒否してたしすぐ辞めたもんね。
劉豫は結構やる気満々だったみたいだけど。

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 13:32:13 ID:rlB7Vm8I0
劉豫は済南の知府だった時に、守備に当たっていた武将を殺してまでして、
金に降っているからな。

ちなみにその時殺された武将の名前が関勝で、多分水滸伝に登場する関勝のモデル。

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 18:18:06 ID:AZJ4JgJX0
個人的には、金は宋朝は滅ぼすつもりだけど、中国全土を支配統治するつもりは
なかった、のだと思っている。少なくともこの時点では。
いいかげん背信行為しかしない宋朝を交渉相手には出来なくなって、宋をかえて
別の中国王朝(傀儡?)を樹立させ、その新王朝を交渉相手として約束(三鎮割譲など)
を守らせる、というこころづもり。
金の誤算は二つ。
宋朝が余りに早く脆く潰れたことで準備が不完全のまま強行することになった。
皇族を一人取り逃したことにより江南で政権を樹立されてしまい、「中国王朝」が
分裂してしまった。これにより交渉相手(傀儡政権)が一本化できなくなった。

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 18:51:15 ID:ZTmRyiRa0
>>368
まぁそんなとこなんだろうかなぁ。
考えてみると、金の皇帝も政策が安定する間もなく死去していっているので
戦略構想自体あっち行きこっち行きしてたようにも感じる。
宋に対する主戦と和平も、その間で揺れていたし
だとすると、主戦派が一気に河南の直接統治に乗り出し南下を始めて
宋の岳飛らに代表される、反撃を蒙ってしまったのも
時期尚早という点では、かなりの失策といえるのだろうか。
宋の秦檜の筋からの和平で、河南統治の時間をもらえたけど、
結局、それをいかすことはなかったのだけど。

この頃の山東は対金ゲリラの激しい地で、せっかくの山東のうまみを
取られてしまっているのも、イタイところだったろう。

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/01(火) 19:03:51 ID:OWhHQy4i0
毛沢東、前漢と後漢の間の皇帝(名前失念) あたりは鉄板か

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 23:33:18 ID:vwIoowut0
>>370
劉盆子や劉玄はそこまでじゃないだろ

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 23:39:52 ID:r6Li4oGp0
王莽のことじゃね?

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 23:48:06 ID:aa8vaq5U0
最近目に付くけど、漢代過ぎたらなんでいきなり毛沢東とかまで飛ぶんだろう。
そういうレス多くない?まんなか抜けすぎ。

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/04(金) 23:56:12 ID:eDA8MY+J0
それ以外知らないんだろ。とりあえず朱陛下くらいシットケと言いたくなるな。

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 00:01:37 ID:fp5RkKqY0
南北朝時代なんて素晴らしい素材であふれかえってるんだがなぁw

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 00:07:48 ID:rXJax27X0
北周の宣帝とか。

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 00:45:00 ID:mzQtKDGv0
統一王朝での暴虐っぷりの方が見る分には楽しいからな。
南北朝とか五胡十六国だと所詮地方の井戸蛙だからなぁ。

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 04:37:18 ID:wQIDsCTW0
朱元璋くらいみんな知ってるって。
名君か暗君かで評価が分かれるから意図的に選んでないだけ。俺は嫌いだけどね彼

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/05(土) 19:27:37 ID:+Bs1eFK50
>>330
司馬衷も暗君ではあるが、父親の司馬炎も暗君じゃない?
魏および父親・叔父そして祖父が作った基盤をたのみにして、
政治を省みずに酒色に耽るという創業者としてはやっちゃいけないことをやっちゃったし。

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 21:06:54 ID:qRrXZqBk0
漢の元帝なんかも酷いな。儒教に傾倒して財政を滅茶苦茶にしたあげく、
外戚をのさばらせて王莽の簒奪を招いてしまった。

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/21(月) 21:59:55 ID:xGQ8+iC60
王莽もな……

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/28(月) 23:51:37 ID:ukex27c70
朱全忠だろ。王莽同様、一代で滅んだも同然。

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/29(火) 09:06:14 ID:03/dttCb0
>>382
二代目の末帝の方が治世が長いよ。

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 00:11:52 ID:S+x9yVV7O
>>377
井の中の蛙だからこそ、その夜郎自大っぷりの明暗さが
統一王朝より色濃く出ているとも考えられるとは思えないか?

