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■■■五代群雄伝■■■

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2007/08/02(木) 20:30:04 ID:Xb/KHjH30
ずいぶん前から、まとめようとしていた後晋期の契丹南下の第一回目まで終りました。
まだ第一回目。
契丹の南征は3回あって、その3回目で後晋出帝が北に拉致される事態になるのですが…
まぁ、ほとんどの中国史関連概説書では、1回目2回目などさらりと流していますので、
いったいどういう経緯か、一般にはよく知られていないと思います。
自分もそうでした。

契丹は魏州にまで攻め、いくつかの部隊は黄河を越えるほど押し捲っていたのですが
崖っぷちの後晋軍は、それらをぎりぎりのところで防ぎ、攻防は一進一退。
決戦は澶州から濮陽にかけての戚城で行われました。
歴史的古戦場というやつですか。

その戚城の戦いでは後晋出帝も出撃して敵に当たるという総力戦。
このときの戦将といえば、李守貞、高行周、符彦卿がクローズアップされるくらいの活躍ぶり。
対契丹主戦論にして上将の景延広は、戦場の勇者かもしれませんが、司令官としては無能。
対応は遅いわ的確でないわ恣意的だわと、百害あって一利なし!
威勢がいいだけの愚将。
そんな司令官のもと、高行周やら符彦卿はよくやったと思う。
李守貞ものちに謀叛さえしなければ、もっと評価高かったろうに…

ちなみに、この戦いでは高行周の息子で、後、北宋初期の軍中核となる高懐徳が19歳で、
この悲惨な戦場に従軍しています。
戚城で契丹の大軍に包囲されたとき、出撃しては縦横に突撃し契丹軍の勢いを殺いだりする活躍をしています。
ともかく土俵際でようやく相手が退いてくれたので、延命できた後晋朝。
しかし次なる二回目の南征では、華麗なる勝利をもたらしてくれる桑維翰が中央に返り咲き、軍略を披露してくれます。
これもまた時間かかりそう。

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