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 00:26:56 ID:S+x9yVV7O
追記
>>375
同意
俺なんか南朝劉宋の前廃帝・後廃帝のエピなんて、
初めて知った時にゃひっくり返ったよw
あんだけ昔っから前例(ex.殷の紂王とか)
あるのに、どんだけ学習能力無いんだよってwwww

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 17:36:07 ID:5O5Iuvzu0
>>379
というか西晋ほど碌な皇帝が居なかった王朝はないだろうな
東晋はまだ良かったほうだがやはり先代のつけを払わされ続けたわけだし

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/01/30(水) 23:46:51 ID:DARF88Dz0
>>382
朱温の場合は、皇帝としては滅茶苦茶だけど、
時代を変えるという意味では、大きな実績を残した気がする。

388 :売国マルハン:2008/02/10(日) 23:37:42 ID:jLDk5rq10
パチンコスレで遠隔、ホルコン、サクラ、マネーロンダリングなどについて書き込むと渋谷マルハン社員やマルハンに依頼された
ネット工作会社がスレ荒らしをしてスレが機能停止します。
↓↓工作員の荒らしのやり方↓↓
2008/01/10(木)ID:iA54n BU50
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パチンコ産業は荒らすことでレスとレスの間を空けて読む気をなくさせたり
マネーロンダリング、さくら、ホルコン、遠隔、などの風評被害を最小限に抑えようとしてる。

新スレ→○○○マルハンパチンコタワー渋谷パート10○○○
★★★★★このスレの解説★★★★★を読んでみるとよく判る。
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ネット工作員については→【電通TBS】ピットクルー(株)【プロ工作員】
http://society6.2ch.net/test/read.cgi/mass/1189187503/65



389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 19:27:41 ID:w5zWr1g+0
>>387
朱温はある意味、織田信長的な存在だったと思うな。
旧秩序をひたすら破壊する存在。

皇帝になった直後ぐらいに死んでいれば、評価は少し違ったかも知れない。

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 20:06:28 ID:+nuHEiBw0
それはそれで信長に対する誤解のような。

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 20:52:41 ID:06Ls5h9x0
>>390
どっちにも誤解だと思うが。

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 21:58:45 ID:Vtr0wMMU0
>>387
いかにも中国史らしい存在だな。

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 23:11:28 ID:QIhJJYEi0
あんまし名前挙がって無いけど、西晋武帝は相当暗君じゃねーか?

八王の乱は恵帝もかなりダメダメだが、司馬炎の時代に本体の軍隊を削って
各地の王に軍隊持たせるように成った所とか、異民族問題をほったらかしにしてたせいで
西晋は死亡フラグが立った。

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/18(月) 23:20:40 ID:06Ls5h9x0
>>393
ときおり見かけるぞ?
>>379>>386

395 :名無しさん@お腹いっぱい :2008/02/19(火) 21:13:53 ID:9z7/tdj90
春秋戦国の悪名高き国主達

姜氏斉:襄公、懿公、荘公、景公
田氏斉:ビン王
晋:献公、恵公、懐公、霊公、詞、平公
魏:恵王、安釐王
趙:孝成王、幽繆王
魯:恵公、桓公
宋:昭公、康王
鄭:詞(僖公)、文公、釐公
衛:恵公、懿公、荘公、出公
楚:穆王、霊王、平王、懐王
燕:恵王、王喜


396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 21:19:08 ID:76WaPWwd0
春秋戦国時代に悪名高い国主はいたが超ド級のいたっけ?

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/19(火) 22:35:28 ID:UypujpNlO
鶴の人が名高いが多分にネタ性によるしなあ。
てか封国レベルだと良きにしろ悪しきにしろ超ド級という評価は難しいような気も。

398 :396:2008/02/19(火) 23:41:01 ID:vx1iNEyo0
>>397
統一王朝じゃなくても北斉とか結構ド級だと思ってた俺は甘かったのか。
まあ規模と被害総数のスケールはどうしても落ちるよな。

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 09:34:34 ID:6clsM9q3O
>>398
ああ、すまん。春秋時代を想定して書いたもので、誤解無きよう。
つまり周代封建制床しき小規模な国々としての封国な。
非統一国家とはいっても、天下の三分の一に拠った上でのあれだから
ド級として申し分ないだろうね>北斉の人
まああんまり相手を低く見ると、俺の好きな武帝の評価が伸び悩みそうで嫌なんだがw

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 15:32:06 ID:/3lj7WF+0
歴史の発展を妨げたという意味での悪君は誰になるだろう。

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 17:05:57 ID:m8Z4Cx4C0
徽宗の芸術的才能ってどれくらいすごいの?

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 17:09:40 ID:xz9Fww/u0
日本にある作品が国宝になるくらい

403 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 18:01:12 ID:Ys0jwP8P0
中国の書道の歴史で避けては通れないくらい。
絵画だと中国史上5本の指に入るくらい。

404 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 18:41:49 ID:m8Z4Cx4C0

すげえ

405 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 23:01:56 ID:a9ee9kW+0
画家として生まれていれば幸せに暮らせたのにね。

406 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 23:03:06 ID:qRf2aHQZ0
皇帝だったから画家になれたんじゃないのか

407 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/20(水) 23:08:10 ID:CZQyBpZG0
>>405
単なる市井の画家では彼の芸術的才能は発露できないと思う。
芸術がなれば国のひとつくらい潰しても良いじゃないか。

408 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 00:43:38 ID:SLpZwi2n0
皇帝じゃなくて皇弟ぐらいだったらよかったんだろうね

409 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/21(木) 11:41:07 ID:eSCF2gMp0
芸術家気取りの権力者とかは結構居るがガチで天才芸術家な権力者はそうはいないからなぁ

410 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/22(金) 00:51:45 ID:YDrECvGE0
ヒトラー涙目だなw

411 :キョンシーたん:2008/02/25(月) 16:59:31 ID:Pr8+N5Ag0
始皇帝です。
文官を何で殺したぁ?

皆恨んで起き上がるぞ?

412 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 17:38:38 ID:tseIHxeb0
北斉は短いながらも皇帝がキチガイばかりというのが凄いな。
死んだ高澄も含めてみんな鬼畜。兄弟の嫁を奪い合うとか性癖もおかしい。
仮面の人も何となく変態っぽいし。

413 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 17:43:33 ID:nzM467KLO
どこの誰が変態仮面だって?(^ω^#)ビキビキ

414 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 19:55:12 ID:p0Qqxa9n0
>>412
高演は比較的マシだったらしいけど、1年で死んだから何とも言えない

415 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 20:38:19 ID:XfcdQLLe0
>>兄弟の嫁を奪い合うとか
北斉がどこまで漢化してたか知らんけど、
いわゆるレヴィレート婚とかの習慣もあって
嫁は一家の財産的な感覚なんで、取り合いになっても
現代の人間が思うほど性癖がおかしくはなかったんじゃね。

416 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 21:21:38 ID:R7yHydsi0
>>402-403
江戸時代の大名はみんな徽宗の絵を欲しがったらしいしねえ。

ほとんど偽物だったそうだけどw

417 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/25(月) 22:15:41 ID:JYscvAvb0
北斉は基地外だらけだが最後のドアホ以外は戦上手いの多かったんだよなぁ

418 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/26(火) 20:10:22 ID:+mphHUhq0
光武帝

419 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/26(火) 23:53:35 ID:y95WSoeE0
>>418
理由は?

420 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/26(火) 23:54:00 ID:tL/As1NE0
>>419
とくにない

421 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 19:09:14 ID:0nlqt64I0
対極の名君サイドにいる唐の李世民なんかも、書道は相当なもの。
欧陽詢とかチョ遂良を登用して後世に与えた影響も無茶苦茶大きい。
ガチで自分の世界にしか興味が無かったのが徽宗の暗君たる所以だろう。

422 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/27(水) 19:38:55 ID:gs2Lmrpo0
スレ違いですが・・・・・
    中国毒ギョーザ抗議デモ  渋谷
24日の「毒入餃子」反対集会とデモの映像です。

ドガログ版
http://dogalog.excite.co.jp/viewvideo.jspx?Movie=48051149/48051149peevee132077.flv

YouTube版
http://jp.youtube.com/watch?v=jpRH_f1OCg4


423 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/02/28(木) 13:38:04 ID:uxkYhAWw0
文化芸術の道を探求した者がいれば、
性愛快感の道を探求した者もいるなあw

424 :黨國精英西門慶:2008/02/28(木) 17:06:14 ID:mk5i5YEM0
晉惠帝:“何不食肉糜?”

425 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 01:59:52 ID:/+kXDNfM0
『暴政で国を滅ぼした数多くの昏君』
国が滅びることで被害を被る対象によるんじゃないか。
漠然と「国を滅亡させた暗君」を語る場ではない気がしたので、
ちょっと質問。

大多数を占める一般民衆にとって、
税制・教育・医療福祉・兵制・治安
このへんの国民負担が軽くなるor質が向上するなら善政だろうし、
逆なら暴政だろ。

士大夫層や軍人・軍閥にとっては、
税制・教育・医療福祉・兵制・治安がもたらす既得権益・権利の保障などに
よって評価は分かれるような気はする。

民衆にとって最悪なのか、支配層にとって最悪なのか、
皆さんにとって、どんな定義なんだい?

426 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 10:11:36 ID:u9T2NLt40
その基準だとフビライが暗君になるかな

427 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/17(月) 13:22:08 ID:/dDtacNq0
それは日本的な「お上」の意識が過ぎるな。

428 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/18(火) 13:45:29 ID:r7W3iQlV0
その基準なら毛沢東としか言えないな

429 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/25(火) 01:51:50 ID:Td003EyW0
>>421
李世民は文化史的には王羲之の書をことごとく自分の墓に持ち込むという
とんでもない悪行やってるぞ。
功績も多いがその一点だけで全部台無し。

430 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/26(水) 19:38:14 ID:6j79qKjG0
どうせ地上にあったら燃えちゃったんだろうし、
墓の中に入れたほうがまだ後世に残る可能性はあったんじゃない?

431 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 01:43:46 ID:aE32KVqA0
>>430
結果論でそうなった可能性はもちろんある。
しかし李世民が王羲之の書に対してやったことは、別に文化財保護を目的にしたもんではないからフォローにならない。

432 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 02:20:59 ID:BppFTlxd0
墓だって荒らされるというオチが見えてるぜ?

433 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 02:42:20 ID:bN/tK1Wq0
>>431
もちろんそうなんだけどね。
だけど、唐代当時、文化財保護とかそういう観念がない時代の行為に「悪行」って言うのがフェアじゃないな、って話。
前近代においての文化財保護なんてほとんど偶然によるものだしね。

434 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 04:23:09 ID:aE32KVqA0
>>433
墓に入れる、というのは死後の世界にまで持っていくということで、言い換えれば現世には残さないということ。
李世民の意図は「王義之の書は全部俺のモノ。自分が死んだらあの世まで持っていく。この世には残さない。」という
ことで、正直褒められるモンじゃない。
もし中国の埋葬方が土葬でなく火葬だったら、王義之の書を自分の遺体と一緒に焼いてくれ、となっただろうな。
それに唐代にだって美術品芸術品の保存の観念はあったよ。現代みたいな文化財の保護とは少し異なるが。

435 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/27(木) 13:31:40 ID:LolHjuZR0
王義之が無くなった所で誰も困らない。まあマニアな人が悔しい思いをしただろうけど。
人間を無理矢理殉死させたわけじゃなし、そんなに目くじら立てて悪人呼ばわり
するまでの事はない。
そんな事言い出したら、他の皇帝だの貴族だののいろんな副葬品だって芸術的・文化的価値はあるよ。
それを墓に持ってって現世に残さないなんて言ってたらキリが無い。

436 :名無しさん@お腹いっぱい。:2008/03/30(日) 21:12:42 ID:fIgIhiM00
日本で名画を墓まで持ってこうとして大顰蹙買ったのは誰だっけ?芸術作品にそこまで
ほれ込んだことないからなんともいえないなあ。っていうか太宗が王羲之オタクでなかったら
王羲之は書聖って言われなかったのかもしれないよね。六朝の一時期は息子の献之のほうが
人気があったこともあったってどっかで読んだ。

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